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王宮への襲撃から一週間が経過した。
その間、私は王族を助けた英雄として祭り上げられた。(ローラントが王都中に吹聴したため)
その話は決して嘘ではないものの、打算がなくてしたことでもない。公爵家独立のための交渉材料の一つとして、有効活用しようと考えて、動いただけのことである。まあ、過程はどうあれ、外側から見たら、勇敢にも陛下や王妃様、更には自分の婚約者となるはずだったレノア殿下の命を守ったということになるのだろう。
実際のところは、若干セコいことをして敵を撃退しただけなのだが……。このことに関しては、私以外に誰も知らない。
何はともあれ、一時的に平穏な時が訪れた。
エドガー子爵は、国家反逆の罪で国外へ追放された。エドガー子爵を煽り立てて、今回の事件を実行に移させた側近の者達に関しては、より罪が重いとして即刻処刑。
もし、濡れ衣を着せられていたらと考えると恐ろしいことこの上ない。けれど、今回の一件によって、私こと『暗闇姫』に対する風当たりは幾ばくか柔らかくなった。
無慈悲な公爵令嬢というイメージが一変し、王家に忠誠を尽す従順な貴族子女という良き印象へとなった。この件から国王陛下や王妃様からは以前より気に入られてしまった気がする。いいことだとは思うが、レノア王太子殿下との婚約がらより強固なものになってしまいそうで、少し心配だ。
≪王宮≫
「改めて礼を言う。公爵家の令嬢という身でありながら、ソニア嬢は危険をも恐れず、強靭な逆賊に立ち向かい、そして撃退してくれた。我らを守るためにそこまで忠義に報いてくれたのだ、感謝する」
「国に仕える者として、当然の義務を果たしただけにございます」
むしろ、身の回りの危険を排除しただけです。
それから、国王陛下とは良い関係を築いておきたかった。
打算だらけの行動理由には、自分自身でも若干引いている。強欲に傲慢に私は、自身のためにちょっぴり努力をしただけである。そこに忠義などという立派な意思はない。だからこそ、今回の周囲から受ける反響は、予想以上に良いもので、罪悪感を覚えさせるようなものであった。
……なんか申し訳ない。
しかし、そんな私の気持ちなど国王陛下が推し量れる訳もなく、満面の笑みを浮かべて、実に上機嫌なご様子。
「……あなた、私も彼女がより気に入りました。やはり、直ぐにでも婚約を公にすべきですわ」
王妃様が不穏なことを言う。
せっかく襲撃諸々の騒動があり、婚約の正式な公表が先延ばしになったというのに、早期にでも口外されたら少し困る。そもそも私は、今回の婚約を望んでいないからだ。
レノア王子との仲も良くないし、そもそも次期王妃の座など望んでいなかった。
……ファラステラ公爵家独立という崇高な夢が。
「あはは、王妃様。大袈裟ですわ……」
残念ながら、心を押し殺して愛想笑いに徹することしかできない。無礼な言動は慎まなくてはいけないからね。
「ははっ、大袈裟などと……謙遜するな麗しのソニア嬢。我も婚約発表をすることには同意せざるを得ない」
「いえ、あの……本当に謙遜ではなくてですね」
「レノアもそなたのことを気に入っておる。そして、民も、此度の事件によって好意的な意向を示している」
「……ですから」
「よし、今から婚約したと国中に伝えよう! レノアを呼ぶぞ」
話を聞きなさいよ!
というか、流れが本格的に良くない方向へと向かっている気がする。早急に対策を練らねばならない。
元々、今回の婚約発表は仕方がないものだと考えていた。
どうせあの王子のことだ、私との婚約を良くは思わないはず。であれば、いずれこの婚約に意を唱えて婚約破棄に持ち込むだろう。だから、少しの間の辛抱だと、そう捉えていた。
でも、今回の襲撃によって状況は変わった。婚約発表は延期になったのだ。この機会に婚約そのものがなくなってしまえば、万々歳だったのだけど……。
望み薄そう。
今回の襲撃の首謀者として私自身が祭り上げられるのは不味いので、そうならなかったことには安堵している。そこから、襲撃を受けたのは、私が婚約者になるからだという憶測が流れれば、私にとって最も都合の良い世界が完成していた。
しかし、世の中そう甘くはない。
ローラントが私に懐いていたことが裏目に出てしまった。私の活躍を吹聴したことを咎める訳にもいかず、されどもそれが喜ばしいと感じることもない。やり場の無いこのモヤモヤした気持ちを持て余し、尚も私は窮地に立たされているのだ。
「今すぐにレノアを呼んできなさい」
「はっ、ただいまお呼び致します」
そうこうしている内にレノア王子をこの場に呼び出すということになっている。
やばいんじゃないか?
