表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

第20話 セーラ・クルーとマリア・ミンチン

 セドリック・エロルは語ってくれた。

 マリア・ミンチンの若き家庭教師時代を。

 セディは少年時代に虐められた経験がある。

 ボクシングごっこと称して殴られたり、お気に入りの懐中時計を奪われたりした。証拠は見つからなかったけど、ペットのハムスターも焼き殺された。

 彼は学校へ行けなくなり、屋敷に引篭もるようになった。

 そんな息子に対して、祖父は家庭教師をつけることに。


「はじめまして。マリア・ミンチンです。セディ君のお勉強を手伝うことになりました。これから、仲良くしましょう!」


 堅苦しそうな雰囲気はあるも、ミンチンは明るく振舞っていた。

 彼女は考えていた。

 セディは学力的な問題はない。むしろ、優秀でさえある。

 野球好きで、活発な子だ。

 それがサイコパス的な不良少年に目をつけられて、自信喪失に陥ってしまった。自分の持っている輝きが見えなくなってしまった。

 頑張って、心を開かせよう。


「セディ君に紹介したい人がいるの」


 心を傷つけられた児童達が集まったスクール。

 ミンチンはセディを、そこへ通わせるように彼の祖父と相談もした。

 対人嫌悪を抱きかけていた少年は、そこで新たな友人を得ていく。

 雲っていた心は、次第に晴れていった。

 セディはミンチンお姉さんに懐いて、薄い恋愛感情すらも抱く。

 勉強も教えてくれるし、いっぱい遊んでくれるから。

 そんな蜜月も長くは続かない。セドリックの母親は一人息子を溺愛しすぎていた。彼とべったりな女家庭教師を邪険に思いはじめた。


「ミンチンさん。セディに触れすぎなんじゃないですか?」


 子供とのスキンシップが濃い人だ。

 もちろん、マリア・ミンチンは少年愛者ではない。

 セディのママが騒ぎたて、家庭教師は解雇された。

 息子の訴えを、母は聞こうともしなかった。アレはこけた時の事故だったのに、セクハラ女と決めつけて耳を傾けてもくれない。



【息子の体に、べたべたと触っていました。スキンシップってものじゃありませんよ。胸を背中へ押しつけいましたし。厭らしいものでしたよ。私がドアを開けたら、息子を押し倒していました。信用できる人徳者かと思えば、とんだ淫乱女です。もちろん、追いだしてやりましたよ。年を取ったら、若い子を虐めたのですか。おそらくは嫉妬もあるのでしょう】



