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『脇役女優』が『悪逆王子』と代わったら  作者: 千切キャベツ
第1章 第三王子所領政変録
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1章:第3話 幕外の出来事②

「……もう朝か」

 

 閉められたカーテンの隙間から、ねじ込むように注がれる朝日。それが自分の顔に掛かることで、ようやく男は時間の経過を認識した。日光があるのなら、蝋燭を使うのは勿体ないというものだ。男は緩慢な動作で椅子から立ち上がると、部屋にある一番大きな窓のカーテンを開ける。室内の明度が急激に上昇し、わずかなうめき声が方々から漏れた。

 視線を巡らせれば、円卓に座る同志たちの疲労にまみれた顔が見える。蝋燭よりも強い光は、彼らの目元にある隈をもくっきりと浮び上がらせていた。


「で、結局どうするんだ」


 同志の一人、鉱夫長が、朝日を気にせず発言する。


「殿下のお命が助かったとはいえ……記憶が無いのでは意味がない。これを口実に、抑えていた旧領主派がまた動きだすぞ?」 


 彼の言葉をきっかけに、円卓の者たちがざわめきだす。


「そもそも、その暗殺未遂こそが旧領主派の仕業だろう!」

「よせ。それはもう、家令スチュワードの個人的な恨み、という事でカタがついている」

「馬鹿馬鹿しい」

「ヒドラの毒だぞ? 個人で手に入れられるものか!」

「しかし団長殿の話では、すでに王宮へ裁判の結果を報告しているそうじゃないか。今から蒸し返すことは不可能だ」

「せめて、家令の家族が見つかればな……糸口にはなるかもしれんが。行方不明だしな」

「王子暗殺なんて、未遂だとしても最大級の大罪なんだぞ!? 家族だって刑罰の対象になるはずで、あの近衛師団が血眼になって探している……なのに、どうしてまだ見つからないんだ!」

「その件だが、ウチに出入りしている王都の問屋の話じゃ、どうも捜査が打ち切られたって噂になっているらしいぞ。結果的に王子の命は助かったから、と」

「そんな、馬鹿な!」

「どうやら向こうには相当頭の切れる参謀がいるらしいな。高度な政治力も併せ持つような奴が」

「政治力、ですか。こういった厄介ごとは王子様に頼りきりでしたからなぁ……」


 男は、幾度この会話を聞いただろう。思わず重い溜息が出る。

 同じ内容、という意味ではない。現状を確認するだけで進展のない、堂々巡りを繰り返すだけの会話、という意味でだ。

 それぞれの仕事を放り出して集まり、雁首揃えて朝まで唸ってみても、打開策どころか妥協案すら出てこない。それだけ、今回の事件は彼らの専門外にあるのだった。

 

 鉱山から希少鉱石を摂る鉱夫。

 それを加工する技術者。

 加工品を輸出し、金銭に変える商人。

 金銭を使って堆肥を輸入する商人。

 堆肥を用いて農産物を生み出す農夫。

 そして―――それらを保護する騎士団。


 集まった同志たちは、各分野の全権を任された長である。

 ただの代表者ではない。全員が2属性以上の精霊を支配する高位の『自然呪使い』であり、宿呪の質で言えば凡夫の枠に収まらない。領内の生産や経済を、統率的にも実力的にも支えている、正に中心人物だ。

 そんな者たちが集まって定期的に開いているのが、この『円卓の会合』だった。


 現在の議題は、一昨日に起きた第三王子暗殺未遂事件について。

 既に犯人は自首し、その処刑も執り行われ、記録上では解決した事件。だと言うのに彼らの頭を悩ませているのは、その後の処理―――王子の記憶が失われていることについて、である。


「……団長。もう一度、確認させてくれ。周辺の貴族たちは何と?」

 

 輸入商長が、男に向かって問いかける。


「執事長の話によれば、サウロフ都市伯より『早急に殿下のお見舞いへ伺います』との風霊便が届いたとのことです。恐らく一週間以内にはいらっしゃるでしょうな。サウロフ都市伯の他にも、ネロク辺境伯とハイゼ侯爵、ロリィエ第二王子からも似たような連絡があったそうで―――もっとも、彼らの場合、領地が遠いので実際に来るのはもっと先になるでしょうが」


 男の回答に、円卓は重いため息で満たされた。

 これももう、何度繰り返されたか分からない光景だ。


「一番早くてサウロフ都市伯の一週間……以内か。短すぎる」

「王子の記憶喪失はすでにバレているんだ。確実に後見人なり何なりを名乗って出しゃばってくるぞ」

「最悪、利権を巡って内戦になる可能性も捨てきれん」

「クソ! そんなことされたら農地がパァだ! 旧領主派だって、そんなことは望んでいないはずだろうが!」

「そういう意味では記憶喪失、というのは連中にとって誤算だったでしょうな。殿下がお亡くなりになっていれば、自然とレイレ王子妃が領主になっていたはずです。アヴィーレ家を再興するにはそれが一番手っ取り早いし、今のように他領の貴族から茶々を入れられることも無かった」

「逆に言えば、我々は首の皮一枚繋がった訳だが……」

「あのトロそうな王子妃に、そんな腹芸ができるとは思えん」

「だから、居るのでしょう。頭が切れて政治力も優れた協力者がね」

「全く……頭の痛い話だ」

 

 領内の冨を自由にする有力者。『第三王子領』実質の支配者層とさえ言える円卓の同志たちだが、領外に対する影響力はまるで持ち合わせていない。どんなに有能でも、彼らの身分は平民だった。貴族に対するコネも発言力もなく、現在は騎士団長を任される男もまた、本を正せば腕の立つゴロツキでしかない。

