第1話 女神に騙されて女の子に転生したけど、隣に「気になる子」がいた
「だ、だまされたーっ!」
転生した先で、俺の身体は完全に女の子だった。女の子だけの世界で、唯一の男になる。そういう計画だったはずだ……少なくとも、俺の中では。
しかも頭には、銀色の猫耳。腰の後ろには、銀色のしっぽ。ぴょこん、と動いたそれを見た瞬間、俺は悟った。
ここは、住民が猫耳獣人族の世界らしい。
そして、横で私を見つめる双子の妹は――私とは、まったく違う姿をしていた。
深い黒髪に、ガーネットのような赤い瞳。猫耳も、しっぽもない。
……これは、俺が「だまされた」と叫ぶに至るまでの話である。
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私の二度目の人生の名前は、ユリナティーネ・ソーマ。前世の私は、三十五歳の平凡な男だった。
特別な才能も、特別な恋もないまま、仕事に追われ、ある日あっけなく死んだ。
死んだ、はずだった。
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目を覚ますと、俺は光に包まれた空間にいた。目の前には、淡い水色の髪をした女神。目が合うと鼓動の高鳴りが抑えられなくなるような美人だった。
そんな神秘的な見た目に反して、女神はやけに軽い口調で笑った。
「こんにちは! あなた、生まれ変われるチャンスがあるんだけど、どんな人生がいい?」
生まれ変われる。その一言で、俺の中の欲望が目を覚ました。
「……異世界では、モテたいです」
「うん」
「できれば、女の子だけの世界で、唯一の男として、ハーレムなど……」
言ってしまった。だが、前世の俺はモテなかった。びっくりするほど、モテなかった。次の人生くらい、夢を見てもいいじゃないか。
女の子だけの世界で、唯一の男。ハーレム確定、人生逆転。完璧な計画だった。
女神は、俺を見た――ゴミを見るような目で。やだ、泣きたい……
「えー、そんな世界あるわけないでしょ」
「えっ」
「女性だけの世界って、普通に考えたら滅んでるよ」
それはそう。漢として、ハーレム計画は開始三秒で破綻した。
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「あるよ? エリス」
別の声がした。振り向くと、金色の髪をした女神が立っていた。柔らかく微笑んでいるのに、どこか底が読めない。
「女性だけの、美しい世界。わたしのところに、あるよ」
「……あるんですか」
「愛が至上の世界。行ってみる?」
女性だけの世界、愛が至上。失われたハーレム計画が、俺の頭の中で勝手に再起動した。
だが、さすがに俺も三十五歳の社会人であり、うまい話には、たいてい条件があることくらい分かる。契約の2年縛りとか。
「その世界で、俺は、どんな役目を……?」
金色の女神――ティアは、少しだけ声をやわらげた。
「ある女の子を守ってほしいの」
「女の子?」
「その子は、わたしの大切な信徒。でも、これから少しつらい目に遭う」
ティアは、そこでにっこり笑った。
「あなたは主役にはなれない。でも、ハーレムを作れるくらいの力はあげる」
「ハーレムを作れるくらいの力」
食いついた。食いついてしまった。
「膨大な魔力。人を惹きつける魅力。そういうもの」
ティアの声が、少しだけ低くなる。
「その魔力は、いつか誰かの命を支える灯にもなるわ」
命を支える灯。今思うと、そこで立ち止まるべきだったと思う。
だが、その時の俺は、ハーレムという言葉に判断力を奪われていた。
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「じゃあ、決まりだね」
ティアが、ぱん、と手を叩いた。
「エリスお姉さま、この子を、わたしの世界へ送って!」
「私がやるの?」
「エリスお姉さまが一番上手でしょう?」
水色の女神――エリスは、ものすごく嫌そうな顔をした。そして、俺を少しだけ気の毒そうに見る。
「新しい人生、がんばってね。……大変だと思うけど」
「……ん? 大変?」
「行けばわかるよ」
その言い方は、だいたい信用できない。だが、もう遅かった。
