1章:18話 黒幕②
「1列だ! 傷病者が最優先! 残った者は広場に入いる時に配った識別表の番号順に、列を乱さず並べ! 」
私と兄の育った村では、数え年で7歳になると宿呪の下賜を受けられる。庇護されるべき子供から、一人の獣人として扱われるようになる節目の儀式だ。
ここから15歳で成人するまで親元を離れ、幼学校に入ってあらゆることを学び、社会で通用する知識と技術を身につけていく。
宿呪の下賜とは言っても、獣王様から直接頂くわけではない。儀式を行うのは王都から来た天呪教の祭司だ。獣王様の蹄から造られたという焼印を体に押すことで、魂に呪いを刻み込むんだとかなんとか。理屈はよく分からないけれど、とにかくその儀式を経て宿呪を授かる。
焼印とは、読んで字のごとく炎で炙った『こて』を体に押しつけ、火傷をさせて印を付けることを指す。当然熱くてものすごく痛いわけだけど、この時嫌がったり泣き叫んだりすると刻印が歪み、宿呪の質も落ちると言われている。
私も「儀式の時は、どんなに熱くても我慢しなさい」と両親から耳が痛くなるまで言い聞かされていた。けど、何時間も待機列に並んで肉の焼ける臭いを嗅いだり友人たちのくぐもった悲鳴を聞いたりしている内に、恐怖が限界を超えてパニックになってしまった。
焼印を押される時の記憶は曖昧だけど、あまりの激痛に大暴れしたことだけは覚えている。
だからだろうか。
村ではハズレとされる『調教』の宿呪なんてものが宿ってしまったのは。
焼印の儀式を終えた翌日、私たち家族は村の隅にある天呪教の神殿で宿呪の鑑定を受けていた。
ドワーフの錬成品だという特別な水晶に手をかざすと、宿した宿呪に応じて文字のような紋様が浮かび上がる。私たちには読み取れないそれを、神官様が読み上げてくれる。
「娘さんの宿呪は『憑依』、それから『調教』ですね」
神官様の言葉を聞いて、両親の顔色が変わった。
「調教……」
「そうですか……」
私の一つ前の順番で宿呪を授かった双子の兄は、見ている方が取り乱すくらいの苦悶を浮かべながらも、見事に焼印を耐え切った。
その結果が、犬族の『転化』で最優と言われる『狼身』。犬族だけでなく、村全体で見ても充分当たりに属する宿呪だ。
兄の時に大喜びしたぶん、続いて私の結果を聞いた時の両親の落胆ぶりは相当なものだった。儀式の時に暴れてしまった負い目もあって、横で見ている私は犯罪者にでもなった気分だ。
宿呪を鑑定してくれた神官様は「『憑依』は本来魔物が持つ系統でとても珍しく、貴重な宿呪ですよ」と言ってくれたし、「『調教』との相性も良く、総じて『狼身転化』にも劣らない強力な宿呪ですね」とフォローしてくれたけど、両親の耳には入っていなかったようだ。
それはそうだろう。
奴隷というのは基本的に労働力として買われていくから、希少価値のある限定的な宿呪よりも、汎用性が高く有能な宿呪の方が人気なのだ。
特に『調教』は、魔獣に対してしか効力が及ばないので需要が狭い。買い手である人間にとって、操る魔獣そのものが利用価値の低い存在だからだ。強力な魔王でも出現して人間を襲いだせば、対抗手段としての需要があるかもしれないけど、それにしたってわざわざこの村に奴隷を買いに来るかは疑問だ。
父と母の望みは、兄や私が奴隷として高く売れること。
現役時代に売れ残り、『弱者』の烙印を押されてしまった両親にとって、私たちが売れるかどうかは人生を逆転するための大ギャンブルだ。もし高値がつけば『当時は運が悪かっただけで、本当は有能だった』と主張できるし、村での立場も好転する。逆に、私たちまで売れ残るような事になれば絶望しかない。親だけでなく子供まで『弱者』になった家族は、『劣等遺伝子』と呼ばれて最低の扱いを受ける。
村八分にされるどころか、家や土地を奪われて荒野に追い立てられるだろう。それは死ぬのと同義だ。
子供が2人居るなら、もちろん両方売れた方がいい。遺伝子が優秀だと示せれば、村での立ち位置もそれだけ良くなる。
でも両親が人としての尊厳を取り戻すだけなら、1人売れれば十分だった。私が売れ残っても、兄が売れれば私を家から追い出すだけで済む。
その日から、両親が私に笑顔を向けることは無くなった。
