第28話 大暴動の後
ピーターはスポーツドリンクを飲みほした。
自動販売機の隣にあるゴミ箱へ、ペットボトルを放りこむ。
ミンチンを背負って、暴徒達から逃げるように走り続けた。
おかげで、倒れてしまいそうなほど弱っていた。
顔色も良くなり、息も落ち着いている。
シャワーも浴びて、服も着替えたようだ。汗臭さも落ちている。
ホーリエさんのサロンメンバーは気前が良くて、何かと世話を焼いてくれた。私も体を清められて、ねばっこい不快感より解放された。
今は喫茶室を貸してもらい、体を休めている。
「驚きましたよ。ピーター・ポールといえば、悪名高いU-チューバー。それがミンチンを庇いながら、暴徒の手から逃げ切るとはね。感心させられました」
「あんたに誉められても、裏があるんじゃないかと疑ってしまうよ。俺のこと、007で好き放題に書きやがって。おかげで知名度が、ますます上がったじゃねぇか。ありがとよ」
「誉めてもらえて光栄です。貴方に取材を申し込みたい」
「この件が終わったら、ゆっくり相手をしてやる。ただし、ミスター・スプリングフィールドっ! 俺のU-チューブ番組に出演してもらう」
「ピーターさんに誘われるとは嬉しいかぎりですよ」
2人は仲良く、会話を弾ませている。
スプリングフィールドさんは思ったよりも良い人なんだろう。
写真を撮っているだけかと思えば、ダークペンギンの覆面男を追い払ってくれた。疲れきったピーターの代わりに、ミンチンを背負って駆けてくれた。
セーラーお嬢様も無理をして走ったんだ。
しばらく休んでから、シャワーで汗を流している。
「ホーリエさんの言うとおりにして正解だったな。ミンチンも精神的に限界だったし、あの状態では話しあいもできないだろう」
「まったくだ。あれだけの殺意を向けられるとは。真実の追及に手は緩めるつもりはないが、ニュース記事を書くときには注意が必要だな」
「ツインターや、おっと、ペンギンちゃんねるはサーバーダウンかよ。あれだけの騒ぎだから無理はないか。こいつのせいで、嘘情報が広まった」
「U-チューブの方は生きていますよ」
「実況中継を確認するか。マックスは大丈夫かよ。Gバターも閉じていやがる。J-ブログは派手にやっているな。ラビニアちゃんは無事じゃねぇか」
私もスマートフォンをオンにした。
熱狂というものは、長くは続かないものなんだろう。
ミンチンという憎悪対象も消えたのだから。
J-ブログのチャンネルを調べて開ける。
チャットによるメッセージが物凄い勢いで流れている。金髪の革命児さんも、大声で場の状況を説明してくれるから分かりやすい。
警察病院は目の前にあるけれど、暴徒どもが入りこんでいる。
ラビニアは救急車に乗せられて、近くの大病院へと運ばれたらしい。
なぐり隊のメンバーが、黒覆面達を捕まえて怒鳴っている。
「お前らは何を考えているんだ。相手は、まだ子供なんだぞ!」
ノーマンが釘バットを地面に叩きつけた。
小柄だけど恐ろしい剣幕を受けて、暴徒化した者どもが縮こまる。
機動隊も、まともな人が動きだしている。
ガスパールを殴り殺した男は拘束されたようだ。
サイラス会長まで押さえつけられている。
「これは不当逮捕だっ。ラビニアとミンチンの婆をぶち殺せぇっ。あいつらは人間の屑だぁ。糞に集る蛆未満のゴミだぁ!」
「お前は、いい加減に黙れ!」
太った中年男性は、若い警察官に押さえつけられている。
いじめっこの特権を許さない会を扇動して、石を雨のように投げつけた。セディさんは頭から血を流すほどの大怪我をした。さすがに、許されない行為である。
彼の部下も、ラビニアを誘拐して激しい暴行を振舞った。
命令をされてやったと自供したらしい。
ラビニアのパパは仕事を投げだして、娘のいる病院へ向かったという。インタビューを受けて、怒りのコメントを発した。嘆きとも呼べようか。
私は娘と向きあわなかった。私は愚かだ。
そういう感じで泣き叫んだという。
「政府の方も大変な状態になっていますね」
「暴動どころか、殺人行為まで止めなかったんだ。わざとな。アメリカやEUの人権団体から抗議も来ている。警察の方からも内部告発が出ているぞ」
「これは面白い展開になってきましたね」
スプリングフィールドは、ふっと笑みを浮かべた。
機動隊は不自然に動かなかった。
ガスパールを殺害した男に対しても、しばらく放置を決めこんでいた。
どうも、上の方から命令があったようだけど。
デモの参加者が暴発する恐れがあるから、あえて逮捕を止めさせた。そんな言い訳を政府高官はしている。さすがに、無理があるように思えます。
2人とも会話を楽しみながらも、取材を行っているようだ。
私へ、しっかりとカメラを向けているじゃない。
ピーターは生放送を始めた。
多くの視聴者が一番知りたがっている光景を映して、視聴数は鰻登り。
「こらっ。ベッキーちゃんを撮るな。困っているじゃないか!」
「これは、これは、ホーリエさん。匿ってくれて、お礼を申しあげます」
「お前は出ていけ」
ホーリエさんが喫茶室へ入ってきた。
スプリングフィールドを睨みつけると、私の手を引っ張りだす。
たしか、007という週刊誌を嫌っているんだね。美青年と手をつないで歩きまわっているところを撮られたせいで。女の子みたいな表情で照れていた。
それでも、建物内へ受け入れたようだけど。
新しい学校に関する打ち合わせは終わったのでしょうか?
