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第21話 ベッキーとスプリングフィールド

「貴方がSPRINGMANだったのですか?」


 私を呼びだすDMが、インスター経由で送られた。

 SPRINGMANのアドバイスを受けて、マリア・ミンチンによる児童虐待を告発できた。仮想通貨を支援してくれたから、マイクロカメラも購入できた。

 私の恩人ではあるも、得体の知れない不安を感じる。

 メッセージには、日時と場所も書かれている。

 ロンドン市内にある有名喫茶店だ。

 好奇心に背を押されて、私は足を運んでしまった。

 セーラお嬢様には伝えていない。


「初めまして、ベッキーさん。週刊誌007の記者をしているスプリングフィールドという者です。あのようなメッセージで呼びだす形となりました。申し訳ございません」


 眼鏡のブリッジを指で押しあげて、神経質そうな中年男性は笑んだ。

 セーラお嬢様の様な優しさは、微塵も漂ってこない。

 スマイルだけを顔の表面に張りつけた感じだ。

 ミンチン弾劾の記者会見を思いだす。



『虐めは、あってはならない。子供は宝物だから大切にしないといけない。女の子は繊細だから優しくね。全ては貴方の発言内容ですよ。ずいぶんと言動の不一致が激しいのですね。ミンチンさんの教育者としての信用は失われた。昔から裏で悪さをしていたかもしれない。そう疑われても、仕方がないでしょう。我々はミンチン女学院の過去について調べつくしますよ』


『感心できない行為ですがねぇ。投石や落書きで、ミンチン学院はゴーストハウスのようだ。それも貴方が招いたことですよ。Sさんを大切にしていれば、これまで通り尊敬されていたものを。これからどうするのか聞かせてくださいよ』


『わ、私が馬鹿だったのよーっ!』



 スプリングフィールドは、マリア・ミンチンを追いつめた雑誌記者だ。

 あの女は泣き崩れた。悲鳴をあげて、滂沱の涙を零していた。あのみっともない姿は、ネットやワイドショーで飽きるほど繰り返して再生されている。

 そのシーンを視覚的に聴覚的に味わいながら、私は悦んでいた。

 セーラお嬢様を苦しめた罰を与えたことで、心から満足していた。

 さらに、記憶を整理していく。

 007はミンチンに関する嘘記事を広げた。彼女が家庭教師時代に、少年への性的虐待を行っていたと。それだけでは終わらず、名誉棄損を進めていく。


「あのぅ。質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

「いいでしょう」


「貴方はマリア・ミンチンに関するフェイクニュースを広めました。カーマイケル弁護士は名誉棄損で訴えるようです。それについて……」


「何一つ嘘は書いていない。セドリック・エロルさんの証言を取ったのだろうが、当時の彼は幼かった。自分が何をされたのか、理解できていなかった。彼の母親だけじゃない。証言者は他にもいるのだよ。明日にでも発売される007特別号を買いたまえ」


「そんな理屈が通用するのですか?」


「教えてやろう。マリア・ミンチンは少年を愛する異常性癖者だ。セドリック・エロルさん以外にも被害者はいる。もちろん、裏はとってある。それだけじゃない。ミンチンは教育界でのしあがるために、まぁ、君頃の年ならば分かるだろう。お偉いさんに体を売っていた。アレは金と愛欲に塗れた成れの果てさ。教育者としては屑だ」


「たしかに、教師として最低最悪ですけど……」


「ホーリエ氏は私を罵ってくれるものだ。人を不幸にするしか能がないと。私は主張しよう。社会には、闇を暴く存在も必要不可欠なのだと」


 いきなり、丸めこまれたような。

 それは本当なの?

 ペンギンちゃんねるで流れていた噂は事実だった?

 この雑誌記者の言っている内容は、どこまで信用できるのだろうか?

 半信半疑という単語が過ぎってしまう時点で、この情報を少しでも信じているのだろう。あの女ならば、ありえる話だ。頭を抱えてしまう。

 その様子を眺めて、スプリングフィールドはにやりと笑う。


「ベッキーさんには礼を言わせて頂きたい。貴方が内部告発をしてくれたおかげで、私は早くも情報を掴めた。007の売上は爆発的に上昇した。スプリングフィールドという、個人としてのブランドも高められた。もちろん、君がセーラお嬢様のために動いたのは理解している」


「私としても助かりました。貴方の助言がなければ、私は隠し撮りなんて不可能だった。ペンギンコインの支援もありがたいです」


「役に立てたようで、私としては嬉しいかぎりだ。ペンギンコインは返さなくともいい。好きに使ってくれたまえ。君は興味深い人物だ。アドバイスを受けたとはいえ、ヨーロッパ中に大きすぎる波を起こした。自信を持つがいい」


