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『脇役女優』が『悪逆王子』と代わったら  作者: 千切キャベツ
序章:猫、私、デブ王子
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序章:第7話 プロローグの終わり


 宿呪についてその場で思いつく限りのことを聞き出した私が、次にアッシに尋ねたのは、リーニェに関する情報だ。


 役者にとっての基本中の基本―――役作り。

 どんな脇役、端役であろうと、これを怠れば大根演技になるのは必至だ。例え一言しか台詞が無くとも、舞台に立つキャラクターであるなら必ず役作りをする。これが、私の中での鉄則なのだ。

 私が私として意識できている以上、それが夢の中だろうと変わりはしない。むしろ主演をやると決めたのだから、より気合いを入れて取り組むつもりだった。


 とにかく、リーニェがどんな人間で、周りとどんな関係性を築いているのか。それが分からなくては、演じるも何もない。


 そんな思いを乗せて、アッシに熱く語った結果、返って来た返事はというと。


「詳しく知らんにゃ。興味ないし」


 この一言だった。


「そもそも、芝居って何にゃ。演じるって、他人のフリをするってことにゃあ?」

「しっ……知らないの!? 芝居を! 演劇を!? 人類の英知を!!??」

「知らんにゃあ。わたしの知る限り、人間にそんな文化は無いと思うけどにゃあ……。知らないだけで、あるかもしれないけどにゃ」

「そんな……ウソだ……」


 私の脳が生み出した夢世界に、演劇の概念がないなんて考えられない。

 っていうか、普通に人間という知的生命が居て、劇の発想が生まれないなんてことがあるの? 現実世界じゃ紀元前からあったっていうのに。

 

「いや、だから、知らないだけでって言ってるにゃ。そもそも、わたしは人間についてそこまで詳しいわけじゃないにゃ? 話せるのはリーニェだけだし、文字も読めないのにゃん。リーニェの部屋によく来る何人かの、名前とか役職とかを少ーし知っているだけにゃあ」 

「じゃあ、それは後で教えて貰うとして……リーニェのことならどう? 少なくとも、他の人のことよりは知ってるんでしょう?」


 これで何も知らないなら、ホントに詰みだ。


「そうにゃあ……変なヤツだったにゃ。他の人間と話せなくてもハッキリ分かるくらいには、人間としておかしかったにゃあ」

「変って、また曖昧な。もっと具体的に、何かないの?」

「うーん、そうにゃあ。例えばリーニェは、朝になると必ず気に入ったメイドを部屋に集めて交尾するにゃ」

「こうっ、はぁ!?」


 なんでメイドと!? あんなに可愛いお姫さまがいるのに!?

 じゃ、なくて!


「交尾って! 集めて交尾って!」

「いや、それそのものは普通のことにゃあ。王様の子供なんだしにゃ。王族の血筋は多い方がいいに決まってるにゃん」

「そ、そういう問題なの、それは……」


 アッシは、呻く私を無視して続ける。


「でも、リーニェはせっかく種付けした相手を殴るのにゃ」

「は?」

「死ぬまでやり続けることもあるにゃ。何のために交尾してんのにゃ。マジで意味わかんねー、にゃ。こればっかりは、魔物の世界には無いことにゃあ。人間でもやってるのはリーニェくらいのもんにゃ」


 ……なんだそれ。

 思ってた数倍バイオレンスな設定―――いや、完全に女の敵じゃないか。これ。

 クソ野郎だ。

 出来れば、私はリーニェを嫌いになりたくないんだけど……。

 

「それから、美術品も好きにゃ。世界中から集めて、管理も徹底してるにゃあ。宝石像に髪の毛の先が触ったって理由で、その日当番だったメイドを家族ごと火あぶりにするのにゃ。それを、わたしに笑いながら話すのにゃ。正直引くにゃ」


 あ、無理だわーこれ。

 この時点で、他に何を聞いても覆せないマイナスだわ。

 

「アッシは、何でそんなヤツの所に居るわけ……?」

「好きで居るわけじゃねーのにゃ。飼われてるんだからしょうがないにゃあ。わたしの宿呪は生きているモノの魂には干渉できないから無力だし、下手に会話が成り立つから、逃げようとしたら酷い目に遭うのが分かってるのにゃ」


 そっか……。アッシも大変だったんだな。

 って、んん?


「ちょっと待って。もしかして、アッシが私を喚んだ理由って」

「そりゃあ、リーニェは死にかけだったけど、死んでなかったからにゃあ。万一蘇ったらヤダし、少しでもマシになれー、と思って魂を交換したにゃ」

「そんな勝手な!」

「いやー、わたしもまさか上手くいくとは思ってなかったし、相手がカオリだったのはホントに偶然にゃ。……悪いとは、思ってるにゃん?」


 欠片も誠意の篭っていない声色でアッシは言う。

 なんてこ憎たらしいんだ。これが夢じゃなかったら、彼女がくりくりおめめの子猫ちゃんじゃなかったら、私の手で酷い目に遭わせていたかもしれない。猫好きな自分が憎い。



 とにかく。

 この日、私がアッシから得られた情報は―――リーニェが人間の屑だったということと、周囲に居る何人かの名前と職業。それから宿呪についてのフワっとした知識。これだけだ。

 

 リーニェを好きになれないのはいい。

 自分の演じる役が性に合わないことぐらいザラにある。それでも演じ切るのがプロというものだ。

 でも……せっかく自分の夢の中、主演をやろうと決めたのだから、少しだけ我儘を言いたい。

 そこで私は、治療士のおじいさんが言っていたのを思い出した。


 『記憶喪失』。


 少なくとも、私は周りからそう思われているはずだ。

 だったら、これに乗じてしまおう。

 

 つまり。

 『リーニェ王子は生死の境を彷徨ったショックで、記憶を失った』

 『自分の行いを全て忘れ、性格が捻じ曲がる前のキレイな王子に戻ったのだ』

 という筋書き。

 記憶喪失の元ゲス王子が、己の過ちと向き合いながら、周囲の手を借りて清く正しく成長していく―――。

 うん。

 実に主人公っぽい。しかもこれなら、ベースが真っ白なので、私が乙女時代から密かに膨らませていた『理想の王子さま』を混ぜ込んでいくことさえ可能だ。


 うひゃー、これはちょっと、楽しくなってきたぞ。

 まずは……そうだ。この姿見に映っている不摂生な体。リーニェは痩せればワンチャンあるし、これからなんとかしよう。

 それから、勉強だ。お姫さまに文字も読めないと言われているのでは恰好がつかない。この世界の歴史や宿呪についてももっと知りたいし、本が読めるようにはなりたいな。

 後は、ファンタジーだしやっぱり冒険? いや王族なんだし社交界とか……あ、お姫さまとももっと仲良くなりたいし、何だったら他の兄弟にも会ってみたい。アッシが第三王子って言っていたから、上に二人お兄さまがいるはずだ。この辺の人間関係は、アッシから情報を得られなかったので、直に集める必要がある。


 思えば、最初に抱えていた不安や恐怖はどこへやら。

 夢だと色々割り切ったこともあって、私はようやく心に余裕を取り戻していた。


 やるぞ、私。

 待ってろ夢世界。


 燃えて来たあっ!!


「ふぁ、ねむ。ねぇカオリ、……わたし、そろそろ寝ていいにゃん?」


 全身に漲った力が、しゅぽっと抜けた。

 夢でも現実でも、猫はマイペースなんだなぁ……。

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