「ベッキー。充分に休めたわ」
「お嬢様ぁ!」
セーラお嬢様は男装を解いて、彼女らしい格好に戻っている。
無理に走ったせいで、さっきまでは苦しそうに息を荒げていた。
すっかり、落ち着いている。
ラビニアが無事な件といい、胸を撫でおろせる。
ミンチンと話しあおうとするも、ホーリエさんの仲間が休むように伝えてきた。結果的に良かったと思う。石鹸の香りが心地良い。
ピーターとスプリングフィールドもついてきた。
「ミンチンも落ち着いた。もう、話しあえるんじゃないか」
「はい。ホーリエさん、ありがとうございます。ですが、その前にアーメンガードと連絡をしておきます。ラビニアの調子も気になりますから」
セーラお嬢様は急速充電済みのスマホを取り出す。
親友との会話をすると、安堵の微笑みを露わにする。
この様子だと、ラビニアも無事なのでしょう。
私もスマートフォンをチェックするも、アイちゃんは消えていた。
汎用型人工知能を自称するUーチューバー。
彼女が道案内をしてくれたおかげで、暴徒集団から逃げきれた。
ありがとうございます。
G-バターも生放送を再開している。
プロレスラーは破れた服で、息を深く吐いている。髪も乱れており、疲れた様子を隠せていない。覆面集団を相手にして、激しく暴れていたから。
「どうも、Gバターです。やっと、警察は動きました。俺も暴力を振るったことで、事情聴取を受けます。まぁ、警官の話からすると大丈夫だと思いますが」
この人も頑張ってくれた。
彼は警察病院前を映すためにも、カメラを回す。
熱気は鎮まりきっており、人が集まっているだけの状態だ。
サイラス会長は連れていかれ、叫ぶ者は確認できない。
いや、金髪の革命児だけが熱き演説を行っている。憎しみは何も生まない。愛を持って、悪も許そう。そんなことを喚いている。
エルモ少年は保護も兼ねて、警官らに連れていかれたらしい。
ドローンを落としてしまい、不良警官の眼を傷つけたのだから。
そのおかげで、私達は助かったけど。
セーラお嬢様はラムダスさんとも連絡を取っている。
「ラムダスさん、怪我はないですか? よかったです」
心から嬉しそうな表情。
あの不良警官を倒したそうだ。
あんな筋肉男を相手に戦えるとは、ラムダスさんは強すぎますよ。
セーラお嬢様に手を握られた。
強い意志のこめられた瞳は、わずかに潤んでいる。
ふぅっと深く吐息をすると、彼女は私を引き寄せた。
綺麗な顔が近すぎて、鼓動が高まってきます。視線を逸らしてしまう。
「私は院長先生と話しあいます。この事件を終わらせるためにも。ベッキーに、お願いがあります。こうして、私の傍にいてください」
「もちろんです。セーラお嬢様!」
そうだ。ミンチンはセーラお嬢様虐め抜いた人なんだ。
いくら相手が弱っていても、怖さは心に根付いているのだろう。
お嬢様の指先が、微かにも震えている。
復讐心も果たせて、心の一部は嗤っていることも知っている。
彼女は父の教えを忠実に守っている、とっても強いけど普通の女の子なんだ。
私でよければ、支えになりたい。
ホーリエさんに案内されて、広い廊下を進んでいく。
ドアを開ければ、マリア・ミンチンがソファーに腰かけていた。こちらへ目を向けると、歯を噛みしめて、視線を下へと逃がす。
「俺も話を聞かせてもらうよ。ピーター君は撮ってもいい。セーラちゃんの希望だ。スプリングフィールドもいいが、お前は調子に乗るなよ」
「そんなに嫌わなくても……」
スプリングフィールドは苦笑い。
そんな扱いでも、彼を少しは認めているのだろう。
ソファーは革張りで、家具類も豪華なものだ。
セーラお嬢様は私を引っ張って、院長先生へと向かって真っ直ぐに歩く。
大理石の床を力強く踏みしめる。
ピーターとスプリングフィールドはカメラを構えた。
ホーリエさんは声をかける。
その後ろからは、彼のサロンメンバー達が覗きこんでいる。
「俺から一言だけ言わせてもらう。マリア・ミンチン。プライドを捨てろ。バカになるんだ。そうすれば、あんたはやり直せる。幸せになれる」
ミンチンは弱々しい傷だらけの顔を、持ちあげた。
朝まで生放送という深夜番組で、2人は大喧嘩をした仲だ。
因縁深い物があるのだろう。
セーラお嬢様は笑顔を満たして、声をかける。
私の手を力強く握りしめて。
「院長先生。あんな酷いことになりましたけど、助かって嬉しいです」
「嘘をつかないでください。セーラは惨めな私を見下すのが愉しいのでしょう?」
「否定はできません。院長先生には私に対して、少しも優しくしてくれませんでしたから。怒りもあります。それでも、安心の気持ちは嘘ではありません」
「やっぱり。セーラは嫌な子ですよ」
「どうして、そこまで私が憎いのでしょうか? 教えてください」
セーラお嬢様もソファーに腰かけて、マリア・ミンチンと向かいあった。
私もお嬢様の隣に座る。
こうして、2人は過去を思いだしながら話しあう。
ここに至るまで、あまりにも多くの人を巻きこんできた。あまりにも時間をかけすぎた。あまりにも長すぎる道のりだった。
ミンチンさん。一言でいいから、お嬢様に謝ってください。
ダークペンギンと名乗る殺人鬼は、自らの首を切って死んでいた。
警察病院の近くにある路地裏にて、遺体は発見されたという。
遺書も残さずに。
何に対して絶望したのであろうか?
後から知ったことである。




