日誌
本に見下ろされるように
本棚の道を進む。
「……」
「……」
言葉は聞き取れない。
けれど、
本たちが澪を値踏みしているようだった。
澪は身体を縮こませるようにし
ブンさまの背を見つめた。
最初 日の光が差し込み
明るかった本棚の道は
次第に細く薄暗くなっていく。
棚と棚の隙間から
何かが湧いて来そうな雰囲気だ。
ヒソヒソとした気配だけが続く。
何を話しているのかは分からない。
けれど、
みんな澪のことを話しているようだ。
ますます身を縮めそうになった時、
「ここから少し登ります」
「灯りを…」
ブンさまがそう声をかけると
本棚の道に灯りが灯った。
まるで重たげなスズランが咲くような
白い鈴なりの光が足元を照らす。
ただ香りはしない。
薄暗く重苦しい本棚の道に咲く
可憐な光のスズランの花。
アンバランス差に澪はよりドキドキした。
「こちらです」
まるで闇夜のような重そうなドア。
灯り取りだろうか、
上部には小さな丸いすりガラスが嵌められている。
「消灯」ブンさまが小さく言うと
道を照らしていた
スズランの光が
一つ また一つと
花がしぼむように、
一輪ずつ静かに首を垂れた。
反対にドアのガラスの先が灯り
闇夜に浮かぶ月のように見える。
言葉もなく右手で促され
澪はその月を見つめた。
暗闇だった心に
月明りが灯る。
大丈夫、わたしはこのドアを開けられる。
そう言い聞かせる。
「はい…」
小さく返答して澪はドアを開ける。
「うわ~」
「しずかに」ブンさまが小さく制す。
闇夜を抜けた先は
ドームになった石に本棚に囲まれた
花畑だった。
くるぶしほどの高さの花が一面に咲いている。
花達は風もないのに
ゆらりゆらりと揺れている。
「海の底なのに…」
「海の底だからです。
ここしか咲かない海の花です」
中央にはまるで演台のような
白い石の台が置かれている。
その周りを 紫の小さな花が囲っていた。
呼ばれるように 澪は台に近づいた。
澪はそっと台に触れた。
見かけはザラザラとして冷たく石のようなのに
触ると 少し柔らかく温かい。
「生きているみたい」
「生きていますよ。」
後ろからブンさまが返事をした。
「生きている…」
「生きています…
私達と同じように、
知識や気持ちを食し
過去も未来も飲み込んでいるんです。」
澪の横に立ってブンさまがそっと台を撫でた。
「本達はひたすら吸収し、分析し、配置し
求められたらそれを差し出す。
ただそれだけです」
澪は周りの本を見渡した。
背表紙には題目も書かれていない。
厚い本もあれば、薄い本もある。
一冊一冊の本が身じろぎをして
今にもページを開こうとしているようだ。
パラリ…ページが開く音も重なる。
澪はぐるりと本棚を見回した。
「誰かの為だけに居る本」
その時
ブンさまの腕の中の本が、
じわじわと光り始めた。
「え!」
ブンさまは驚いて腕を外す。
その薄紫の表をヒラヒラさせながら
本はゆっくり演台に登った。
周囲の本達が
背筋を伸ばした気がした。
ページをめくる音も消えた。
花も、
光も、
息を潜める。
まるで部屋中が、
一冊の本を待っているようだった。
演台の上には
一冊の日誌が置かれていた。
「…日誌?」
澪は吸い寄せられるように
もう一歩演台に近づいた。
そしてパラリと表紙を開いた。
海底歴 10日目 薄波 心持ち冷える
本日の入荷
世界の植物図鑑
眠る前に読む本
…
今日はマフラーを忘れたのか
背中を丸めながら読んでいる。
足元のズボンの裾に埃がついていた。
海底歴 15日目 凪
本日の入荷
海での花の育てかた。
美味しいコーヒーの淹れ方
…
どうやら洋服を後ろ前に着ているようだ。
首元が気になるのか
しきりに引っ張っている。
海底歴 18日目 明波
本日の入荷
失敗しないドライフラワー
温める食べ物
…
眠そうだ。きっと寝落ちしたのだろう。
昨日と同じ服装。上着のボタンも取れかかっている…
これは治した方が良いだろう。
海底歴 22日目 暑波
本日の入荷
手早い掃除の仕方。
今日はやっと「希少な植物」の本が入荷した。
これは勧めるべきだろう。
本日は暑い為
カウンター越しに上着を預かる。
取れそうになっていたボタンをこっそり治しておく。
…返す前に埃も払っておいた。
※これはあくまでも利用者への配慮である。
澪は息を飲んだ。
「ブンさまの日誌…」




