第20話 巻末番外編 貴腐人の回顧録
これは、ソーマ家の公式記録ではございません。
ましてや、ユリナ様にお見せするためのものでもございません。
ディーテ家の蔵の奥、鍵付きの箱に封じるべき、わたくしアリアンドラ・ディーテの私的回顧録。
第一部、女子会編。
ここに、真実を記しますわ。
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すべては、お母様からのお呼び出しから始まりましたの。
「アリアンドラ、来たわね」
「お母様、何のご用でしょうか」
「ユリナティーネ・ソーマ嬢より、女子会の招待状が届きましたわ」
「……は?」
わたくしは、お母様が何を仰っているのか、しばらく理解できませんでしたの。
女子会。
ただのお茶会ではございませんわ。
薔薇の契約を結ぶ騎士の家が、夫人候補となる姫を招き、数日を共に過ごして相性を確かめる会。
つまり、招待状を受け取った時点で、わたくしは夫人候補者。
「……お母様、お間違いではなくて?」
「間違いではないわ」
「ですが――」
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ユリナ様といえば、女神の祝福を受けた大聖女ともいうべきお方。
そして、その双子の妹、ミアティーネ。あの先祖返り超新星――覇王と呼んでもおかしくない、騎士の中の騎士。
あの誰の目にもお似合いの姉妹が、女神に祝福された関係そのままに、双子として、姉妹として、寄り添って生きていく。
わたくしは、そう思っておりましたの。
なのに、なぜ。なぜ、わたくしに、女子会の招待状が届くのですか。
第一夫人候補。
その言葉が、胸の奥で跳ねました。
けれど同時に、別の感情がこみ上げてきましたの。
このわたくしを、バカにしていらっしゃるのではなくて?
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「お母様。これは、わたくしへの侮辱でしてよ!」
「あらあら?」
「ユリナ様は姫の中の姫。ミアティーネ様は騎士の中の騎士。お二人で姉妹の誓約を続けるに決まっておりますのに、わざわざわたくしを夫人候補に呼ぶ意味が分かりませんわ」
今なら分かります。あれは怒りではなく、たぶん、悔しさだったのですわ。
「アリアンドラ、落ち着きなさい」
好きだったのに。
「何が楽しくて、こんないたずらを!」
一目ぼれだったのに。
「ミアティーネが隣にいるんですのよ!」
ずっと、隣に寄り添って生きていきたいと願っていましたのに。
「わたくしを選ぶわけがありませんわ!」
こんなの、こんなの。
「……バカにしてますわ!」
叫んだ瞬間、目の奥が熱くなりましたの。
涙がこぼれなかったのは、ディーテ家の令嬢としての意地だけでしたわ。
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「ユリナティーネ嬢、騎士として生きるそうよ」
お母様が、淡々と仰いました。
「……は?」
わたくしは固まりましたの。
「大聖女が、騎士? 何を仰って――」
言いかけて、思い出しました。
成人の儀の、あの瞬間。
ユリナ様が水晶に手を当てた時、最初に表示されたのは、騎士の加護、6等星。
その後、二度目に触れた時に、姫の加護、三姉妹の天舞が表示されました。
大聖女と崇められたのは、その姫側のお力。
でも、最初に示された役割は、確かに騎士。
「……なぜ、大聖女ともいうべきお方が、騎士に?」
「わたくしに聞かれても」
「お母様、それで、どういう……」
「ソーマ家の次期当主は、ユリナティーネ嬢なんですって。姫であるあなたに、支えてほしいそうよ」
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次期当主。
ユリナ様が、ソーマ家の次期当主。つまり、騎士の家の当主。その隣に立つのは、騎士の妹、ミアティーネ。二人は、姉妹の誓約を続けたまま、薔薇の契約の形へ移る。
そして、その夫人として招かれているのが――。
……。
……わたくし。
……。
わたくし、ユリナ様の夫人になれるの?
