番外編SS:バレンタインデーの楽しみ方
お仕事一段落ついたので、即興季節短編です。
「ユンお姉ちゃん! チョコ作って! はい! これ、チョコの素材!」
「はいはい、バレンタインが近いもんな」
バレンタインデーを控えた数日前、【アトリエール】でのんびりと過ごしていた俺のところにミュウが勢いよくやってきた。
毎年、バレンタインの時期が近づくとこうやって俺に頼みに来るのだ。
「ミュウは、誰にチョコを渡すんだ?」
「えっと、セイお姉ちゃんに、ルカちゃん、ヒノちゃん、トビちゃん、コハクにリレイ。あとは……自分用!」
セイ姉ぇやOSOでの友達、それに自分も食べたい、と。
その発言に、ミュウらしいと微苦笑する一方で、誰かに男の人に渡したいなど言い出さなくて良かった、と安堵の吐息を漏らす。
「あっ、そうだ。タクさんにも渡さないと――『ミュウ。タクには、俺から渡しておくから、気にするな!』――ん? そう、じゃあ、ユンお姉ちゃん、お願いね!」
思わず、反射的にミュウの言葉を遮り、タクにバレンタインのチョコを渡すことになってしまった。
俺の提案を聞いて、お願いしたミュウは、その後、風のようにお店を後にする。
「うぉぉぉっ! しまった! つい勢いで……」
俺は、頭を抱えてタクにチョコを渡すことになってしまったことを後悔する。
だが、ミュウも【アトリエール】から去り、訂正する機会を失ってしまう。
「仕方がない。作るか……」
去年のバレンタインもリアルでミュウの友チョコを作る残りをタクにも渡していた。
だから、深い意味は無いが、OSOでの姿は、女性キャラになっている。
そこからどんな誤解が生まれるのか……
「こうなったら、木を隠すには森の中……知り合いになるべく配ろうか」
俺は、自分の知り合いプレイヤーに人数をピックアップして、足りないチョコレートの素材には、NPCのキョウコさんにお願いして買いに行って貰った。
「さて、まずは、ミュウの頼まれてたのを作るかな。あーでも、俺とミュウからだと全く同じチョコを渡しても面白味がないし、そこは変えるか」
ミュウに頼まれたチョコは、ミュウらしいちょっと甘めなミルクチョコとホワイトチョコ、イチゴを混ぜたイチゴホワイトチョコなどを作り、ハートや菱形などに食べやすい大きさと形に成形したものの上に細かなデコレーション用のチョコで飾り付けする。
そして、それぞれを綺麗に箱詰めして、ラッピングして完成である。
「ふぅ、こんなところかな」
「ユンさん、頼まれていたチョコレートの素材買ってきましたよ」
「ありがとう。それじゃあ、そっちの方も取り掛かりますか」
今度は、俺がみんなに配る分のチョコレートを用意する。
ミュウには、甘めな種類のチョコレートを用意したが、こっちは、ちょっとほろ苦いビターなチョコレートを中心に作る。
ミルクチョコ、ビターチョコ、ブラックの三種類をそれぞれシンプルに冷やし固め、大量に作る。
「さて、味見は……うん。まぁ普通かな」
「ユンさん、甘い香りがしていますけど、お茶にしますか?」
『きゅぅ~!』
キョウコさんが工房部の俺に声を掛け、お茶の用意をしてくれる。
また、使役MOBのリゥイとザクロもバレンタインのチョコレートが気になるのか、こちらの方を覗き込んでくる。
「キョウコさん、ありがとう。チョコは、味見の分があるからみんなで食べよう」
そう言えば、ザクロは、空天狐という狐型のMOBだが……狐って犬科の動物だけど、チョコレートで中毒にならないだろうか、と思ったが、嫌がる素振りも中毒で苦しむ様子もなく、美味しそうにチョコレートを口の中で溶かして味わっている。
「キョウコさんもどうぞ」
「ありがとうございます。わぁ、美味しいですね」
愛嬌のある顔を嬉しそうにするキョウコさんに俺は、砂糖なしのお茶を飲みながら、自分のチョコレートを味わう。
「まぁ、いつも通りかな?」
個人で作る分には、美味しいが、お店のものに比べれば……と言った感じだ。
そんなことを思いながら、キョウコさんと味見のチョコを渡して、ふと気がつく。
「あー、キョウコさんは、ここで味見のやつを食べたら、渡す時と同じチョコ食べちゃうな」
「えっ!? 私も貰えたんですか!?」
「当たり前だろ。いつも、お世話になっているし、あー、普通のチョコは食べたし、トリュフと生チョコ、ブラウニー、コーヒーやキャラメル、お酒を入れたチョコなんかも作りたいかなぁ」
「チョコ……そんな沢山の種類が……」
「まぁ、時間に限りがあるし、できる限りは作るかな」