 

 旧領主、アヴィーレ都市伯の時代。

 彼らがどんなに優秀な宿呪に恵まれ、各分野で効率的に利益を生み出すことができたとしても、鉱山や農地を所有するのは貴族たちだ。挙げた収益の大半が、旧領主であるアヴィーレ伯爵と配下の貴族たちによって搾取された。

 生れついて才能を持ち、努力でそれを伸ばしても、結局貴族を富ませるための道具にしかならない。それが平民である、彼らの運命だった。


 そんな現状から彼らを救ったのは、現在の領主である第三王子。

 稀代の俗物、王族の汚点とまで噂されていたリーニェだった。


 国家において神に等しい王。その継承権第三位という、絶対的な権力者。

 彼が国内随一の宝石産出地であるアヴィーレ伯爵領を狙い、長女レイレとの婚姻を利用して強引に家督を奪って、最終的に邪魔になった伯爵家とそれに連なる貴族を解体したからこそ、現在の体制がある。

 特権を持つ第三王子が領主でなければ、平民の代表に内政を一任する、などという前例のない政策は実行出来なかった。円卓の同志たちに被支配者層を脱する機会など永久に訪れなかっただろう。


 例えそれが、薄汚い欲望に塗れた豚のような王子であっても……短絡的な欲しか持たない王子の要求は、彼らにとって叶えるのに容易いものだった。

 王子の目に、自分たちが都合の良い家畜のように映っていたとしても……一度、支配する側の蜜を覚えた彼らにとって、リーニェ第三王子は失ってはならない基盤だった。


 故に、今回の記憶喪失騒動は彼ら、円卓の同志たちにとっての正に死活問題。

 サウロフ都市伯の視察によってリーニェが療養の必要ありと判断され、旧領主家が後見人になりでもしたら、全員が間違いなく失墜する。最悪の場合、反目の意志ありとされて処刑されるかもしれない。


 リーニェには、何としてでも領主としての実権を守ってもらわなくてはならないのだ。

 

「で……結局どうする?」


 また、鉱夫長が同じ言葉を投げかける。

 

 後見人を立てさせないためには、リーニェに記憶を取り戻してもらうしかない。

 しかし、王子専属の治療士によれば、記憶喪失を治せる可能性があるのは、魔物に多い魂魄系統の宿呪しかない。人間に宿った例は歴史上でも数えるほどしかなく、現在他領を含め各地の神殿を探させているものの、朗報は未だ無い。希望と言うにはあまりにも儚い可能性だった。


「魂魄系の宿呪持ちが見つからなかったとして……他には何が考えられる?」

「他者に洗脳を施す宿呪もあったんじゃないか?」

「ああ、確か……『万人隷形ばんにんれいぎょう』だったか、それがあれば!」

「そうだ! それなら記憶が無くても関係ない。王子の凶行も止められるし、一石二鳥じゃないか!」

「落ち着いてくださいよ……その宿呪を持っているのは第一王子ですよ。どうやって協力を仰ぐんです?」

「そもそも国王陛下から使用を禁じられているはずだ。もう少し考えて話せ!」


 ついに、現実味の全くないような案まで出て来るようになった。

 男は溜息を吐き、同志たちの会議に耳を傾けるのを止める。自分一人で頭を捻った方が、よほどマシな案が浮かびそうだった。


 しばらくの間黙考し、やがて彼はこう切り出した。 

 

「―――魔物なら、魂魄系統の宿呪を持っているのでしたな」


 円卓の同志たちが、期待を込めた視線を男に送った。


「確か……この間補充(・・)された王子のメイドの中に、獣人がいたはずです」


 全員が目を見開く。はっと息を呑む音が、部屋に響いた。

  

「そ……そうか! 調教テイマーの宿呪!」

「獣人には、魔物を調教する宿呪を持つ者がいる……! その力を通して、魔物に宿呪を使わせれば、もしかしたら!」

「盲点だった。さすが団長殿!」


 己を称える同志たちを手で制し、男は話を先に進める。


「出来る、と決まったわけではありません。喜ぶにはまだ早い……しかし、行動はすぐに開始すべきでしょうな。獣人の多くは身体強化系の宿呪だと聞きます。調教持ちを探すのは苦労するかもしれない」

「まずは件のメイドと接触しましょう。私は丁度、宮殿に新たな美術品を納めるところでしたので、その時に何とかしてみます。あの王子のことだ。珍しい宿呪の獣人を抱えていてもおかしくありませんからね」

「俺は労働局に行こう。鉱山に来る出稼ぎの中に獣人が居たはずだ」

「俺も手伝おう。農地の方では獣人は役に立たんし、心当たりがないからな」

「では、私は出入りの奴隷商人に獣人のアテがないかを確認します」

「後は魔物か……」

「それは騎士団で捜索しましょう。海岸外れの山で目撃例があったはずだ」


 元々、能力は高い者たちだ。方針が決まると、一気に活力を取り戻す。

 あれよという間に会議は纏まり、それぞれが書類などを抱えて円卓の間を飛び出していった。


 同志と同様に退室し、部隊編成を行うべく騎士団の詰め所に向かいながら、男……騎士団長ドローワは思う。

 

 ―――何とか、山に行かずに済む方法はないか。


 魂魄系統の魔物は厄介だ。

 単純な強さなら人間に及ぶべくもない。命の危険はないだろう。しかし、記憶を好き勝手にいじってくる生物を、わざわざ相手にしたいと思う者はそういない。一瞬の油断で、どんな強者も廃人になるリスクがあるのだ。


 だからこそ、ドローワは考える。




 

 ―――どこかに都合よく、魂魄系統の魔物でもいればよいのだが。



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