顔が、勝手に熱くなりましたの。
先ほどまでとは別の意味で、目の奥が熱くなりましたの。
ユリナ様の、夫人、わたくしが。
涙が、出そうに――。
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そこで、お母様の厳しい視線に気づきました。
その視線で、わたくしは思い出しましたの。
ディーテ家と、ソーマ家。
その関係性を。
……犬猿の仲。
お母様が、エリオラ様にことあるごとに突っかかっていらっしゃること。
わたくし自身が、ユリナにいつも勝負を仕掛けてきたこと。
……あ。
……あ。
顔から血の気が引きましたの。
「お母様、わたくしたち、ソーマ家とは――」
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「アリアンドラ。行きなさい」
「えっ」
「女子会に失敗したら、許さないわよ」
「えっ??」
「エリオラと、約束したのよ」
「……はい?」
「お互いの子供の御縁を結ばせようってね。昔ね」
お母様の頬が、わずかに赤くなっていましたの。
「はぁぁあ!?」
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「お母様、もしかして、ソーマ家と仲が悪いのって――」
「だって、エリオラったら、約束を忘れていたのよ!」
お母様の声が、少し大きくなりました。
「許せないじゃない! だから、絶対、ユリナティーネ嬢の夫人になりなさい!」
「お母様、それで、ずっとエリオラ様に突っかかって……わたくしにユリナに勝てと……」
「だから、ユリナティーネ嬢の夫人になりなさい、と言っているの!」
わたくしは、頭を抱えたい気分でしたの。
「そんな……いつも勝負ばかり挑んで、いまさら、どんな顔をして伺えばいいのですか……」
「威風堂々と、行きなさい!」
「えっ?」
「あなたを夫人として迎えられるユリナティーネ嬢は、幸せ者なのだから、堂々となさい!」
…………。
涙が、ひと粒だけこぼれました。
「……はい」
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なお、女子会への準備が進む中で、家の中でひとつの事件がありましたの。
わたくしの妹、ディーテ家の次女。
わたくしが夫人としてソーマ家に入るということは、彼女が次期当主になるということ。
「うふふ、これで、わたくしがディーテ家の次期当主」
「……」
「お姉さま、いつまでいるの? 早く出ていって」
「……」
……つい、手が出ましたの。
実の妹なんて、こんなものですわ。
姉として、わたくしも、ミアティーネのように命を懸けて守りたくなる妹が欲しかったですわ。
ミアティーネ、なぜディーテ家にお生まれにならなかったのですか。
……ところで。
薔薇の契約の夫人は、陰では「貴腐人」と呼ばれますの。
貴婦人と同じ音を借りた、社交界の符丁。
騎士様お二人の関係を邪魔せず、家を守り、姫の加護で支える者。
淋しさと、誇りと、妙な憧憬と、そのすべてを混ぜ込んだ、皮肉な呼び名。
それでも、わたくしは胸がいっぱいでした。
ユリナ様の夫人になれるかもしれない。
それだけで、足元がふわふわしておりましたの。
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【女子会本編】
威風堂々。
そう思っていた時期が、わたくしにもありましたわ。
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「アリアンドラ、サリナ、四人でお風呂に入りましょう」
ユリナが、そう仰った瞬間。
わたくしの威風堂々は、即座に崩壊しましたの。
お風呂——ユリナと、お風呂で、ご一緒。
ユリナと、ユリナと、ユリナと。
ユリナ様とーーーー。
……うっ、頭がぐらぐらしますわ。
わたくしの金色のしっぽが、勝手にぶわっと膨らみました。
本人の意思とは無関係に、お湯に入る前から、しっぽだけが敗北を認めていたのですわ。
許せませんの、自分のしっぽが。
わたくしの隣で、サリナがおっとりと仰いました。
「いつもお世話しておりますから、平気ですわ」
その落ち着き払った表情を見て、わたくしは少し安心しかけましたの。
……ところが。
よく見ると、サリナの頬はすでに赤く、手元の布を口元に押し当てていました。
「サリナ、あなた、お顔が真っ赤ですわよ」
「……あら」
サリナは、何事もなかったかのように目を伏せました。
「お風呂までは、お世話したことがございませんでしたわ」
「白状なさいましたのね」
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ユリナ様と過ごした湯気の時間を、ここに記します。
……いえ、記そうとしたのですが。
わたくし、何も覚えておりませんの。
覚えていない、ということだけ、はっきり覚えておりますの。
ただ、ひとつだけ。
湯気の向こうで、銀の髪がほどけました。
ただ、それだけですの——ただ、それだけのはずなのに。
光を受けた横顔が、女神の祝福を受けた大聖女そのものに見えて、わたくしは息の仕方を忘れました。
ユリナ様。
あなたはなぜ、そんなに無防備に、美しくいらっしゃるのですか。
わたくしの心臓は、湯の温度より先に限界を迎えましたわ。
これまで、わたくしはあなたを、どこか姫らしい方としてお慕いしておりました。
けれど、この時ばかりは違いました。
神々しい、それでいて、目を離せない。
大聖女とは、こういう存在を言うのだと、わたくしは湯船の中で悟りましたの。
なお、その時のサリナは、浴場の片隅で静かに座り込み、布を口元に当てたまま、目だけで何かを記録しておりました。
あの子、記録帳がなくても記録できますのね。
恐ろしい才能ですわ。
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「アリアンドラ、お背中、流しますわ」
ユリナ様のその慈悲深いお言葉に、わたくしはお言葉に甘えました。
……ところが。
背中越しに、ユリナ様の気配が近い。
近すぎますわーーーーーっ!
