表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

見ていた



暗がりが、四角い光に押し返される。

握りしめた硝子(がらす)の面が、指先の輪郭を青白く浮かび上がらせていた。


指を画面に滑らせる。

情報の海を泳ごうとは思わない。


検索の履歴から、見慣れた円に触れる。

どことも繋がっていない水面を、仰ぎ見るために。


水面の向こう側では、誰にも邪魔されず、浅い呼吸だけが淡々と続いている。


宛先を欠いた言葉がひとつ、またひとつと水の中へ落とされる。


買ったばかりのスニーカーが気に入っていること。

虫が苦手なこと。

甘くない、温かな飲み物が好きなこと。


そのたびに水面はかすかに震え、光を反射させながら揺らめいた。


ただ、それを見ている。


確かめるように、

見失わないように。


あちらからは見えていないことに、安堵しながら。


こちら側は、あまりにも暗い。

留まった(おり)が足首に絡みつき、もう久しく、前後左右も分からない。


けれど、ここからは、あの白む光がよく見えた。


水面まで泳いで、傍に寄ろうなどとは思わない。


触れないまま、届かないまま、

ただ光だけを見ていられたら、それでよかった。


降りてくる言葉を飲み干して、水底で静かに沈んでいたいだけだった。


──それだけだった、はずが。


声も、顔も。たった一度しか知らないまま、季節がめぐり、その輪郭すら少しずつ曖昧になっていたのに。


偶然が重なり、気づけば声をかけ──

今ではもう、彼女の名前まで知ってしまった。


度を越してはいけない。

これ以上は許されない。


何度もそう自分に言い聞かせる。


それでも、どうしても。

流れ込んできた油膜から、あの水面を守りたかった。


だから、今だけ。

──今だけだ。

ほんの少しの間だけ、水面の傍に寄ることを自分に許す。


白む光に焼かれた指で、画面をそっと、静かに撫でた。


水越しのそこからは、体温を感じるはずもない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