そう言って、色んなチョコの話を聞いて、涎を垂らしそうになっているリゥイとザクロに微苦笑を浮かべて、これもいい機会と色んなチョコを作っては、キョウコさんに配る時のラッピングを手伝って貰う。
その結果、無事にバレンタイン前日にチョコレートを作るのが間に合った。
そんなバレンタイン前日に――
「ちょっと早いけど、はい。キョウコさんには一足先に、チョコを渡しておくね」
「わぁ、本当にいいんですか?」
「味見の時のチョコとは違うレーズンにブランデーを染み込ませたやつ。美味しいと思うよ」
早速、キョウコさんは一つだけ食べて、残りを大事そうに仕舞う。
「わぁ、お酒の香りがすごいですね。美味しいです」
「気に入って貰えてよかった」
「それじゃあ、残りのラッピングも頑張っちゃいましょうか」
ほんのり血色の良さそうな顔で明日のバレンタインに向けて綺麗にチョコをラッピングしていく。
そして、バレンタイン当日――
「ユンお姉ちゃん! チョコ、受け取りに来たよ!」
「ミュウ、いらっしゃい。そっちに、分けてあるよ」
俺が指し示すのは、ミュウ用に取り分けた甘めのチョコレートだ。
ミュウらしく白を基調とした可愛らしいラッピングを施してある。
「わぁ、可愛い! なんか、渡すの勿体ないくらいかも」
「ちゃんと自分用のあるんだから、それで我慢しなさい。あと、すぐに渡しに行くのか?」
「うん。そうだよ。セイお姉ちゃんやミカヅチさんの【ヤオヨロズ】のギルドホームに集まる予定」
「なら、俺も一緒に渡しにいくよ」
そうして、俺とミュウは、【ヤオヨロズ】のギルドホームに行く道すがら。
「はい。先に、ミュウに渡しておくな」
「わぁ、ユンお姉ちゃんからのチョコ? ありがとう!」
落ち着いた装飾の少ないチョコを受け取ったミュウは、俺に頼んで作って貰った自分用のチョコと俺が渡したチョコの箱を見比べて、嬉しそうにしている。
そして、【ヤオヨロズ】のギルドホームには、既にプレイヤーたちが集まっており、楽しそうにチョコを交換したりしている。
その片隅には、バレンタインのチョコを欲しく、そしてチョコを貰える男性プレイヤーを妬む視線を送ってくる男性プレイヤーたちだ。
俺は、ミュウに付いて、ルカートたちにも俺からのチョコを渡し、喜んで貰えた。
その時、リレイが、自分の唇のチョコレートを咥えて、一緒に食べようと他の女性陣に迫るのをコハクが見事なツッコミを入れて止めた。
その際に――
「あー、そうだ。コハクには、あのチョコの方が良かったかも」
「あのチョコ?」
「抹茶の生チョコも作ったんだ。数はそんなにないけど、いる?」
「ええんか? 嬉しいなぁ、抹茶のチョコ、うち好きやわ」
「えー、コハクだけずるい~!」
羨ましそうな目をコハクに向けるミュウとヒノは、ルカートとトウトビに窘められ、微苦笑を浮かべるコハクが一緒に分けて食べることを提案する。
「うちだけでこんな沢山のチョコ、食べ切れんわ。ミュウたちも消化手伝って」
「任せて! 美味しく食べるから」
そんなやり取りに作り手として嬉しく思いながらミュウと別れて、次にセイ姉ぇとミカヅチにチョコを渡しに行く。
「セイ姉ぇ、今年のチョコ。はい」
「ありがとう、ユンちゃん。私からよ、はい」
互いに毎年のことなので、特に何か話すわけでもなくチョコを交換する。
その様子に、あっさりしているなぁ、という目を向けるミカヅチにもチョコを渡す。
「はい。一応、ミカヅチにも」
「ホント、ユンの嬢ちゃんはマメだなぁ。私は、交換用のチョコ用意してないぞ」
「いいよ、気にしなくて。好きでやってるんだし」
「なら、ありがたく、受け取っておくよ。……おっ? お酒のチョコ?」
キョウコさんには、レーズンをブランデーに漬けた弱めのお酒のチョコにしたが、ミカヅチのような大人のプレイヤーには、リキュールを混ぜたホイップクリームをビターチョコで固めたチョコにしている。
「うん。旨い」
「気に入ってくれたなら良かった」
そう言って、俺が微笑みを浮かべると、ミカヅチは困ったような表情になる。
「セイ。お前もお前の妹も天使すぎて、私はどう接すればいいか分からない」
「えっと……ユンちゃんとは普通に接してあげれば良いと思うよ」
よく分からないことを呟くミカヅチの言葉は、周囲の喧噪に掻き消え、耳に届かない。
ただ、俺は小首を傾げるだけで、ミカヅチからお礼を貰って、次の知り合いにも渡す。
次は、マギさんたちを見つけて渡すのだが、マギさんやリーリーは、既にいくつものチョコを貰っている中で、俺からのチョコを嬉しそうに受け取ってくれる。
そして、クロードにもチョコを渡す際、逆に俺は、クロードからチョコを貰う。
