序章:第6話 宿呪①
自分の体が男になったのだ。
私だって、今さら猫が話したくらいでは驚かない。
だから彼女―――アッシへの最初の質問は、その辺を省いたものになった。
「黒幕……って、どういうこと?」
アッシは私のお腹の上で、ころんと横になりながら答える。
「カオリをこの世界に喚んだのがわたしだってことにゃん。正確に言うと、リーニェと交換した、だけどにゃあ」
「交、換?」
「にゃん。リーニェの魂と、カオリの魂。死にかけてた二人の魂を、世界の壁を越えて入れ替えしたにゃ。こんなこと、たぶんわたし以外には出来ないにゃ。我ながら、すごい宿呪にゃあ」
た、魂の入れ替え? 世界の壁を超える?
なんか凄いこと言ってないか、この猫。っていうか、さっきお姫さま達が来ていた時からずーっと気になっていたんだけど、『宿呪』ってなんだ。そんな単語、現実世界でも聞いたことないぞ。
思った疑問を全てぶつけると、アッシは「うるさいにゃあ」と不機嫌そうに喉を鳴らした。
「そんな一気に答えられないにゃ。知りたいことだらけなのは分かっているから、一つずつにしてくれにゃ」
彼女が言うのは最もだ。私としても、一気に情報は飲み込めない。質問を絞ることにしよう。
……そう思うと、入れ替え云々は聞くようなことじゃないのかな。
気にならないと言えば嘘になるけど、そもそもこれは夢なんだから、リーニェという人物は実在しない。なので、現実世界の私の体にリーニェの魂が入っている、というのは、単にこの夢の設定ということだろう。私の脳みそもずいぶんとファンタジーなことを考えるもんだ。
だとすると、気になるのはやっぱり……『宿呪』という言葉。
この単語、お姫さまたちの会話でもやたら出てきていたのだ。文脈や、あの聖職者っぽいおじいさんが私の喉を治すときに放った光を踏まえると、魔法のような力を指すのではないかと思えるんだけど……ストレートに『魔法』じゃないのが引っかかる。
「じゃあ、一つ質問。宿呪って何なの?」
「うふふふ。くると思ってたにゃん。異世界人のカオリには聞きなれないだろうからにゃあ」
アッシは興奮気味に尻尾をぶんぶん振り回す。
そんなに説明したかったのか。へんな猫。かわいいけれど。
「『宿呪』っていうのはにゃ、王様がくれる力のことにゃん」
「王様? くれる?」
「にゃん。わたしたちだったら西の果ての魔王様。人間だったら自分が住む国の国王様……昔は『宿主』って言い方をしたにゃ。確かこの国だと、特別なお酒を造って飲ませるんだったかにゃ?」
「いや、知らないわよ」
「確かそうにゃ。まあ貰い方は種族や国によって違うけど、一個の肉体に一つ、ランダムで宿る力なのにゃ。わたしで言うと幽体への干渉能力だし、さっきカオリの喉を治したじいさんの場合は……なんだろ、アレ。身体能力強化の治癒特化バージョンかにゃ?」
「だから、私は教えてもらう側だって!」
「まあ、色々あるにゃ。人間だと、精霊を支配する系統が多いはずだにゃあ。火とか水とか。だからあのじいさんは結構希少な存在ってことになるにゃ」
……何だか、ふわっとした説明だなぁ。
一番表面的なことは何となく伝わるけど、要領を得ないというか。
「精霊って……そんなモノもいるの? この世界」
「にゃん。わたしには感じることさえできないけどにゃあ。人間が何もないところから火を出したり、雷を落としたり出来るのは、その属性を司る精霊を支配しているからだ、って話にゃ」
「ふぅん」
王様から貰うとか、精霊を操るっていうと、確かに単純な魔法って感じじゃないかも。
「あー、あんまり分かってないにゃ? 精霊支配系って、人間の他にはドラゴンくらいしか持ってないにゃ。かなり強力な宿呪にゃ」
「そうなの?」
「精霊系統の宿呪持ち―――『自然呪使い』を騎士団とかで組織してる分、この辺だと人間が幅を利かせてるにゃ。もっと北の方へ行って古い世代のドラゴンがいると、話は変わってくるけどにゃあ」
ドラゴンが比較に出てくると、確かに強そうな気配がしてくる。
ファンタジーの世界じゃ、人間って基本的には弱いものとされている気がするけど、この夢では結構強い位置にいるみたいだ。
まあ、王国って国があるくらいだし、野生動物よりは優位に立っているのかな。
「他にも、人間は宿呪を農業やものづくりに利用するにゃ。火の精霊ででっかい箱を走らせたり、風の精霊で自由に雨を降らせてみたり……ドワーフみたいに武器を作るし、全体から見れば希だけど、エルフみたいな治癒使いも表れる。実に多芸にゃ。発展するわけにゃあ」
「へぇー」
少し驚いた。
でっかい箱が動くって、車や電車みたいなものだろうか?
