閑話・魔王アークと皇帝ルーカス
魔王アークがまだ幼い頃……魔族と人間は争っていた。
その頃、魔族や魔獣には常に凶悪な心が……「人を傷つけろ」という声が聞こえていた。
この魔の国の血を引くもの全体を包んでいるのは、幼きアークの父親である先代魔王の心であった。
アークは愛する母を人間によって滅された。魔族にだって大切なものはある。だから、父が人間を憎む気持ちもアークは十分に分かっていた。自身も同じ様に人間を憎んでいたから。
人間は無抵抗なアークの母を消滅させたのだ。ご丁寧に魂まで消した。アークは愛する母とはもう来世ですら逢うことは叶わなかった。
争い傷つけ、傷つけられた者は恨み復讐する……そんな世界に先に辟易していたのはアークの父の方だった。
次第に魔の国の者達を凶暴にしている声が哀しいものに変わっていった。魔獣達は血の涙を流しながら人間を傷つけ、時にはその悲しみに耐え切れずに自ら消滅する者さえいた。
魔族も魔獣にも……未来なんて無かった。ただ深い闇だけがあった。皆……そういうものだと、そうやって魔の国は、魔族は滅んでいくのだと思っていた。
アークが成人する少し前に、突然それは起こった。
魔族達の頭に常に鳴り響く悲しい声が急に消えたのだ。
誰もが気付いた。「魔王様に何かがあった」のだと。
アークは母を失った時と同じ心臓が冷たくなるような感覚になった。
急いで父の元に移動するが……そこに父は居なかった。
その代わりに少年が項垂れていた。その手には剣と、その剣に残る微かな魔気……悲しいアメジスト色の魔気が今にも空に溶けて消えそうだった。
「あっ……ち、ちう……え……」
(嫌だ、置いていかないで!!)
アメジストの魔気を掴もうとしたが、手に残ることなく霧散してしまう。
ふわりと残るいつもの悲しいような気配と、何故か微かに感じる喜び……父は、母のように滅んだのだと、アークは悟った。
「お前……がっ……また人間が……俺の大切な者を奪って行くのかあああああ!!!!!」
怒りに任せてその人間を殴ったが、少年からは何も反応はなかった。
長らく見ていない太陽が降り注ぐような色の瞳。その瞳からは涙が溢れていて、それを見たアークは驚いて手を止めてしまった。
「魔王が……望んだ」
その言葉を聞いたアークは胸が苦しくなった。アークは知っていた……父がずっと母の元へ行きたかった事を。
そして同時に、何故自分を置いて逝ってしまったのだろうと、底に沈む様に悲しくなった。
「この世は……苦しい。こんなところ……いる意味はない……俺も……父上と母上の所へ行きたい」
涙を零すアークの手を、少年はそっと取った。手に乗せられたのは魔王が大事に持っていた指輪……指輪に嵌る宝石は、父の瞳と同じ色。けれど淀んだ色では無く、まるで希望を見出すように煌いていた。
「……私が、終わらせる。そう魔王と約束した」
「父上と……?」
「そうだ。だから魔王は逝った。残された君も、血を受け継ぐ魔の国の者達全てが苦しくないような世界を。こんな気持ちは自分の代で終わりにしたいと、そう言った」
「…………」
指輪から目を離しアークは少年を見た。その目は魔族への嫌悪や怒りを表すでもなく……ただ強い意志を持っていた。疲弊する中にあったその瞳の煌きは父の指輪の輝きと同じで、目を離すことが出来なかった。
呆然と見つめるアークに少年は言葉を続ける。
「私は、善き国を作りたい。皆が幸せになるよう……それに魔王は賛同してくれた。魔王もまたこの国の子供達が幸せになる事を望んでいたから。未来を託し、妻の元に逝きたいと」
「……母上の所に安心して行けるから……喜んでいたのか」
「……私は皇帝となる。善き国の為に尽くすつもりだ。そして魔の国の未来は、魔王の願いは君が叶えろ。人間には手出しはさせない。信じられなくなったら……その時は私を殺しても良い」
強い意志の込められた言葉……その言葉にアークは1度だけ人間を信じてみようと思った。この、自分と同じ年頃の少年は、人間だけじゃなく魔族達も善き未来へと導くと言っているのだ。
皆が苦しみや悲しみから解放される未来があるのなら……見てみたいと思った。
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「アーク……君の所の魔獣さぁ、躾どうなっているの?」
数年後、皇帝となったルーカスは魔族や魔獣が住む魔の国を魔王領という自治区にして、人間には一切関与させないようにした。
だが、ルーカスとしては魔族には人間とも少しは交流してほしいと思っていて、時折魔王領の様子を見に来ては安全性や経済状況などを事細かく調べていたのだ。
その甲斐もあり許可を得た魔族の一部の者は人間たちの街に勉強に行ったり交流したりしている。しかし、魔獣達はまだまだ知能が低く凶暴なものも沢山いて、魔王も躾けるのに苦労をしていた。
「ルーカス……お前は育てるという事がどんなに大変か分かってないから簡単に言えるんだ! こちとら飼育所の整備やら病院やら爪や牙の手入れやらで大変なんだぞ!! 大体お前、まだ数年しか経ってもいないのに全ての魔獣がそんなに早く順応できる訳がないだろ!!!!」
「はあ???? 魔王領の未来は君に託しましたよね??? あと、この数年で私がどんだけ頑張ったか知ってて言ってるんだったらぶん殴るけど???」
「やるかコラ??? 表に出ろや????」
「ああいいよ、やってやるよ!!!!」
魔王アークと皇帝ルーカスの口喧嘩は夜中まで続き、あまりの皇帝の怖さに魔王領の者達は震え上がり、魔獣達も言う事を聞くようになったとか。




