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<エドガー子爵領、地下水路>
「こちら先遣隊。予定通り子爵領に侵入した」
そう冷静な声音で告げるのはファラステラ領内でトップクラスの戦闘技術を有するラスティである。
ラスティ率いる調査隊はエドガー子爵の企みを暴くべく、水面下で隠密行動を行なっていた。
ソニアが王都に向かうのと同時進行で行われているこの調査。エドガー子爵が一番動き出しそうなタイミングであるからこその今なのである。
『こちら司令部。そのまま屋敷の真下まで進行してください』
「了解、今のところ異常はない。必要があれば随時連絡を飛ばす」
『そうですか。では皆さんの検討を祈ります』
闇魔法での通信はそこで切断された。
この調査はかなり大掛かりなものであった。
ラスティ率いる先遣隊。
緊急時の先遣隊援護役を担うイヴァ率いる別働隊。
子爵領周辺に配備され、秘密裏に子爵領の調査を行なっているアル率いる偵察隊。
屋敷にて各隊との情報交換、通信を定期的に行う司令部こと公爵家護衛隊総司令部。
各部隊が各々の任務を遂行すべく、幅広く目を光らせる。
公爵家の一人娘、ソニア=イス=ファラステラ。彼女に危害を加えようとした輩を炙り出すため……。
公爵家で雇われている護衛は殆どが他の地域から移り住んで来たものである。彼らはソニアの指示のもと公爵家に保護された。闇の魔力を所持していることから不遇な境遇に立たされてきたものばかりだった。
ソニアに救われたことから、彼らはソニアのことを密かに信仰している。公爵家を守るための護衛と名目上はなっているものの、彼らにとって一番の警護対象は他でもないソニアなのである。
だからこそ、彼らは憤慨していた。
自分達を救ってくれた幼き令嬢を狙う輩が存在することに。
そして、その輩の多くは等しく闇の魔力持ちに対して、差別意識を持つものばかり。つまり、ソニアの敵は自分達の敵と同意でもある。
「隊長、道が分かれています」
進み続けると、水路は三方向に分かれていた。
「グラス。どこを進めばいい?」
ラスティは後方にいる部下、グラスにそう尋ねる。
だが、グラスの顔色は優れないものであった。
「……申し訳ありません。なんらかの不具合により、道順の確認が出来なくなりました」
「隊長、通信状況も悪くなっています。司令部との通信ができなくなっている可能性があります」
分かれ道に到達した先遣隊に降りかかる災難。
真っ暗な水路、方向を確認しながら進んできたラスティ達であったが、なんらかの影響によって魔法がうまく作用しないという状況に陥っていた。
「取り敢えず、司令部に通信を入れる」
「ですが通信が使えるかどうか……」
「試すだけだ。無理なら無理でどうするかはその時考える。……一人だけではなく、全員の魔法が使いにくくなっている。俺は司令部と通信を、グラスはもう一度進路の確認が出来ないか試してみてくれ、他のものは周囲を探索し原因の究明に努めろ。確実に何かあるはずだ」
周囲に異常がなければ、魔法がうまく使えないなどという怪奇現象は起こらない。
「こちら先遣隊。緊急報告。突如として魔法の発動に障害が発生した。進路も分からない状況にある。指示を」
『こちら司……雑音が、酷……きり聞こ……ない。……早急な問題の解、を推し……する』
まるで会話にならない。
声が途切れ途切れになるどころか、耳障りな嫌な音が混じる。
だが、なんとなくだが司令部も困惑していることは察することができた。
「問題の解決を急ぐ」
ラスティはそのまま通信を切断した。
「グラス、進路の特定は?」
「申し訳ありません。以前魔法がうまく作用しない状況です」
「そうか。周囲に何か異変などは見つかったか?」
「何一つ見つかりません」
「隊長、このままでは作戦どころではないかと……」
「一旦子爵領の外まで引くことも視野に入れるべきだと思われます」
部下からの報告はよくないものばかり。
今更、子爵領の外まで引き返すのは納得がいかない。確かに魔法がまともに使えない以上、それも考えなくてはならないが、根本的な問題点を見つけない限り永遠にここで足止めを喰らうようになる。
「……原因を見つけろ。これは普通じゃない。エドガー子爵側が仕掛けたなんらかの妨害工作だ」
……確実ではない。だが、その可能性が高い。
なんらかの妨害魔法を使っている。もしくは、魔法に作用する異物が付近にあるか……。
「隊長、真ん中の通路から人影が……」
「人影か」
どうやら魔法に不備を生じさせる元凶が向こうからきてくれたようた。
「総員戦闘態勢に入れ。魔法に頼るな、接近戦で叩くぞ」
