厄介予感がひしひしと
「大気より生まれし強風よ吹きしけ、煽れ。突風」
声とともに銀糸が踊る。
左右から同時に強い風に吹き付けられ、やや体のバランスが傾いた獲物。
風と一体となり駆ける彼にとって、人間が身動きできなくなるような程度の風では、なんら障害にはならない。獲物の隙を逃さずに風の中へととびこんで、その急所に鋭い一撃を叩き込み、確実に息の根を止めてみせた。
転がっている小型の魔物べジロップ2匹と、先程息絶えたボーンベア1頭の皮をすばやく剝いで、別々の袋へいれる。
べジロップの生肉は他の魔物を誘き寄せる餌になり、ボーンベアの毛皮もそこそこな値段で売れる。
本日2件目の依頼はDランクで、ボーンベア2頭分の毛皮を獲ってくることだった。
「後、一頭だね」
「うん。早く、おわらせよう」
後処理をすませ、新たなボーンベアをおびき寄せる為のべジロップを探す。
先程のベジロップはボーンベアに頭部を踏み潰されてしまったから使えないんだよね。
しばらく息を潜め、足音を消しながら進んでいると、茶色いものがみえた。
あの大きさ・・・間違いなく、ベジロップだ。
私は小声で睡眠を唱えようとした・・・が。
「誰か!助けて頂戴!!」
女の叫び声が聞こえ、その声に驚いて獲物は逃げてしまった。
「今の・・・」
「行くよ、ロウ」
「助けに?」
「ほっといたら目覚めが悪いだろう?」
そんな会話を交わしながら、声のした方へ走る。
風の力で加速しているから、全速力の馬と同じぐらいにはなっているはずだ。
すぐに、その場へつくごとができた。
そこには、半壊した馬車と、血を流して倒れている武装した男。
そして2頭のボーンベアと対峙する数人の男達。彼らの背後には、3人の女がいた。
ああ、すごく面倒くさいことになりそうな予感がする。
おそらく、貴族か商人の一行だ。
商人らしき人がいないから前者だろう。
あの3人の女性のうち、1人だけやたら動きにくそうなドレスを着ているから、あの女性がご令嬢だろう。あの男達は護衛の者で、残りの女性は侍女と思われる。
護衛が少数だから、お忍びなのかもしれない。
とにかく、助けるのが先だ。
「ロウはここにいて。万が一フードがとれたら厄介だからね」
「でも、1人で大丈夫?」
「1人で2頭を相手取ったことはないけど、まぁ大丈夫だよ」
不安そうなロウに微笑みかける。
「もし危なかったら、加勢するからね」
「はは、そうしてくれ。くれぐれもフードがとれないようにね」
「もしとれても、耳がみえないようにすばやく殺る」
「じゃあ・・・鋭き風の刃よ、数多を切り裂いてうなれ。風裂刃」
風の刃がボーンベアに襲い掛かると同時に、私は駆け出した。
「!?」
「誰だ!?」
男達が驚きの声をあげているのをスルーして、まずは女性のもとへ。
「あ、あなたは・・・」
「通りすがりの冒険者ですよ・・・ここは危険ですから、むこうへ。仲間があそこで待機しています」
ロウの方を指差す。
しかしだ。
「た・・・たてない・・・」
ご令嬢は腰を抜かしてしまっているらしかった。
・・・仕方ない。
「失礼します」
ご令嬢の脇と膝裏に手をいれ、すっくと抱き上げる。
いわゆる、お姫様だっこだ。
「な!何をするのです!?未婚の淑女にむやみに触れるだなんて、無礼ですわ!」
いや私、同性なんですけどね?
私も一応、未婚の淑女なんですけれども??
きゃあきゃあ喚いているご令嬢を、2人の侍女が必死になってなだめている。
まずいな、こんなに騒いでちゃ、ボーンベアの気をひいてしまう。
今は突如来た風の刃と、武装した男達の方に気がむいているけど・・・。
「お静かに。ボーンベアの気をひいてしまっては、隠れて逃がすことができません」
そういうと、ご令嬢は静かになる。
自分に触られるのと、ボーンベアが襲ってくるのを天秤にかけたら、そりゃ多少嫌でも前者を選ぶよね。
3人をロウのもとへおくり届けると、戦う男達に加勢する。
男達は、急にあらわれた私に驚いていたけれど、味方であることをしりやや安堵していた様子だった。
それにしてもちょうどよかった。
ベジロップをおとりにつかって、ずっとボーンベアを待ち伏せようと思っていたところを、獲物の方からきてくれたんだから。
「援護します。絶対に、死なせませんので安心してください」