半魔族の嘲称
ルーキフェル視点です。
「いない・・・いない・・・ここにもいない・・・・」
ふらふらと歩き続ける俺を見た女淫魔の侍女が、慌てて道をあけた。
「おい、そこの侍女」
「は、はい、なんでございましょうか?」
女淫魔特有の甘ったるい声で応える侍女に、俺は訊く。
「ラナをみなかったか?」
「・・・オリベ様ですか?申し訳ございませんが、見かけてはおりません」
「そうか。ならいいんだ」
頭を下げたままの侍女は、ラナのことをオリベと呼ぶ。
そのことに俺は少し不快な気持ちになった。
本来、名とは家名と名前のふたつで構成される。
たとえば俺ならばルーキフェル=ブラッドリー。
ルーキフェルが名前であり、ブラッドリーが家名だ。
それなのにラナの名は、ラナンキュラス=オリベ=アシアティクスと、みっつで構成されている。
これは、ラナの両親の種族が違うからだ。
ラナの母親フローラは、人間だ。
ラナの父親が人間の村を襲った際に運悪く見初められてしまい、更に不幸なことに魔族との子であるラナを授かってしまった。
フローラの家族は農民であった為、家名を持たなかった。
襲われ滅ぼされた村の名前はオリベ村と言ったから、オリベ村のフローラと言う意味でフローラ=オリベと名乗っていた。
普通、人と人が結婚すると、妻が夫の家名に変わる。
が、ラナの両親は種族が違い、かつ夫婦となったわけでもなかった。
その為にラナは、母親と父親のふたつの姓を名乗ることとなった。
オリベとはラナの母親の姓。
半人前であるラナへの嘲称となる。
それなのに、ラナはその呼称を許す。
アシアティクスと呼ばれるより、その方がいいらしい。
俺はラナがオリベと呼ばれるたびに苛立つと言うのに、ラナは変わっている。
ラナがけろっとしているので、最初ラナが嘲称で呼ばれることに我慢ならなかった俺も、今では不快に思いつつも流せるようになった。ラナが、むやみやたらと同族を殺すなと言うので手も出さない。
本当に、ラナは変わっている。
・・・そのラナが、どこにもいない。
今日突然、教育係が代わった。
ラナではなく、半人半蛇のシュバリスとか言う女に代わった。
どういうことかと問い詰めれば、半魔族であるラナでは俺の教育係では相応しくないだとかほざいた。
しかも、自分では力不足だとラナから辞退したと言う。
そんなはずはない。
ラナが俺を捨てるなんて。
俺は真面目で聞き分けのいい教え子だったはずだ。
ラナに迷惑をかけたことなんて1度もない。
何よりラナが教育係だからこそ、大嫌いな勉強にも取り組んだんだ。
ラナが教育係に相応しくないだと?ふざけるな。
俺は魔王になる気なんてさらさらなかった。
魔王になってもいいと思ったのは、ラナの為だ。
俺が魔王になれば、教育係のラナの株もあがる。半魔族と蔑まれるラナを庇護し、護る事が出来る。
それなのに、とうのラナがどうしていない。
苛立ちながら廊下を歩いていると、背後から抱きつかれた。
「ルー様!」
甲高いこの声は、トレニアのものだ。
なぜか俺の婚約者候補にされている女淫魔。
「ちょうどよかった。お前、ラナをみなかったか」
トレニアを引き剥がして尋ねる。
「さぁ?オリベさんのことなんて知りませんわよ」
「なら用はない」
腕を組んでこようとするトレニアを振り払おうとすると、トレニア付きの侍女が声をあげた。
「殿下、おそれながら」
「・・・なんだ?」
侍女はおずおずと口を開いた。
「オリベ様は、魔王城を追放されたらしいですよ」
「なんだと?」
ラナが魔王城を追放されただと?
「それは、確かな情報か!?」
詰め寄る俺に、侍女は肩を震わせた。
「た、多分本当ですわ・・・オリベ様は元々、魔王城にいるべき方ではありませんでしたもの。
侍女の私より格下なあの方が、殿下の教育係であるのはおかしいことでございました!むしろなぜ、今まで追放されていなかったのか不思議でなりません」
「誰が追放した!?」
「残念ながら存じ上げません。マグフォスが、オリベ様が魔王城をでたと言っていたので・・・」
「そのマグフォスとやらは今どこにいる」
どうしてそのマグフォスとやらが、俺の知らない情報を知っている!?
それに誰がラナを追放した?俺に許可もなしに!!
「マ、マグフォスならきっとトレニア様のお部屋の扉の前に立っているかと・・・」
「そうか、礼を言う」
俺はトレニアの手を振り払い、マグフォスのもとへむかった。
嘲称をラナが気にしていないのは勿論、前世の苗字だからです。
むしろアシアティクスなんて呼ばれるのは落ち着きません。
2015.3.1
つけたしました。トレニアの侍女とは、イルジーナのことです。
主のトレニアが空気になっていることはつっこんではいけません。