3.お披露目と黒いリボン
*レディースメイド = 王女の身の回りの世話を行う近侍。
*ヴァレット = 男性主人の身の回りの世話をする従者・近侍の一種
ドレスを抱えたブランシュは、後ろをチラリと見ると息を飲んだ。
それから目を閉じて覚悟を決めると、ゆっくりとドアを3回ノックした後、震えた声を絞り出した。
「だ、第五王女殿下……ド、ドレスをお持ちいたしました」
奥から聞こえる足音に身をこわばらせて待っていたブランシュは、勢いよく開いたドアにおでこをぶつけた。
(ドレスは!?……ぶ、無事でよかった)
部屋から出てきたレディースメイドは、ブランシュの黒いリボンを見て眉をひそめたが、後ろに立つイヴァンを見ると慌ててドアを大きく開けた。
「お待たせリゼット、これが新しいドレスだ。きっと気に入るはずだよ」
ニコニコとイヴァンがドレスを広げると、部屋にいた大勢のメイドが思わず顔を見合わせる。
「前よりもオシャレじゃない?」
「これを奴隷が作ったんだって」
「さすがにそれは噓だと思う」
ヒソヒソと話すメイドの中央で、リゼットもすぐに目を輝かせたが、ブランシュからドレスを奪い取りメイドに押し付けた。
「ふんっ!着てあげるから、そこから1歩も動かず待ってなさい!」
ドアが大きな音を立てて閉まると、イヴァンはブランシュの肩に手を置き、そっと耳元でささやく。
「ブランシュ、リゼットのことを許してやってくれ。まだ13歳なんだ」
「ひぃっ!あ、ゆ、許すも何も……」
ブランシュは誤魔化すように、90度の綺麗なお辞儀をした。
「ふっ」
上から落ちてきた鼻で笑う声に、ブランシュは思わず顔を上げた。
そこにはじっとりとした目が自分を捉えており、無意識のうちに右足が半歩下がった。
「なあお前、今何時だ?」
イヴァンはリゼットの部屋の前の時計を指さす。
今度はヴァレットたちがそろって眉間にしわを寄せ、顔を見合わせた。
時計がわからない使用人もたくさんいる中、奴隷がわかるなんて微塵も思わなかったからである。
「えっと……」
「ちらちらと時計を見ながら指示を出してたろ?」
「……は、はい」
王族の部屋の前には、必ず時計がある。部屋に入るタイミングを図るためだ。ブランシュは一瞬顔を動かすと「11時8分」とポツリと呟く。
真っ赤な顔でうつむくブランシュに、ヴァレットは息を止めて目をかっぴらく。
「奴隷が?ありえないだろ!」
「イヴァン様、何かの間違いですよ」
(奴隷なんかが時計を読めて申し訳ない……黙っていれば皆様を不快にさせなかったのに、どうして答えちゃったんだろう……)
怯えたブランシュの瞳は潤んだが、リゼットの部屋はまたしても勢いよく開いた。
皆が一斉にドアに目を向ける。
目の前に現れたリゼットを見て、誰もが破かれたドレスだということを忘れ、その美しさに目を奪われた。
まるでこのドレスが、最初からこのデザインでこそ輝くものだったのではないかと思うほどに。
「そこの奴隷!今回は許してあげるわ。次はないから!わかった?」
「か、寛大なお心に感謝いたします」
ブランシュはその場に土下座した。
リゼットはブランシュを見ることなくくるりと背中を向ければ、濃い緑色が透けるように揺れ、チュールがふわりと舞う。
ドアがバタンと閉まれば、ヴァレットが黙って一斉にブランシュへ視線を移した。もちろんイヴァンもだ。
「おい、お前.ついて来い」
「……お、仰せのままに」
普段奴隷が絶対に歩くことのない大理石の階段と、王子の部屋の前にのみ敷かれる赤い絨毯。
ブランシュの息はだんだんと細くなり、自分のペタンこ靴だけを見つめ、必死にちょこちょことついて歩いた。
♢
「入れ」
「……し、失礼いたします」
どこまでも続く広いその部屋には、細かい模様が編まれた絨毯とダイヤモンドのようなガラスのシャンデリアが目を引いた。
天井まで続く本棚を見たブランシュは、イヴァンの顔をチラリと盗み見る。