鎧を着た騎士なんて出てくるし、てっきり中世とかそれくらいの文明レベルかと思ったら、意外と進んでいるのかもしれない。
「そんなわけで、宿呪っていうのは個人に宿る力であるのと同時に―――種族の優位性を示すものだったり、王様が王様であることを証明するものだったりと、この世界の根幹を成すものなのにゃん。わかったかにゃ?」
「まぁ……なんとなくは?」
「歯切れの悪いリアクションだにゃあ。何か質問でもあるかにゃ」
いくらでも浮かぶ気はするけど、とりあえず知りたいのはもちろん一つだ。
「一個の肉体につき一つ、って言ったわよね。そーなると当然、私にもあるんでしょ? 宿呪」
「そりゃあ、アンザス王国第三王子にゃ。無い訳がないにゃあ」
「おおっ……! そうこなくちゃね!」
うふふ。盛り上がってきたぞ。
私は特にゲーマーって訳じゃないけど、有名タイトルのいくつかは経験してるし、映画やなんやでも派手な『魔法』は見てきている。当然、憧れだって人並みにはあるのだ。
アッシに言わせれば、宿呪と魔法は違うのかもしれない。それでも、私にとっては炎なんかを自由に操るのは正に夢―――
「っていうか、もうさんざん使ってるにゃ」
―――ん?
「今、なんて?」
「だから、こうしてわたしと話しているにゃ。レイレやルイラとも問題なく話せたはずにゃ? カオリの元居た世界の言葉で」
んんん??
「種族を問わず、ナニとでも意志疎通ができる能力―――『万声呼応』。それがリーニェの宿呪にゃん。普通、人間が魔物と話せるわけないのにゃ。今は肉体の中身がカオリだから、カオリに分かる言葉で翻訳されるのにゃあ」
「な……なにそれ」
いや、普通、こういうのだと言語が通じるくらいはこう、初期設定で何とかなるものじゃん? その上で、魔法なり何なりの乗算能力が付加されるものじゃないの?
「人間は、せ、精霊を操るんじゃなかったの……?」
「大多数は、にゃ。天下の王族にそんなありきたりな宿呪が宿るわけないにゃあ。この世界でも恐らく、リーニェにしかない超希少な宿呪にゃ。それのお陰で今、カオリは謎言語で混乱せずに済んでるにゃ」
アッシが、「何ガッカリしてんの?」とでも言いたげな口調で説明する。
いや、確かに、理には適ってるよ? この状況で言葉まで通じなかったら間違いなく発狂してたよ?
でも、でも。
そうだとしても、私は言わずにいられない。こんな夢を見せている自分自身に対してこう叫ばずにはいられないのだ。
「そこはもうちょっとこう、なんとかしなさいよ!!!」
枕へ頭を押しつけて叫ぶ私に、アッシはどこか愉快そうな声色で、「変なやつにゃあ」と呟いた。