「ふははははっ、【コムネスティー喫茶洋服店】は、バレンタインフェア中だ! フィオルの美味しいチョコを食べることができるぞ! チョコを貰えない男は、砂糖なしのほろ苦ホットチョコレートドリンクも販売中だ!」
若干、チョコを貰えない男性プレイヤーからの視線が厳しくなるのを感じた。
そんな感じで知り合いのプレイヤーたちにチョコを配り歩く。
知り合いの女性プレイヤーは、互いにチョコを交換したり――
知り合いの男性プレイヤーは、チョコが貰えず落ち込んでいるところに、一気にテンションが限界まで上がり、周りの男性プレイヤーたちにボコボコにされる中、チョコを死守していた。
そして、そんな中、タクたちのパーティーを見つける。
「よぉ、ユン」
「タク、はい」
ほぼ会話など無いようなやり取りで、なんの躊躇いも恥じらいもなくラッピングされたチョコをタクに渡す。
その色気の感じないやり取りをする。
「それから、はい。ガンツとミニッツたちも」
「えっ!? 俺も貰えるの! ユンちゃん、マジで!」
「私たちにもくれるのね! なんか、照れるわね」
大喜びするガンツとちょっと恥ずかしそうにしながらも受け取るミニッツ。
無言で受け取りケイとどんなチョコが入っているのかワクワクするマミさん。
「なんだよ。タク! お前、ユンちゃんからチョコ貰ってなんで嬉しそうにしないんだよ!」
「いや、だってなぁ。毎年貰っているし、親から貰うのとあんまり変わらない気がするし……」
つまり、俺はお母さん枠、と。まぁ、良いけど、などと微苦笑を浮かべながら、まだ嬉しそうに照れていたが真剣な表情に変わるミニッツに話し掛ける。
「どうした? その、チョコ苦手だった? 一応、カップケーキもあるけど、交換するぞ」
「ち、違うわ! ただ、女の子の友達からチョコを貰うってことなくて嬉しくて……」
一応、俺は男なんだけどなぁ、と思いながら、友チョコがそんなに珍しいだろうか、と首を傾げる。
「その……リアルだと、確かに同性から好かれるけど、尊敬とか憧れが混じって友達って感じじゃないのよね」
「そうなんだ……」
なんと言えばいいか、困るが、とりあえず嬉しそうなので良かった。
そして、早速、チョコのラッピングを外してタクとガンツは、中を確かめ始めると――
「おい! タク、なんだよ、それ!」
ガンツの大きな声に周りが振り向く。
なんだろう? 特に変わったものや失敗したものは入っていないはずだ。
そして、次のガンツの言葉に、なにが起きたのか理解し、顔が赤くなるのを感じた。
「タクのチョコだけなんか特別感たっぷりなんだけど! なんだよ、それ! 明らかに本命チョコだろ」
そうして、振り返るタクの開けたチョコの中身を見て、やっぱりと思ってしまう。
「ち、違う! 自分で食べる用に作ったチョコが紛れただけだから! 違うからな!」
「分かっている。ユンは、そういうつもりじゃないから」
周囲の視線に縮こまりながら、言い訳するとタクは、普通に優しい視線を向けてくる。
「べ、別に渡したから返せなんて言わない」
「なら、後で一緒に食べるか。食べたかったんだもんな」
そう言って、微苦笑を浮かべて、俺を頭をポンポンを撫でてくるのが、子ども扱いされているようで、恥ずかしさに妙に癪に障る。
そんな俺たちの会話を聞いた周囲は――
『自分が食べる用のチョコを本命として渡した』
『そして、タクと一緒に食べる……って、なんて高度なシチュエーションなんだよ!』
『照れ隠しからの本命シチュエーション! ユンちゃんって実は策士!?』
『ちくしょー! タクのやつ羨ましい! 俺も女の子に掌で踊らされたい!』
そんな感じの声が周りから聞こえて、ハッとして、子どもっぽく扱うタクから離れる。
「べ、別にその必要ないって! 自分でまた作るから! ただの間違いで渡しただけでこっちが本来渡す予定のチョコだから! だけど、返せって言わないから! それと知り合い全員に渡したけど、余ったチョコはココに置いていくな! そ、それじゃあ、俺は用事があるから帰るな!」
一息で言いたいことを伝え、近くのテーブルにインベントリからラッピングされたチョコを置いて、逃げるように【アトリエール】に帰る。
「……うぅぅぅっ! はずかしぃぃぃっ!」
あの視線に晒されて、俺は恥ずかしさに唸るような声を上げる。
その後、俺の様子を見にきたキョウコさんがお茶を淹れてくれて、バレンタインの残ったチョコを食べるのだが、ちょっとほろ苦い味がした気がした。
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是非、モンスター・ファクトリーもよろしくお願いします。