その人影が敵であると、はっきり確信できた。
理由は簡単だ。
……その人影が放つ、気分を害するくらいに濃い殺意を肌で感じるから。
「隊長、まもなく目標の姿が目視可能になります」
相手が視認可能な範囲まで近づき、ちょうどそこで足を止めた。
真っ暗な地下水路で、先ほどまで相手の容姿は人型のシルエットにしか見えなかったが、今は違う。
「……女?」
意外にも敵意を持つ者の正体は女性。
だが、油断はできない。
魔法を無力化し、単独でこちらを殺そうと考えている存在。
「お前は何者だ」
ラスティの問いかけに女性はピクリと反応を示す。
それから女性は強化の宿った目を見開きながら、ニタニタと笑った。
「初メマシテ、新世界ノ人間。私ノ名前ハ、サマンサ。シノ皇女ノ命ニヨッテ貴方達ヲ殺シニキマシタ」
異常な言葉遣いは不自然なほどに生気をを感じさせない。
まるで生き物ではないような、そんな印象する与えるものであった。
心のない殺戮者。
それはサマンサという女性に相応しい言葉なのかもしれない。
「そうか。……こちらもすべきことがまだある。お前に殺されている暇なんてない」
ラスティの合図で先遣隊の面々は一斉に武器を取る。
「フフフッ、ソンナニ急ガナクテモイイノニ。今日ハ単ナル挨拶ニ来タダケ。貴方達ヲ殺スノハ、マダ先ノ話デス」
「……我々の障害となる存在をここで易々と逃すとでも?」
「アハッ、確カニソウデスネ。デハ、私ト殺リ合イマスカ?」
「無論だ」
無言の圧力をサマンサに向けるラスティ。しかし、向こうは何事もないかのように笑みを絶やさない。
心がないのか。心が壊れているのか。……先遣隊の面々はサマンサに対して、気味が悪いと感じていた。
「行くぞ」
ラスティが手を振り下ろして、戦火は切って落とされた。
魔法での身体強化、魔法攻撃などの有効な手立ては失われているが、それでも彼らは公爵家に使える精鋭の護衛達。
ましてや相手はたった一人の、しかも女性である。
決着はすぐに着くと、誰もが予想した。
……そして、その考えは甘かったと知るのは直後のこと。
「あ"あ"あ"ぁぁっ‼︎」
先遣隊の一人はサマンサの素手で無造作にも腹部を貫かれていた。
同時攻撃を仕掛けた他の者達も謎の衝撃波によって後方に飛ばされてしまっていた。水路の壁に強く体を打ち付けた隊員達。たった一撃、それだけで先遣隊はほぼ壊滅に近い状態になっていた。
「フム、悪クナイ動キデスガ……残念」
サマンサは苦しむ隊員をそのまま地面に叩きつけ、頭蓋骨を踏みつぶした。真っ赤な体液が周囲に飛び散り、返り血を浴びたサマンサはまさに悪魔のようであった。
「ルーカス‼︎」
ラスティの呼びかけに彼は答えなかった。
「アラアラ、人ガ一人死ンダクライデ、何ヲ動揺シテイルノデスカ?」
残酷な笑みを浮かべるサマンサ。
彼女は魔法を使っていない。正真正銘、自身の身体能力で戦っている。アレは普通の人間ではない。
「貴様っ……」
「フフッ、次ノ相手ハ貴方ガシテクレルノ?」
他の先遣隊メンバーは未だに動けずにいる。
今この場で残虐なサマンサと戦えるのはラスティだけだった。
「……ああ、してやるよ」
「イイ目ヲシテイルワ」
「我らに楯突いたこと。後悔しながら逝け……」
瞬間ラスティは急激にサマンサに接近する。
「アラ、早イワネ」
ラスティの剣での斬撃。サマンサはそれを腕で受け止めた。普通であれば腕は跡形もなく吹き飛ぶ。しかし、サマンサの腕はラスティの剣技を持ってしても、切断には至らなかった。
さらにサマンサの腕は金属のように硬かった。
「……貴様、人間ではないな」
「今更デスネ。気付カナカッタ?」
ラスティは即座に距離を置く。
サマンサの腕には確かにダメージが通っていた。しかし、彼女は問題なくその腕を動かす。
腕の内部は見たこともない多数のゴム管のようなものが通っており、著しく出血しているにも関わらず、痛みも感じていない様子であった。
「自我を持った人形か……」
「アタリ。私ハ、シノ皇女ニヨッテ創造サレタ。新世界ノ人間ヲ掃討スルヨウニ作ラレテイル。私ハ特別。量産型トハ違ウノ」
「量産型……お前みたいなのが他にもいるということか?」
「エエ、デモアレラハ私ノ劣化版。私ハ他ノ人形達トハ違ウ。……ダカラ、コンナ所デ死ンデイイ存在ジャナイ‼︎」
サマンサはラスティの隙を窺い、そのまま奥へと引いていった。深追いはリスクを伴う。まして、先遣隊の陣形が崩壊している今、ラスティ単独での先行は目的の遂行に支障が出る可能性が高い。
「また厄介なのがいたものだ」
サマンサの殺気が完全に消えたのを確認して、ラスティは先遣隊立て直しのため、倒れた隊員の元へと駆け寄った。