このままとんとん拍子に婚約発表をすぐにしましょう、みたいなことになったら魂が抜けてしまう自信がある。
絶望的でしかない。
……いや、待てよ。
そんな悲観的なことばかりではないかもしれない。レノア王子をこの場に呼び寄せるということは、彼の言い分も聞くつもりでいるということ。
レノア王子は私に良い印象を持っていない。むしろ、親の仇みたいな感情を初対面で見せていた。あれだけ私に拒絶反応を示しているあの王子が、私との婚約を認めないと言ってくれれば、国王陛下も考え直してくれるのでは?
婚約発表どころか、婚約すら白紙にもど……る、というのは難しいかもだけど。少なくとも、婚約発表を早めるという事態は回避できるかもしれない。
お子様王子よ……今まで散々馬鹿だ馬鹿だと思ったきたが、今回ばかりはその幼稚で強情な態度の真価が発揮される時。
…………頼んだわよ!
/
≪帰路≫
「はぁ……」
「ん? どうかしたの?」
「別に、なんでもないわよ」
王都からの公爵領への帰還。喜ばしいことのはずなのだが、私の気持ちは少しも晴れなかった。事情を知らないルルカは、その様子を気にしてチラチラとこちらの様子を窺うように視線を向けてくる。
レノア王子は、何故あんなことを言ったの?
私はそのことが頭から離れなかった。私には、理解しがたいことだったから。私を嫌っていたはずのレノア王子、それがどうして……。
『ソニア嬢との婚約、俺は喜んでお受けします』
彼の真意が分からない。
私が嫌いなのではなかったの?
それとも……いや、そんなことはない。態度が軟化したのは確かだった。でも、あの王子に限ってそんなことはない。嫌悪感が好意へと変わる……そんなことは、きっとないはず。
『俺は、ソニア嬢に変わらない敬愛を捧げる。命の恩人に、これまで通りの無礼な態度は取りませんよ』
……ないはずだ。
レノア王子は、私に助けられたという事実を受け入れて、それに負い目を感じているだけに過ぎない。
きっと今後、私からそれを伝えれば、婚約を解消することだろう。
「……はぁ」
「いや、本当に大丈夫か? 頭抱えて、絶対何かあったでしょ」
「だから、別になんてことはないのよ。貴女は、護衛として周囲に気を配って」
「ルルハが既にやってるよ。私は休憩中。んで、ソニア様の悩みは、なんなの?」
なんだか異様に食いついてくるわね。ルルカは、私のことを心配してくれているみたいだけど、本当のことを打ち明けたら絶対に白い目で見てくる。
王子と婚約したくない! なんて、ことを大声で宣言しようものなら、「ソニア様も、普通の女の子みたいなこと考えるんだな」みたいに舐められるに決まっている。
言わない。このことは、墓場まで持っていく。そして、私が墓場に入る前に婚約なんて無かったことにしてやるんだ。
「ルルカ、今抱えている悩みは、話せない。分かるわね?」
鋭い視線で制すると、ルルカは動きを止める。別に何が分かるのか私も知らないけど、ルルカは無言で頷いた。
「分かったよ。だいたい察しついた」
……あ、勝手に解釈してくれた。
どっちにしても、話す気がないのだから、これ以上の会話は不要。「分かったなら、放っておいて」と念を押し、馬車は沈黙に包まれた。
外で周囲に目を光らせているルルハにも悪いが、これを話す気はない。
……なにより、今こんな下らないことを語り合っている暇もないのだから。
手元に存在する一冊の本を私は見つめる。
『結末の星回り』
この本がどのような結末を描いているのか。指が震えてまだ読み進めてはいない。もし、あの時、エレオノーラが言っていたことが真実ならば、この本は私の進退に大きく影響してくることだろう。
まだ見見ぬ未来を、私は歩み続ける。
婚約?
予言書?
運命?
そんなもの、私が全て覆してやる。決められたものなんて、私は認めない。私の人生は、私のもの。公爵家独立という夢を追い、いずれは誰にも邪魔をされず、静かに余生を過ごす。国の柵に縛られることもなく、私は自由になりたい。
だから、今は頑張るんだ。
『暗闇姫』として、そして公爵家の一人娘として。
ここまで見ていただきありがとうございます。