近所の大人たちや友人たちも、心なしか態度が冷たくなった。奴隷の慣習や事情などを知らなかった当時の私には、何かの間違いだと思うしかなかった。
変わらなかったのは、双子の兄―――ショウだけだ。
地頭がいいわりに鈍いところがある人だから、周りの変化に気づいていなかったんだと思う。
もちろん、私を可愛がってくれる優しい兄だったというのも本当のところだけど。
宿呪を得てすぐに幼学校に入り、あっと言う間に一年が経った。
イベントで人間の街に行き、価値観が変わった。初めて見る摩天楼。村には無かった食べ物。ステージに立つ人魚の衝撃。観客に聴かせる歌というものの存在。競技奴隷への本能的な憧れは、宿呪の不向きを自覚してすぐに諦めた。同時に歌のことを思い出して、奴隷という在り方についてもほのかな疑問を覚えた。
そんな状態だから授業にも身が入らない。競技奴隷を目指して邁進するクラスメイトたちとは噛み合わず、ますます距離ができる。話し相手は兄だけで、その兄も多くの時間を訓練に費やしていた。
一人になる時間が大半になった私は、『憑依調教』の訓練用に学校が用意してくれた魔獣たちを友にして過ごした。ネズミやリスなどの部屋で飼える小動物から、馬などの大型のものまで、彼らの世話をするのは私の性に合っていた。その辺りを面倒がる他の『調教』持ちの生徒の分まで一手に引き受けたので、忙しいばかりで寂しいという気はあまりしなかった。
彼らを運動させるために使っていたギメルの丘は、普段から家畜の放牧に使われている場所で、広くて安全な割に人が少ない。誰も居ない日には、日ごろのストレスを発散しようと踊ってみたり、歌を口ずさんだりする。
最初は、記憶に焼き付いて離れない人魚の歌や、村のお祭りで歌われる獣王様の讃美歌を鼻歌に乗せる程度だったけど、気が付けば自分で歌詞や曲を作ったりしていた。季節の心地よさ、魔獣たちの成長する様子、周囲への不満なんかを全力で歌い上げると、何とも言えない気持ちよさがあった。
私はその魅力に取り憑かれ、周囲と感覚がズレたまま幼学校の日々を送った。
年齢を重ねるにつれ、両親や周囲からの蔑みは薄らいでいった。
自分で言うのもなんだけれど、私は同年代と比べて明らかに発育が良かったし、顔も可愛い方だった。
国中に支店を持つ大きな商会の幹部から、知り合いの貴族に妾として紹介できないか、と村長と両親に問い合わせがあったくらいだ。
「目の肥えた商人さんが言うんだもの。これなら、宿呪が微妙でも競技奴隷になれるかもね!」
幼学校に入って7年目。
夏の長期休みに、ふと思い立って5年ぶりの帰省をしてみたら、母がそう言って笑っていた。5年ぶりに正面から見る笑顔だった。
男女を問わず、か弱くて美しい奴隷は嬲られ役として競技を盛り上げるファクターになるらしい。貴族からの縁談は非常に箔が付く話で、奴隷商へのいいアピールになる。村長と両親は大喜びした上で、商人へ『娘は人間の奴隷にするから』と回答して断ったそうだ。
競技奴隷への道が拓ける。
この村では最も価値のある言葉だ。鉱山奴隷や性奴隷とは一線を画す値段が付く競技奴隷は、全村民の憧れだった。兄だったら歓喜の悲鳴を上げて卒倒するだろう。
でも、私は嬉しくなかった。
別に顔も知らない貴族の妾になりたかったわけじゃない。それでも、話くらいは自分で聞いてみたかった。
獣人国の都市は、私たちにとって人間の都市よりも馴染みが薄い存在だ。幼学校の教師は、不衛生で堕落していて、人間の都市どころか私たちの村よりも酷いところだ、と言っていたが、具体的なことは聞いても教えてくれない。たまに都市からやって来る行商人も、村長としかやり取りをしないので遠目からしか見たことがない。
そんな都市に住む、獣人国の貴族。
どんな人だったのだろうか。
両親に聞くと、縁談があったのは一年前の話だったらしく、私はその時帰省していれば、と後悔した。
箔が付いたおかげか、私は段々と競技奴隷の筆頭候補として認識され始めた。見下されていた視線が嫉妬に変わり、おこぼれ狙いの、友達とは言えない取り巻きが増えた。反比例するように私より優秀な宿呪を得た兄は伸び悩み、積極的に動かない私のことを、周囲は兄に気を使っているのだと噂した。
本心は違う。
私は嫌だった。
奴隷になるのが嫌だった。
兄にさえ理解されなくても嫌だった。
