悪役令嬢を倒す為に異世界から勇者もやってくる(前編)
男子高校生・高橋倫太郎は、目を覚ますと見た事の無い世界にいた。
いや、見た事は無いが確実に知っている。ここは、あの小説で見た異世界だ。
図書室で見た本……主人公が異世界に転移し活躍するファンタジー小説『異世界の少年と暗黒竜の魔女』の世界。
その本を読んでいる途中で眩しい光と魔法陣に包まれたのだから間違いない、恐らく自分は、暗黒竜に心を支配された悪役令嬢を倒す為に呼ばれたのだと。
「という訳で、俺は悪役令嬢を探しに来たのです!」
「なるほど? 悪役令嬢を……」
これは……厄介な異世界人の男の子という初めてのパターン来ましたわ……
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公爵家子息、皇室騎士団長ジェド・クランバルは悪役令嬢呼び寄せ体質である。
とにかく悪役令嬢と名がつくものによう巻き込まれる。
先日は洞窟調査中に悪役令嬢に巻き込まれて、ひたすら岩や鉄球を避け続けるという謎のゲームをさせられた。過去、ダンジョン調査には何回か行った事はあったのだが……あんな急で不可解なものは見た事がない。
そして最近、こんな風に悪役令嬢が絡んでいる話の悪役令嬢本人じゃ無い奴に関しての相談で呼ばれる事もしばしば。この体質は神の呪いか何かかと思っていたが、呪いの力が増しているのだろうか……
あまりにも俺が悪役令嬢関連に巻き込まれる為、帝国中に噂が広まってしまい、悪役令嬢が絡む事件ならば騎士団長だろうと正に今、俺が呼ばれているのである。悪循環。
「『悪役令嬢マスター』の騎士団長に相談があります……」
ソードマスターみたいに呼ばないで欲しい。悪役令嬢なんてマスターしてないからやめてくれ……
「実は、門番から変な異世界人らしき男が『悪役令嬢を探している』と騒いでいて困ってるとの連絡がありました。悪役令嬢ならば騎士団長の案件かなと思いまして……」
「……分かった」
いや、分からない。心底行きたくない。絶対面倒臭いヤツに決まっている。異世界人にも面倒くさくない奴はいるらしいが、悪役令嬢が絡んでいる時点で厄介ごと確定だろう。
だが騎士団長としての立場上断る訳にはいかないので、クールに上着を羽織り門番の詰所へと向かった。はぁ……正直気が重い。
門番の詰所に行くと、確かに異世界人らしき服装の少年が座っていた。
黒1色の礼服はこちらでは見ないデザインで、持ち物も何の素材か分からないような物ばかりだ。これは異世界人ほぼ確。
彼は門番に必死に話をしていたのだが、門番は異世界人の扱いに慣れていないのか、彼の話している用語が理解出来ずちんぷんかんぷんな顔をしていた。
ちなみにちんぷんかんぷんとは異世界の言葉で、意味の分からない事を冷やかすような意味らしい。何か響きが可愛くて使いやすいので心の中でよく使っている。
「騎士団長、我々では彼の力になれそうも無いので、話だけでも聞いてやってくれませんか?」
「俺も力になれるかどうか分からんが……話だけなら聞こう」
まぁ……話を聞くだけならタダですからね。過去、話を聞いただけで終わった試しはありませんが。
件の異世界人は門番の詰所で拘束――されているはずもなく、呑気にご飯を食べながら話をしていた。
まぁ、普段もこの門から入って悪さをしようなどという悪い奴は殆どいないから、怪しい奴に対してはいつもこんな感じなのだ。
過去、他国の者が悪意を持って門を潜った時には皇帝が直ぐに察知してすっ飛んで懲らしめに行った。頼むから騎士団より先に行かないでほしい。
ちなみにその悪意を持った他国は今や帝国の一部となり、事業改革の末に農業大国として栄えているのである。解決が早いのよ……
話がだいぶ逸れましたが、とりあえず様子を見る限り悪い事を企んでそうなヤツでは無いようだ。ちなみに今日の詰所の昼食は揚げ物を卵で閉じた飯である。
「異世界の方、こちらが漆黒の騎士と名高い方でこの国の皇室騎士団長ジェド・クランバル卿だ。話はこの方に聞いて頂いてくれ」
おいコラ門番、丸投げしやがったな。
丸投げして部屋を出て行こうとしていたので肩を掴んで止めた。お願いだから素性のよく分からないヤツと2人きりにしないでほしい。気まずいから。
「漆黒の騎士……カッコイイ……」
まぁ、それ程でも……ありますけど?
異世界人は余程俺のカッコよさが気に入ったのか、感無量な顔をしていた。ん、悪いやつでは無さそうだ。
「君は異世界人なのか?」
「はい! 俺は高は……いえ、十六夜白夜です。本を開いた時、運命の光に導かれ……この世界に来ました」
いや、お前、高橋倫太郎だろ。十六夜白夜って名前どっから出てきたんだよ……
悪いが俺はスキルで鑑定も出来るんですわ。最近はプライバシーの侵害とか個人情報とかの観念から滅多に使われないのだが、門番の詰所などしかる場所でだけは使って良いことになっている。何なら鑑定は門番に就職したヤツの必須スキルなので、ここにいるヤツは大体みんな使える。皆、お前が高橋だという事は知っている。異世界人は恥ずかしいから変な偽名を使うのはやめた方がいいと思う。
(……騎士団長。偽名を使う辺り何かやましい事でもあるのでは?)
(……お前らは知らないかもしれないが、ファンタジーに憧れる異世界人はやましく無くてもカッコイイ響きの偽名を使いたがるものなのだ)
(それって後で恥ずかしくなりませんかね……)
(数年後に思い出してジタバタ後悔するのが年頃の異世界人というものだ)
高橋の言動を疑った門番長が耳打ちしてきたので丁寧に教えてやった。異世界人とはそういうものなのだ。
「それで、高は……じゃなかった、十六夜君が読んでいた本とはどんな物語なのかね?」
「はい! その本は『異世界の少年と暗黒竜の魔女』というファンタジー小説です! その中では、暗黒竜に飲み込まれ、悪い魔女となった悪役令嬢がこの世界を支配していました。聖書に導かれし勇者である主人公が、暗黒竜と魔女を撃つ為に光の剣を探しに冒険をするという長編ハイファンタジーです!」
「そうか……生憎だがこの国は平和そのものなので、それは他の国の話ではないのか?」
面倒だから勝手に光の剣でも何でも探しに出て貰えば良いと思ったのが、万が一剣を見つけて戻って来られても余計面倒だとも思った。
そもそも、この国ではそんなピンチ的な支配は全く無く平和そのものだ。そんな物騒な話は恐らく他国のことだろう。
しかし暗黒竜的なヤツと悪役令嬢って、つい最近どこかで聞いたような……と、俺は何かが引っかかり急に不安になった。門番達も何か心当たりがあるのか首を傾げている。
「そんなはずはありません!! この地に召喚されたのだから間違いない!!! 悪役令嬢ノエルが暗黒竜に飲み込まれ、闇の魔女として世界を支配する日がそのうち来るはずです!! 来たるピンチの為に皆で立ち上がりましょう!!!」
魔女の名前を聞いた瞬間俺は立ち上がった。門番達も驚愕していた。
闇の魔女って……ノエルたんの事かよ!!
てめえ、ぶっ飛ばすぞ??!!!