ティアが、楽しそうに俺へ手を伸ばす。
「真実の愛が見つかったら、祝福に行ってあげる。あなたの名前は、ユリナティーネよ」
「えっ、ちょっ、待っ――」
視界が、光に包まれ、俺の意識は、そこで途切れた。
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次に目を開けた時、私は赤ん坊だった。
まず、身体が動かない。手も足も思うように動かず、声を出そうとしても泣き声しか出ない。
視界はぼんやりしているのに、なぜか周りの気配だけは分かった。
「エリオラ……大事ないか?」
「はい、アッティーネ様……」
優しい声が聞こえた。女性の声――それも、二人とも女性の声だった。
「エリオラと同じ銀髪だね」
「えぇ…」
エリオラと呼ばれるの女性が、私をそっと抱き上げる。銀色の猫耳が見えて、しっぽもある。もう一人の女性には黒色の猫耳としっぽ、周りのメイドたちにも猫耳としっぽ。どうやら、この世界の人々は猫耳獣人族らしい。
そして、私の頭にも、ふにゃっとした感触があった。動いた――耳だ。腰の後ろにも、何かが揺れている――しっぽだ。
(なるほど。猫耳世界か)
銀色の耳としっぽ、そこまでは、いい。いや、よくはないが、まだ許容範囲だ。問題は、別にあった。
私は、自分の身体を見た。赤ん坊なので、細かいことは分からない。だが、分かることもある。
(……あれ?)
あるべきものが、ない。そして、身体つきがどう見ても女の子だった。
(……いや、待て)
(女の子だけの世界に、唯一の男として生まれ変わるはずでは?)
そう思いかけて、俺は止まった。
女神たちは一度も言っていない――「男として転生させる」とは。
あの二人が口にしたのは、女性だけの世界に送ること、そしてハーレムを作れるくらいの力をやること。ただ、そう言っただけだ。
男にするとは、一言も言っていない。
(だ、だまされたーっ!)
心の中で、俺は絶叫した。
赤ん坊の身体は、それに反応して泣き声を上げた。
「あらあら、元気な子ね」
「よかった……」
大人たちは、微笑んでいた。
違う。
元気なのではない、抗議である――女神ティアへの、全力の抗議である。
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絶叫がひと段落した頃。
私は、視界の隅で何かが動いた気がして、必死にそちらへ顔を向けた。
そこに、もうひとりいた。私と同じくらい小さな、赤ん坊――同じ寝台の、すぐ隣。
双子だ、と周囲の声で理解した。
その子が、私を見ていた――生まれたばかりの赤ん坊とは思えないほど、まっすぐに。
私とは違う妹――猫耳も、しっぽもない、黒髪、赤目の赤ちゃん。
けれど、大人たちは騒がない、不思議がりもしない。まるで、何もおかしなことなどないように微笑んでいる。
(……なんだろう、この子)
その子を見た瞬間、胸の奥が静かになった。それだけではなかった――胸の奥に、温かいものが満ちていく。
ティアが言っていた膨大な魔力が、私の中で、まだ見ぬ行き先を探しているようだった。
赤い瞳が、じっと私を見ている。声を出せるはずもない、言葉を知っているはずもない。
それなのに、私には、その目が何かを言っているように思えた。
――お姉ちゃん、助けて……
そう言っているように。その瞬間、頭の奥で、何かが鳴った。女神ティアの言葉が、ふいによみがえる。
――ある女の子を守ってほしいの。
――その子は、これから、ちょっとつらい目に遭うのよ。
は? まさか……
(この子のことなのか)
胸の奥で、冷たいものと熱いものが同時に動いた。
(女神ティア、この子がどんなつらい目に遭うのかも、俺には、まだ分からない)
だが、漢として、覚悟は決まった。女神にだまされたこともハーレムのことも後でいい、ぜんぶ後でいい。
この子を守ることが俺の役目なら絶対に守る。
不思議だった。
まだ、自分の身体すら思うように動かせない赤ん坊なのに、その決意だけは、骨の芯まで通っていた。
その子の名前すら、私はまだ知らない。
それでも。
隣で私を見つめる赤い瞳から、もう目を逸らせなかった。