「はぁ……」


「さて、明日は大きな祭りが開かれる。児童虐待者をなぐり隊は知っているだろう。そのリーダーであるノーマンが大規模なデモを行う。教育者による虐めを潰そうというテーマでね。もちろん、マリア・ミンチンは徹底して叩かれる」


「ミンチン……さんは警察関係の病院施設にいますね。いくら大きな声で叫んでも、本人には聞こえないと思いますが」


「警察内にも、なぐり隊のメンバーはいる。デモのムービーをミンチンへ見せつけるだろう。あんな記者会見程度で泣き潰れるような女だ。どうなることやら」


 スプリングフィールドは、ニヤリと白歯を剥きだす。

 この人は、他人の不幸が好きでたまらないのだろう。

 好きにはなれそうにない。

 口調も高圧的だし。

 ノーマンやアリータ議員は、ツインターを使って大々的に告知を行っている。ロンドン中を舞台にした、マリア・ミンチンの大弾劾が始まろうとしている。

 生徒を虐めている教師も、ネット上で吊るしあげられているようだ。

 そんな奴らは死ねばいいと思うけど。


「いじめっこの特権を許さない会まで動くそうだ」


「ラビニアを拡声器で責めた人達ですね」


「いくら反省しようが、罪を犯せば、石を投げ続けられるものだ。たとえ、被害者が許したとしても。ずいぶんと酷い目に遭ってきたが、ラビニア・ハーバートは自業自得だと言っておこう。君だって、あの子は嫌いなんだろう?」


「少し複雑な気分ですよ。迷っています」


「ほぅ。まぁ、いい。SNSを覗くかぎり、セーラさんは元気なようで何よりだ。ホーリエチャンネルも目にしたが、微笑ましいほど明るい。あの男には影響されすぎないように注意をしたいものだが。アレは能天気な理想主義者だ」


 スプリングフィールドはコーヒーを口に含ませた。

 私も同じようにするも、ちょっと冷めて美味しさダウン。

 セーラお嬢様について訊いてくるかと思ったけど。私の様子を興味津々と観察している感じかな。SPRINGMANこと、スプリングフィールドは話を続ける。


「私は驚いたよ。アニマルフォトを見にいけば、興味深いネタを見つけてしまった。相手さんも吃驚したことであろう。いきなり、外国人の少女から人生相談を持ちかけられたのだから。偶然にして私がいたから、話を進められたようなもの」


「私にとっても幸運でした。ここまで助けてくれるなんて」


「あまりにも、驚愕であった。あのマリア・ミンチンが、あそこまで悪逆非道な虐待行為をしていたとは。君の訴えを読んだ日から、私は取材を始めた。苦労人であるがゆえか、あの女は教育者としての目的を見失ったようだ。金と地位で目を眩ませるとは愚かな」


「セーラお嬢様への仕打ちに関しては、今でも許せません」


「それでいい。それが正常な感情だ。セーラさんは親友であろう。友を侮辱した者は、容易に許してはいけない。ましてや、子供を守るべき大人が!」


 スプリングフィールドは言葉に力をこめた。

 カップを持つ手も、わずかに震えていた。

 これからも、彼は取材を進めていくのだろう。

 マリア・ミンチンの裏を暴いて、記事を書いていくのだろう。

 どこまで事実なのか分からないけど、訴訟をされようが足を止めない。

 ホーリエさんは彼を屑扱いしているが、この人も信念を持っているんだ。


「まぁ、警戒するのも無理はないだろう。もちろん、君に訊きたいことは多い。それ以前に、親友を助けるために勇気を示した君と話をしたい」


 スプリングフィールドはメニューを広げると、モンブランケーキも注文する。

 私の分まで頼んでくれた。

 これは甘くて美味しすぎます。

 雑誌記者からの取材を、流されるように受けてしまった。

 2時間近くも話していたのですか。

 その日の夜に、こんなツインターが流れていた。



 【007君、公式】3分前

 ついにベッキーちゃん本人に取材できた。ミンチン叩きを止めるように訴えるSさんの真意は? ネット版を待て!



 007の公式キャラクターは嬉しそう。

 これも、スプリングフィールドが書きこんでいるようだ。

 SPRINGMANであることも自ら明かしていた。

 ペンギンちゃんねるでもお祭り騒ぎ。

 なぐり隊主催の大規模抗議集会も、明日に行われる。

 セーラお嬢様は仰られた。決意に固めた瞳を向けてきた。


「ベッキー。私はノーマンさんを、なぐり隊を止めにいくわ」

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