わたくしのしっぽは完全に降参の体勢で、力なく濡れておりました。
気を抜けば、しっぽの先が勝手にぴくぴく動きそうでしたわ。
それを抑え込むのも、貴腐人アリアンドラ・ディーテの仕事のひとつですの。
わたくしは全力で、心の中で流体力学の計算を始めました。
水の対流、湿度の変化、湯気の密度、比重、表面張力、流体の動き。
計算が成立しているうちは、平常心を保てる。
計算が止まった瞬間、わたくしは終わる。
それは、わたくしの全力の防衛戦でしたの。
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お風呂から上がり、ユリナ様がお召し替えなさるお姿。
……いえ、見ておりませんのよ? わたくし、断じて、見ておりませんわ。
ただ、視界の端に、ふわりと銀の髪が映っただけで。
わたくしの回顧録には、こう記してあります。
まさに、女神。
部屋に戻り、湯上がりにくつろぐユリナ様。
ただ、そこにいらっしゃるだけ。
それだけで、部屋の空気が変わりましたの。
大聖女ともいうべき美しさ。
けれど、ご本人は何も気づいていない。
その無自覚さが、いちばん心臓に悪いのですわ。
なお、サリナはネグリジェ姿のユリナ様に見慣れていらっしゃるのか。
ドヤ顔、してきましたの。
わたくしに対して、第一夫人候補のわたくしに対して。
しかも、サリナの薄茶色のしっぽが、わずかに得意げに揺れていたのを、わたくしは見逃しませんでしたわ。
普段はほとんど動かないあのしっぽが。
……ふふ、サリナ第二夫人候補。
覚えていらっしゃい。
今夜、あなたが眠ったあと、その頬を少しだけつねってさしあげますわ。
あと、しっぽも、ほんの少しだけ引っ張ってさしあげますわ。
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ユリナ様が動くたびに、わたくしの心臓は跳ねました。
飲み物に手を伸ばす仕草、お菓子を口に運ぶ仕草、ミアティーネの髪をそっと撫でる仕草。
何気ないひとつひとつが、わたくしの心を的確に撃ち抜いてきましたの。
あの夜、わたくしはよくぞユリナ様に告白できたと、今でも思います。
我ながら、自分をほめてあげたい。
勝てる気がいたしませんの、と申し上げましたが――。
あの時のわたくしは、本当に何と戦っていたのでしょう。
ユリナ様?
いいえ。
きっと、ユリナ様の漢気と、大聖女めいた美しさ。
その両方が同時に襲ってくる、あの理不尽な輝きと戦っていたのですわ。
最後まで勝てませんでしたの——完敗ですわ。
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以上、アリアンドラ・ディーテ回顧録、第一部・女子会編。
女子会、ここに完。
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なお、本記録は、ディーテ家の蔵のもっとも奥深い場所に、厳重に保管するものとします。
理由はひとつ。
ユリナ様に読まれたら、わたくしが二度と正面からお顔を見られなくなるからですわ。
貴腐人として。
いえ、第一夫人として。
誇りを持って、鍵をかけておきます。
以上、アリアンドラ・ディーテ回顧録より。
「第一部 完」です。「第二部」の計画中です。「第二部」がスタートしましたら、また、よろしくお願いいたします。学園でアリアンドラがユリナとミアに翻弄される日常編を予定しています。