 スプリングフィールドはセディの母へインタビューをした。

 週刊誌007に、マリア・ミンチンが少年を誘惑したかのように書きたてた。それを皮切りにして、ペンギンちゃんねるやツインターにデマが広がっている。

 セーラお嬢様は、それを止めようと一生懸命だ。

 自分を虐め抜いてきた相手でもあるのに。




「オーゥ、ノォーッ! 時とは残酷なものだ。マリア・ミンチンが、こんな美少女だったなんて。俺には信じられない。どうして、こうなったぁ!」


「ピーターさん。アホなことを叫ばないでください」


「けっこう、いるんだよなぁ。若い頃は情熱に燃えていたのに、年をとって腐るやつ。ミンチンも金儲けに走って、教師としての志を忘れたんだろうな」


「あなたも人のことを言えないですよ。みんなを楽しませたいって気持ちで、ムービーを撮りはじめたのでしょう。それが人に迷惑をかけてばかり」


「たしかにな。自殺死体にインタビューをしたら、ハリウッドの友人達が離れていったよ。最低の屑野郎って言われた。さすがに、こたえたよ」


「今のピーターさんが、どんなムービーを投稿するのか楽しみです」


「期待しな。セーラお嬢様も大満足の出来にしてやるさ」


 ピーターとラムダスさんの会話に、セーラお嬢様が割りこむ。

 スーリャは、ピーターに体をすり寄せて甘えこんでいた。ここまでケープペンギンに懐かれるなんて、ちょっと羨ましいかも。

 ミンチンの匿われている施設へ向かっている。

 セディさんも別の車でついてきている。

 スマホをチェックしよう。

 私も、かなり依存症になっているよね。



 【ホーリエ・モーン】

 クソ007のスプリングフィールドはやっぱりクソだ。マリア・ミンチンの家庭教師時代の教え子に対する誘惑は嘘だった。人を不幸にするしかできないクソだな。



 ツインターやペンギンちゃんねるは大騒ぎ。

 デマを拡散させた人も訴訟対象になるというから、慌てる人も多いこと。

 スプリングフィールド氏は慣れているらしく、平然としているようだが。

 ダークペンギンによる連続殺人事件は止まっているようだけど、殺害動画は広まっている。長時間にわたる血色の拷問解体。あまりの残酷さにトラウマになる人も多数。

 そいつは、ペンギンちゃんねるにも書きこみを行っていたようだ。

 ミンチンの殺害方法を具体的に描いて、あぼーん。

 児童虐待を知っていながら無視を決めこんだ隣人さんも刺殺をしたのか。単独犯とも複数犯とも言われているが、早く捕まってほしいです。

 そうこう考えているうちに、警察関係の病院へ着いた。




「ピーター・ポール。君は面会することを許さない」


「まぁ、当然のことですね」


 ラムダスさんとスーリャも、自動車に残る。

 セーラお嬢様と私に加えて、セディさんも面会することに。

 怪しい物を持ちこんでいないか調べられた。

 2メートルもありそうな筋骨隆々とした警官も歩いていた。顔は怖そうだけど、化物みたいな拳で頼りになりそう。パンチで岩も砕きそうな感じで。

 ここならば、ダークペンギンからも襲われないだろう。

 アメリアさんが迎えてくれる。


「もしかして、セディ君? お久しぶり!」


「アメリアさんですか。懐かしいです」


「セーラさんですね。私がグズなばかりに……」


「昔のことは、もう、いいですよ」


「ミンチン先生に会わせてください。お話がしたいのです」


 セディさんとアメリアさんが知りあいなのは不思議でもない。

 職員さんに案内されて、ミンチンの入院している部屋へと向かう。

 さっきの巨漢警官が見張ってくる。

 仕事上、必要なことだろうけど怖いかも。

 アメリアさんがドアを開けた。

 セーラお嬢様を目にしたとたん、私の大嫌いな女は悲鳴を呑みこむ。

 顔に包帯を巻いているのは、暴漢に襲われたせいだろう。

 震えながら目を逸らしている。

 こんな女を、私は恐れていたのか。モーリーさんやジェームズさんも絶対的な権力者扱いして、頭を上げられなかった。弱々しい人にしか見えない。


「院長先生。お久しぶりです。体の方は大丈夫でしょうか?」


「セ、セーラ。どういうつもりですか?」


「ミンチン先生。貴方が家庭教師をしていた頃にお世話になったセドリック・エロルです。覚えておられるでしょうか? 母のことは申し訳なく思っています」


「え、えっ?」


 マリア・ミンチンは困惑の極みにある。

 セーラお嬢様が訪ねに来たというだけでも、衝撃は大きいだろう。

 なぐり隊をはじめとして、世間中から叩かれていんだ。

 U-チューブ、ペンギンちゃんねる、ツインター。

 ネット上を探し回れば、敵たくさん。

 なぐり隊は病院前まで来て騒ぐし、自称正義の暴力者にまで襲われる始末。スプリングフィールドはデマ記事を書いて、滅茶苦茶な噂も広まっていく。

 セーラ・クルーが、それらと戦っている。

 ミンチンは、清潔な白い病室で震えるばかり。


「正直に申しあげれば、残念で仕方がないです。例の動画を拝見しました。セーラさんへの同情心も湧きますが、悔しくて涙が零れました」


「心から尊敬していたのに。マリア・ミンチン先生を」


 セディさんの綺麗な拳は、ワナワナと泣いている。

 彼なりに怒りを示したのだろう。

 アメリアさんは、やっぱりオロオロするだけしかできない。

 ミンチンは状況を理解できず、フリーズしていた。

 静寂が過ぎれば、両手で口を隠して動揺を大爆発させる。背後から眺めていた看護師さんは、医者を呼ぼうと部屋から去った。

 何か言えよ。マリア・ミンチン!

 女性的な美貌をまとった青年は、ゆっくりと恩師へ近づく。


「それでも、私は貴方からの恩を忘れられません。セーラさんと一緒に、この不当な状況を破ろうと決めました。貴方なら、きっと」


「セディさんの話を聴いて、院長先生のイメージが代わりました。素晴らしい教師だったのですね。そんなミンチン先生に教えられたかったです」


「お願い。みんな、帰ってちょうだい。もう、私は駄目だからっ」


「ミンチン先生!」


「さ、さっきから、どういうつもりですか? セーラお嬢様へ謝罪の言葉はないのですか? ラビニアだって謝った。大人のくせに、それすらできないの⁉」


「ベッキーさん、落ち着いてください」


 一番驚いたのは私自身だ。

 気が付けば、病室で怒鳴っていた。

 セディさんとアメリアさんに肩を押さえられていた。

 そうか、私は病人の胸倉を掴んでいたのですか。

 これが切れるという感情であろう。視界が赤く染まりきって、時間がぶっとんだという感じだ。きっと、恐ろしい形相をしていたのだろう。

 主治医さんも駆けつけてきた。

 どうして何だろう?

 セーラお嬢様は悦びに口元を歪めている。

 さっきの筋肉警官も、扉の外から様子を伺っていた。爬虫類みたいな冷たい目だ。


「ミンチン先生。私は、あなたに救われた。忘れないでください」




 ホテルへ戻った。

 お医者さんに叱られた。私も暴漢と変わらない。

 スマホ依存気味な私は、お嬢様がシャワーに入っている間にもチェックを欠かせない。そうしないと、世界から取り残されたかのような不安感に襲われてしまう。

 インスターのマイページを開く。

 コメントは鼠算式に増えまくっている。

 その中で、気になる名前を見つけてしまった。



 SPRINGMAN:まったく君達は面白い。君に会いたくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