17
「……行きましょうか」
私は出発前から疲れていた。
賑やかな車内、ルルハは楽しそうにしているものの、私はそれどころではない。
そう、ルルハが職務放棄をしたせいである。
姉のブレーキ役、二人の仲介役を担うはずのルルハ。なのに浮かれているのか、二人のやり取りを止める素振りすら見せない。
むしろ「姉さん楽しそう……」なんて見当違いのことを言い出す始末。幸せな状況がルルハを盲目にしている。
もっとも馬車で彼女がこんなに喜ぶとは思っていなかった。対策の打ちようもないし、この状況すら全くの想定外。
……残念ながら、和んでいるのはルルハだけである。
「ソニア様、お疲れですか?」
「ええ、ちょっとね」
……私のことを気遣えるのであれば、二人の暴走を阻止してほしいわ。
「あの二人、仲良くしてくれないかしら。見ているこっちが疲れてくる」
「でも、二人とも楽しそうですけど」
貴女の目は節穴なのね。
あんなに口喧嘩している姿を見て、楽しそうと言えるなんて……ルルハの方を見て意味がわからないというような視線を向けると付け加えて説明を入れてくれた。
「姉さん、ソニア様のところで生活するまではあんなに喋ったりしませんでした。私を守ろうと必死に生きて、私以外と話すときとかはとっても冷めた感じだったんです。でも、屋敷に来て、姉さんは変わりました。あんなに声を荒げて、でも殺意とかは全く出していない。……口ではああやって、よくないことばかり言ってますけど、きっと姉さんは今が楽しいと感じています」
……うーん。妹のルルハが言うのであれば、そうなのかもしれない。
でも……。
「お前目付き悪いなぁ」
「目は生まれつきなんだよ! お前のそのふざけた面だって胡散臭くて反吐が出る」
「やだなぁ。俺は胡散臭くないって、信じてよ〜」
「その言葉遣いから既に怪しいって言ってるんだよ!」
……いやいや、あれ絶対に楽しんでないでしょ。
ルシードに対してルルカが向けている感情は侮蔑そのものだと思う。
「貴女のお姉さん、すごい怒ってるけど?」
「どうでもいいことで怒るのは、平和の証です」
物は言いようとはよく言ったものだ。
「私としては、あの二人の小競り合いをルルハに止めてもらいたいのだけど……」
「止めたところで、またすぐに喧嘩しだしちゃいますよ」
「確かに、なんとなく想像できる」
この妹はあの喧嘩をちゃんと確認した上で放置していたのか。
無駄なことに労力を使わないというのは賢い選択でもある。
でも、あのうるさいのを王都に着くまでずっと聞き続けるのもそれはそれでやっぱり疲れるのよねぇ。
「あの二人がうるさいのでしたら、魔法で周囲の音をシャットアウトしたりすればいいのでは?」
「ルルハ、貴女って天才なの⁉︎」
まさか一日中喧嘩するわけではないと思うけど、ルルハの案は私にとってかなり魅力的に思えていた。
音とは空気を媒体として、振動を伝えるもの。
振動によって押された空気が出来、空気の密度が濃いところ、薄いところといったように差ができる。そして、これこそが音を伝える音の波となっている。
……原因は馬車内の空気。ということは。
「馬車内の空気を無くしてしまえば、二人の喧嘩する声を聞かなくて済むということね!」
大声でそう言った。
途端に二人の喧嘩はピタリと止まり、車内は嘘みたいに静まり返った。
……もちろん、まだ魔法を使ったわけではない。
二人が言い合いを中断したのである。
「ちょ、ちょっと! 空気を無くすってどういうこと⁉︎」
血相を変えたルルカがこちらに詰め寄る。
「え? 言葉通りだけど?」
「やめなさい。この車内の私たちを殺す気⁉︎」
「……死んだら事故ということで」
「納得できるか‼︎」
死ぬくらいであればと、ルルカは大人しくなった。
思っていた形ではなかったが、静かになったのでよしとしよう。
「ふっ、ビビリだな。所詮人間といったところか」
「うざっ、ソニア様この悪霊の口封じとかできないの?」
できないことはない。
「出来るわよ。確か光魔法を使えば成仏させることも……」
「ちょっ、冗談だから。馬鹿にして悪かったから〜」
怯えるルシード。悪霊だから光属性の魔法には滅法弱い。
まあそもそも、私の適性は闇に触れているため、対極の属性である光魔法は使えない。
その事実を述べるとルシードがまた騒がしくなるから秘密にしておこう。
「流石ソニア様! 一瞬で二人を静めるなんて。凄いです!」
うん。勝手に二人が誤解して勝手に大人しくなっただけなんだけど……それは言わないでおこう。
尊敬の眼差し。悪い気はしないわね。
隠し事をしているみたいで罪悪感はあるけれど、都合がいいのでそのまま……真実は死ぬまで秘密。私が話さなければ誤解は誤解のまま模範解答ということになるのである。
「こ、これくらい普通よ。さあ、気を取り直して出発よ!」
優雅な馬車の旅がスタートする。(数時間程度のもの)
王都に到着するまで、特に目立った問題もなく、移動は至って平和なものであった。




