13
憂鬱な朝の空気を消し飛ばすように朝食は賑やかなものであった。
その席にはルルハ、ルルカを始めとした使用人達。そして、お父様とお母様の姿もあった。
実に平和的な日常風景。
盛り上がる食事。
だけど、私だけはその楽しい時間の中に一抹の不安を抱いていた。ルシードの言葉に秘められた意味を性懲りもなく、考え続ける。
「……どうかしたの。ソニアちゃん」
私のことを心配したような優しい声が聞こえる。
お母様の声だ。
どうも私は食が進まない。それがお母様には気になることだったようだ。何も悪いことは起きていない。分かっているのに不安になっている。
「ごめんなさいお母様。少し食欲がなくて」
「そう。……食べれないなら無理に食べなくてもいいのよ」
「いえ、せっかくのお料理ですので、食べますよ!」
私は気丈に振る舞えただろうか。
いらぬ心配をお父様やお母様に掛けさせたくない。私一人で悩んでいること。周囲を巻き込むなんて私は望まない。
唯一巻き込んでいいとしたら、悩みの種を私の心に植え付けたルシードだけだろう。
彼は私に先のことを考えるように仕向けてきた。そして、彼自身も先のことを考え、そして先に起こりうる事態を承知している。
「ご馳走様でした」
私は急ぎ気味に食事を済ませて、席を立つ。
私のせいでこの幸せな空気を壊すのは少々罪悪感がある。早々に立ち去った方がみんなのためであり、私のためでもある。
去り際、踏み出そうとする足に反するように私の手に細くしなやかな指が触れる。
「ソニア様……」
「ルルハ」
ルルハも私のことを心配してくれている。それが熱量を帯びて、指の先からよく伝わってくる。
心臓の鼓動が早くなるたびに、彼女に悩みを打ち明けたあという衝動が沸き起こる。
……ダメよ。不確定なことを伝えて困らせてはいけない。
自制心が働き、私のわがままは心の深くに仕舞い込まれた。
「ありがとう。私は大丈夫だから。ルルハには王都に行く準備をお願いするわね」
頼ってはあげられない。
ルルハの少し寂しそうな表情を見ることなく、私は一人部屋に戻った。
私の問題。……『暗闇姫』の意味。これから起こるよくないこと。
「ルシード」
呼び出してから、彼が現れるのに時間は掛からなかった。
「はい。どうかしました?」
「今日は王都へ向かう日よ」
「存じていますよ。それで、何かお話があるんでしょう」
お話というほどのことでもない。
「……私のこと、守ってね」
ただの最終確認。
ルシードからしたら、そんなことか。みたいな感じだろう。彼は私のことを守ると決めてくれている。
それでも私は聞かずにはいられなかった。
「不安かい?」
「少しだけ。今回はラスティもアル達もいない。……それに今日は私の数少ない外出でもあって、何か起こる可能性は高いと思うの」
「そうだね」
「だから、その。……ルシードにお願いがあるの」
こんな悪霊にお願い事をするとは、随分私も後先考えないようになった。霊獣には出来るだけ頼らないようにと考えてきたのに。
プライドなんか無い。縋れるものがあるのなら、何にだって手を伸ばして、振り落とされないようにしがみつく。
……せめて今回だけでもいい。
「私の護衛はしてほしい。でも、追加で私の大切なものも一緒に守ってほしい」
「……今回連れて行く子達のことだね」
「そうよ。お願い」
彼女達は私の護衛として今回ついてきてくれる。それ以前に彼女達は私にとって大事な存在でもある。
彼女達は私の心の支えになりつつある。家族と同じくらいに大事な存在。
私に口うるさい侍女は元々あまり喋る人ではなかった。
屋敷に招き入れた当初は、周囲に怯え、世界を恨むような憤怒の感情さえ感じるほど警戒心が強かった。
でも、私の侍女として彼女は努力した。初めのうちは不慣れであった掃除や料理、私の身の回りの世話なども月日が過ぎるごとにみるみる上達していった。
他の使用人とも、それらの仕事を通して打ち解け、いつしか私が何かよくないことをすると厳しく叱ってくるくらいに馴染んだ。
私は彼女に叱られながらも、私のことを大事に思ってくれている彼女と過ごす日々がとても充実したものだと思った。
この先、何年、何十年と時が過ぎても、私は彼女がそばにいてほしいと感じた。
仲のいい姉妹は、元々は貧乏な平民だった。
二人で助け合いながら生きてきて、出会いは最悪なものだったけど縁があって今、彼女達は私の侍女になってくれた。
まるで私のことを姉妹のように接してくれる二人。
私の護衛とも仲良くなり、二人と護衛達の賑やかなやりとりは見ていて飽きないものだった。
歳が近い分、色々なことを話しやすいということもあり、私は二人と仲良くなれた。性格は正反対の二人、それでも優しい彼女達とずっと一緒にいたいと思うようになった。
……大事な人が私にはいる。
私自身が『暗闇姫』と嫌われていても、一人ではないと分かってしまった。
「ルシード……」
穏やかな面持ちを保つルシードは、私の頭に手を置く。少し落ち着けと言っているかのような、体温はないのに不思議と温もりを感じるような。
「ふっ、仕方がないなぁ。ソニアの頼みだし、引き受けるよ」
彼に依存し過ぎてはいけない。
彼へのお願いはあくまでも保険。もし相当な危険が迫ってきたとしても、ルシードに頼らず解決できる部分は自分達でやり抜く。
……でないと、もし彼に頼らなくなった時、私はきっと何もできなくなってしまいそうに思えるから。




