第六夜 愛しき眼鏡さん(前編)
「あー、雫ちゃんの眼鏡、いいなあ。可愛いなぁ。篠宮もそう思うだろ?」
「そうかぁ? タケルは、雫が好きなだけじゃないのか? 別に普通じゃね?」
タケルは同じクラスの友人、橘猛。最近、うちのクラスに転校してきた。
僕の幼馴染で友人の女子、鏡山雫のことを大変気に入ってるらしく、僕によく話しかけてくる。
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」というヤツで雫と仲が良い僕にからみたいのだろう。
僕は、眼鏡というものに特別な感情を抱くことは、それまでまったくなかった。そうあの時までは……。
「――どういう訳か眼鏡を外したがる人がいる。とても似合っている人に限って眼鏡を嫌がる。由々しき事態である」
タケルはこんな調子で僕に対して演説をぶつ。
まあ分かる。
ツタが耳を圧迫して痛い。
分かる。
冬などは寒い外から、暖かい室内に入るとくもる。
風呂に入る時は外さねばならない。
寝る時も外す。
とても面倒だ。
激しく同意したい。
また、それとは別に、本人は眼鏡を気に入っていて、ゆるく拒否しているのにも関わらず「コンタクトレンズ」を鬼推ししてくる人がいる。
眼鏡を装着することによる弱点、不快感をことさら強調し、それを外すことに執着する。
何故そこまで人の眼鏡を外したがるのか。疑問しかない。
特徴がないのが唯一の特徴。量産型女子中学生諸君。
髪型も表情も皆、同じに見える。更に制服着用の義務である。多少の着こなしによる差異はあろう。しかし校則もあるので限界もある。
「――そこで眼鏡である。装着することにより、たちまち個性が出る。遠目にでも分かる漂う知性。ああ、愛しき眼鏡……。どうして俺は目が悪くないのだろう。眼鏡をかけたい。眼鏡をかけて『眼鏡で困ったねトーク』をして雫ちゃんと親密になりたい」
「タケルのその情熱に免じてよいアドバイスをしてやろう」
「おっ、なんだそれは?」
「伊達だ。伊達メガネをしなさい。そうすれば共通の話題が出来るんじゃね?」
「かーっ、分かってないなあ、篠宮は。いいか? 伊達眼鏡は眼鏡という名前はついているがあれは別物だ。だいたい度が入ってないからレンズ越しの瞳の美しさがダンチなんだよ。それに、伊達眼鏡じゃいかにも『下心があります』って看板しょってるようなもんじゃないか」
「ふーん、そういうもんなのかね。知らんけど。そんなに雫のことが気になるなら別にそんな外堀から攻めるような真似しないで、ストレートに話かければいいじゃないか。僕にしてきたみたいに」
「ドアホ、男は別だ。篠宮は話しかけやすいオーラをまとっていたからな。それに、隣の雫ちゃんとよく話をしているのを見てたからな。ふふふ」
――タケルが語り出した
「きっかけは小学生の頃、幼なじみの女の子が、ある日突然眼鏡をかけて来たんだ。
その衝撃たるや、大好きだった特撮テレビヒーロー戦隊の紅一点ヒロインが敵の構成員に攻撃を受け、悶絶している表情に興奮した時以来だ。
とても地味な子だった。全体的にウエーブのかかったくせっ毛くらいしか特徴のない子だった。そんな子が眼鏡をかけてきた。
それまで少しオドオドした感じだったその子は、眼鏡を装着した次の日から、まるで別人のようにキリッとして、何事にも積極的に参加するようになった」
今回は長いなあ。タケルはそんな子どもの頃から眼鏡が好きだったのか。あれ、違う? その子が好きだったんじゃね?」
*
「雫ちゃん、眼鏡やめてコンタクトにしたら? 絶対かわいいって」
「えぇ、だって目にモノを入れるのって怖いじゃない?」
「痛いのは最初だけ、最初だけだから。ね? 今度試してみようよ」
「んーそうだねえ。コンタクトなら体育も大丈夫かな?」
「うんうん、じゃあ放課後に駅前のメンメン眼鏡屋さん行こう」
「なんか女子が眼鏡がどうこう話しているぞ、篠宮。これは由々しき事態だぞ」
「なんだって!? それは大変だ。全力で阻止しなくては! って、何を言わせるんだ。いいじゃない別に。コンタクト良さそうじゃないか。
まっ、俺は雫は、眼鏡取っても何も変わらないと思うんだけどな。本人は眼鏡を気に入ってるみたいだけど」
「何いってんだ、篠宮! 眼鏡は本体だぞ。眼鏡を外した雫ちゃんは、雫ちゃんじゃなーい」
おいおい、さらっと失礼なこと言ってないかタケル。
―― 中編へ つづく ――




