第1話 陰キャ男子なので、青春は諦めようと思います。
制服に袖を通す。卸し立ての新品の制服だ。サイズはぴったり。しっかり採寸してもらったのだから当たり前だ。
「……はぁ〜…」
思わず溜息が溢れた。今日は高校の初登校の日なのだから、こんな溜息はそぐわないだろう。
……普通の新入生なら……。
「お兄ちゃん!!着替えが終わったなら早く降りてきて、朝ご飯食べて!!」
下から妹の怒鳴り声が聞こえる。まったく忙しない事この上無い。
俺は重たい足を使いながら、ゆっくりと階段を降りて行った。
「お兄ちゃん、支度が出来てるなら、返事くらいしてよ。」
不機嫌そうな顔を覗かせながら、俺に話し掛けて来るこの娘は、我が愛しの妹である、秋元美波。中学二年になる。
「御免、考え事してた。なんたって今日はこの俺、秋元浩志の登校初日のめでたいハレの日だからね。」
「もう…、私だって新学期で忙しいんだから。下らない事言って無いでご飯食べちゃって。…後、めでたいとハレの日は同じ意味じゃない?」
「細かい事を言うな、妹よ。要はそれだけ喜ばしいという事なのだよ。」
「…そう、別にどうでもいいけど…。」
美波は興味無さそうに答えると、食べている途中だった卵焼きに手を掛けた。
「なんたる塩対応だ。我が妹ながら、恐ろしい子だ。」
「卵焼き、いつもより甘めにし過ぎちゃったか丁度良いんじゃないかな。」
「そうなの?…頂きます。あっ、本当だ。甘い。でも…これはこれで美味しいな。」
「良かった。早く食べないと遅刻しちゃうからね。」
…その言葉を聞いたとたんに気分が重くなる。それに呼応している様に箸が進むスピードも落ちていった。
「…どうしたの、お兄ちゃん?」
それを察知したのか、美波が俺の顔を覗き込んでくる。
「…あぁ…何でも無いよ。…少しがっつき過ぎたんで喉を上手く流れなくて…。でも、もう大丈夫だから…。」
俺は朝飯をかき込むと、近くにあったコップに入った麦茶で一気に流し込んだ。
「…う、はぁ〜。御馳走様。美味しかったよ。じゃあ、俺先に出るから!!遅刻しない様にしないとな!!」
会話を強制的に切り上げ、通学鞄を持って足早に玄関を飛び出した。
「髪くらい整えて来れば良かったかな。」
駅まで歩いて行く途中、ふと、言葉が漏れた。
これから通う事になる高校は電車で20分ばかし掛かる。駅までは10分程歩くので、大体登校時間は30分強といったところだろう。
恐らく、高校に通う時間としては近い部類に入る。
あまり都会とは言えず、かと言って田舎でも無い…ありふれているこの街にも高校は沢山ある。
それなのに、地元より少し遠い学校を選んだのにも理由がある。
それは俺の中学時代に起因している。
当時の俺は今と違い、もう少し明るい性格だったと思う。
特段友達も多く無ければ、少なくも無い。なんて事のない中学生だった。
中学三年の時だったか…、その時のうちの学年は女子の間で告白大会なるものが流行りになっていた。
告白するのは珍しくは無いだろうが、これは従来のそれとは異なり、嫌いな異性。もっと簡単に言えば、気に入らない男子に対して嘘の告白をしてその気にさせ、後に盛大に振ってしまおうというものだ。そして見事選ばれたという訳だ。
だが、もうそんな事はどうでもいい。どうせ裏切られるのだったら、一人で過ごしてやるさ。
これから始まるであろう高校生活もボッチ生活をエンジョイしてやる。青春なんて知らん。
陰キャは陰キャらしくやってやるさ!!
ガタン、ゴトン、と踏切の鳴る音がする。いつの間にか、駅に着いていたようだ。周りには学生が沢山蠢いている。
「朝の七時三十分、流石にこの時間だと駅も混んでいるな。」
独り言もこの人数では、その喧騒に紛れて消えていく。
ホームに居る人数はどれだけいるのだろう?列に並び、電車を待っている間、そんな事をぼんやりと考えていた。
「…御免なさい…、通して下さい…。」
喧騒から微かにしかし消えそうながらもしっかりてした優しい声が耳に届いた。
そこに居たのは、学生の間を何とか抜け出そうとする目を見張る美少女。
「う……、人が多くて中々通れない。」
「すいませーん。少し間空けて貰えますか?」
俺は学生達の間に割って入り、進路を作りだす。
切羽詰まっている彼女に助け船を出したのは、気まぐれだ。意味なんて無い。でも……。
「…はぁはぁ…。ありがとう御座います。助かりました。…あれ、その制服。もしかして同級生だったりします?」
「…そう…かもしれませんね。」
これは偶然に過ぎない事だ。気紛れで女の娘を助けただけ…、その娘が同級生だった…。それだけだ。
でも…これから何かが変わる。そんな春の兆しを感じてしまったのは、俺の気の所為なのだろうか。
いや、雰囲気に流されるな俺!こんな人畜無害そうな美少女でも、きっと腹の底では陰キャ野郎と中傷してるに違いない!騙されないぞ!!
「もし宜しければ何ですけど…一緒に学校に行きませんか?」
な、なにー!まさかの登校のお誘い!どういう事だ!?少し助けただけだぞ?罠か?いや、そうに決まっている。
「あ、あの…どうでしょうか?」
節目がちにもじもじしている女の娘。くそ、ずるいぞそんな顔をしていたら、断れないじゃないか?
「あ、ああ、それくらいなら構わないけど、ど。」
(は、恥ずかしい、噛んじまった!)
「噛んでる。…ふふ、可愛い。」
か、可愛いだって、おいおい何てこった。こいつはとんでもない奴に出会っちまったようだ。
「遅刻しちゃうので行きましょうか。」
そんなグイグイ来られたら、惚れちまうだろうがー!!
初めまして、数ある作品の中から本作を開いていただき、本当にありがとうございます!陰キャボッチ生活を平穏に送ろうと決意した浩志でしたが、初登校の駅から早くも不穏な空気が漂い始めてしまいました。グイグイ来る美少女の破壊力、恐るべしですね。
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