第16話 枯れた湖の村
東の湖のほとりには、小さな村があった。
いつもなら、水を汲む人、魚を干す人、舟を直す人でにぎわっている場所らしい。
だが今は違った。
井戸の前には、空の桶を持った村人たちが集まっている。
子どもは泣き、老人は乾いた湖を見つめ、男たちは怒鳴り合っていた。
「だから、水がないんだって!」
「畑はどうする!」
「王都に運ぶ水は!?」
「魚も一匹もいねぇ!」
湖は、からからに干上がっていた。
ヒデは湖の縁に立ち、顔をしかめる。
「……想像以上だな」
セシリアは村人たちへ歩み寄った。
「いつから?」
聖女の声に、村人たちは一斉に振り返る。
「聖女様……!」
「勇者様も!」
「王子殿下まで!」
ヒデが片手を上げる。
「墓守もいるぞ」
誰も反応しなかった。
「おい」
ジャスティスが村人の前に膝をつく。
「落ち着いてください。まず状況を確認します。湖の水がなくなったのは、いつですか?」
村長らしき老人が、震える手で湖を指した。
「今朝です」
「今朝?」
「朝、起きたら……もう、この有様で」
レオンが目を細める。
「一晩で湖が枯れたということか」
老人は頷いた。
「ですが、前兆はありました」
セシリアが顔を上げる。
「前兆?」
若い漁師が口を開いた。
「三日前から、魚が獲れなくなりました」
別の女が続ける。
「井戸の水が、少しずつ苦くなって……」
子どもを抱いた母親が震えながら言った。
「夜になると、湖の方から泣き声がしたんです」
ヒデの目が変わる。
「泣き声?」
母親は小さく頷いた。
「女の人みたいな声で」
村人たちは顔を見合わせた。
誰もが聞いていた。
けれど、誰も口にしなかったらしい。
「気のせいだと思おうとしたんです」
「湖の精霊様が怒っているんだと」
「いや、魔物のせいだ」
「教会に祈ってもらえば戻るって……」
セシリアの表情がかすかに曇った。
「祈りは?」
老人は首を横に振る。
「今朝、神官様が来て祈ってくださいました。でも、水は戻らなかった」
ジャスティスが湖底を見下ろす。
「それで、墓標が見つかったのですか」
老人の顔色が変わる。
「はい」
風が吹いた。
乾いた湖底から、砂が舞い上がる。
そこには、無数の古い墓標が突き立っていた。
村人の誰かが、ぽつりと言う。
「あんなもの、昨日まではなかった」
「湖の底に、ずっと沈んでたんだろうよ」
ヒデはギターを担ぎ直す。
「で、誰か知ってる奴はいねぇのか。あの墓標のこと」
村人たちは黙った。
その沈黙が、不自然だった。
セシリアが静かに言う。
「知らないのではなく、言いたくないのね」
老人の肩が震える。
「……昔話です」
レオンが静かに促す。
「聞かせてくれ」
老人は乾いた湖を見つめたまま言った。
「この湖には、かつて乙女がいたと言われています」
「乙女?」
「水を司る精霊とも、村の娘とも言われています。昔、村を救うために湖へ身を捧げたと」
ジャスティスが眉を寄せる。
「身を捧げた?」
老人は視線をそらした。
「そう伝わっています」
ヒデは鼻で笑った。
「そう“伝わってる”だけか」
老人は何も答えなかった。
セシリアの赤い瞳が、湖底の墓標を見つめる。
「美談にして、隠したのね」
その時。
乾いた湖の底から、かすかな声がした。
――たすけて。
村人たちが凍りつく。
子どもが泣き出す。
ジャスティスの白銀ベースが低く震えた。
ズン……。
レオンがスティックを握る。
「どうやら、昔話では済まないようだ」
ヒデは湖底へ一歩踏み出した。
「調査終了」
セシリアが横に並ぶ。
「早いわね」
「原因は下だ」
ヒデは無数の墓標を睨んだ。
「泣いてる奴がいる」
乾いた風が、湖底を吹き抜ける。
墓標の群れは、すべて湖の中央を向いていた。
その中心に。
他の墓標とは比べ物にならないほど巨大な墓標が、一本だけ立っている。
まるで。
湖そのものの墓のように。