本をたくさん読み教養を身につけた者こそが、誰よりも賢く人の上に立つべきだと以前教わった。
(あんなに丁寧に刺繍されたクッション、きっとすごく高いんだろうな……あれ?どうしよう、第三王子殿下と2人きりなんてまた手汗が……)
「そこに座れ」
「い、いえ私は「座れ」
「……し、失礼いたします」
装飾に夢中だったブランシュの体に響いた、低く甘い声に思わず肩が跳ね、その場に急いで膝をつく。
「違う!椅子にだ」
「も、申し訳ございません!」
ブランシュはおずおずと椅子に座る。
(私のベッドの藁よりふかふかだぁ)
「お昼がまだだろう。サンドウィッチとリンゴジュースなんてどうだ?」
「え!?あ、や……私はその」
「リンゴは嫌か?ぶどうとミカンもあるが」
ちなみにこの誰もが怯えているように見えるブランシュだが、その理由はイヴァンが王子だからというだけではない。
――極度の人見知りである。
「まあいい、皆昼食の準備を」
イヴァンはドアを内側からノックする。
するとすぐにたくさんの青いネクタイの男性が、淡い琥珀色の瓶や食器、サンドウィッチを持って手早くテーブルが用意された。
(青いネクタイ……こんなにヴァレットがたくさんいるところを初めて見た。私と同じ空気を吸わせてしまうなんて……ごめんなさい)
ブランシュは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、首が痛くなるほどうつむいた。
「イヴァン様」
「ダルク、どうだった?」
耳打ちをする黒髪のヴァレットを見て、すぐにブランシュは両手を耳に当て目を閉じた。
「そうか、お前もお昼を食べてこい」
「ありがとうございます。では失礼いたします」
「おい、ブランシュ、ブランシュ!ダルクちょっと待て、そいつの肩を叩いてやれ」
(ひゃっ!何!?)
「目を開けろ。話は終わった」
慌ただしかった部屋は再び2人きりとなり、途端に静まり返った。
それからイヴァンは3回指で机を叩くと、ゆっくり口角をあげる。
「遠慮せず全部食べろ。いや、これは命令だ」
「お、お、仰せのままに……」
初めて見る分厚いサンドウィッチと、水で薄めていないジュース。ブランシュの目は輝いた。
(ジュースを飲めるなんてまるで誕生日みたい。真っ白なパンなんて食べたことないよ……緊張しちゃう)
ふかふかなパンを手に取り、ゆっくりと目を閉じてかじりつけば、その柔らかさに思わず目をパチパチとさせる。
焼いてから何日も経ったカピカピのパンとは、比べ物にならないほど甘かった。
美味しそうに頬張るブランシュを見て、イヴァンはジッと目を細める。
「うまいか?」
「はい!こ、こんなに豪華な食事をありがとうございます、殿下!」
王族にとっては朝食よりも簡易で、サンドウィッチだけなんてありえない。
イヴァンはじっくりと噛み締めて食べるブランシュを見て、心の内では笑いが止まらない.
早くジュースを飲むよう勧めれば、こわごわとコップに口をつけるブランシュに口角が上がる。
「お前、配属は?」
「ど、奴隷です」
「仕事の内容を聞いているんだが?」
「えっと……お、主に洗濯と掃除を。あと、草むしりなど……」
ブランシュは慌てて机の下に手を下げると、唾を飲んでうつむいた。
奴隷に配属などない。言われたことを何も考えずに、ただひたすらにやるだけである。
一方イヴァンにとっては、使用人も奴隷も変わらなかった。
「じゃあ今日からお前はランドリーメイドだ」
「は、はい……はい!?」
ブランシュは自分の耳を疑った。
椅子から飛び跳ねるように立ち上がり、両手で黒いリボンをぎゅっと握り声をうわずらせる。
「私は、ど、奴隷です!メイドになんてなれません!」
「残念だ。イエスと言うまで俺は帰さない。わかるよな、ブランシュ?」
噂される天使の微笑みとは思えないその目つきに、体の芯から震えるブランシュだった。
第1章完結