どんな形であれ、奴隷として売れることが―――それが競技奴隷としてならなおさら―――誇らしいことだ、と培われた常識で理解はしていても、言いようのない嫌悪感があった。
それを言葉にしてくれたのは、村にやって来た人間の教師だ。
「奴隷でいることは、恥ずべきことです。あなた達は、それを自覚しなければならない」
彼女は言った。
奴隷になるとは、自由を奪われることだと。私たちには容姿や宿呪以外にも価値があるのだと彼女は言った。
人生最大の衝撃だった。
自由。
初めて聞く言葉で、その一瞬で意味は理解できなかったけれど、それこそが私が待っていた言葉だと直感した。
しかし、私が彼女の言葉を理解する前に、彼女は大人たちに連れて行かれてしまった。
今を逃したら、もう二度と会えないだろう。
初めて自分の意思で宿呪を使った。世話をしていた魔獣の中から、他人の夢に入り込む宿呪を持ったネズミを選び、私は彼女に会いに行った。『憑依調教』は発動中、自身の体は意識を失った状態になる。兄に体調不良をでっち上げてもらい、1日かけて警備を掻い潜って、拘留されている彼女の元へたどり着き、眠るのを待ってからネズミの宿呪を発動する。
夢を介して意思疎通ができるのは、事前に分かっていた。
夢なので、ほとんどの場合会話した相手が内容を覚えていないというデメリットはあるけれど、今は私が質問をしたいだけだったから問題はない。
入り込んだ彼女の夢は、暖かな陽射しに満ちた庭園だった。
どこからともなく子供の笑い声が聞こえ、庭の中心に居る彼女も多くの子供に囲まれている。種族も年齢もバラバラだけど、皆一様に幸せそうな笑顔を浮かべていた。
その中心から一歩引いたところに、一人だけ身なりのいい壮年の男性が立っている。種族は人間で、たぶん彼女の夫なのだろう。慈しむような表情で彼女と子供たちを眺めている。
幸せを絵に描いたような空間だ。
これが、彼女の夢。
深層心理にある願望。
『先生、先生』
近づいて声をかける。
反応したのは女教師と、その夫と思われる男性だった。
『あら……あなたは』
『昨日、先生に授業をしてもらった生徒でチュ。名前はシュナ・アッシュフォードといいまチ。もっとお話しを聞きたくて、宿呪を使ってここに来まチュた。勝手に夢へ入ってごめんなさい』
『礼儀正しい子ね。ねずみの耳と犬の尻尾が生えているわ。とってもかわいい』
そう言って彼女は私の頭を撫でる。
本当なら夢の中では自由に姿を変えられるはずなのだが、鍛錬不足で憑依先の影響が出てしまう。普段は魔獣の状態で喋ったりしないので、話し言葉も変だった。
『授業の前に名乗ったと思うけど、もう一度自己紹介するわね。私はシトリー・セルバスト』
夢ならではの適応力で私を受け入れた彼女―――シトリーさんは、頭を撫でる手を止めずに続ける。
『教師だなんて言ったけど、本当はただの主婦なのよ。しがない貧乏男爵夫人。夫がとても偉いお方の家令をしていてね。その伝手でこっそり授業をして回っているの』
『家令……!? すごいでチュ!』
奴隷の基礎知識を養う授業で聞いた単語だった。
貴族に買われた場合に上司となる人物。ご主人様とその家族の次に偉い役職だと。
『まあ。ただの使用人のことを凄いだなんて……』
シトリーさんは物憂げな表情になり、私の頭から手を離す。
『やっぱり、獣人の村は重症だわ。しっかり授業してあげないと……あなた、あなたも来て。一緒にこの子を救いましょう』
手招きされてやって来るシトリーさんの夫。
豊な白髪。深い皺。綺麗な背筋と優しい目。
ここは彼女の夢なので、本人と言うわけではない。あくまでも、シトリーさんのイメージが具現化しているだけだ。
『やあ、可愛らしいお嬢さん。私はダカール・セルバスト。かの「慈愛卿」、アヴィーレ伯爵の元に仕えている者だ……と、こんな場所でくらい言っても構わないかな? シトリー』
『ええ、ええ。ここには私たちと子供たちしかいないもの。あの残虐な騎士団長の目だって無いのだから、嘘を吐くことはないわ』
それでも、後に―――死の間際に出会った本物の彼も、シトリーさんのイメージした通りの人物だったから。
『さあ、シュナ。授業を聞いてくれ。君がより多くの未来を掴めるように』
これが、私と彼らの初対面。
『黒幕』への第一歩だった。




