見ていた
暗がりが、四角い光に押し返される。
握りしめた硝子の面が、指先の輪郭を青白く浮かび上がらせていた。
指を画面に滑らせる。
情報の海を泳ごうとは思わない。
検索の履歴から、見慣れた円に触れる。
どことも繋がっていない水面を、仰ぎ見るために。
水面の向こう側では、誰にも邪魔されず、浅い呼吸だけが淡々と続いている。
宛先を欠いた言葉がひとつ、またひとつと水の中へ落とされる。
買ったばかりのスニーカーが気に入っていること。
虫が苦手なこと。
甘くない、温かな飲み物が好きなこと。
そのたびに水面はかすかに震え、光を反射させながら揺らめいた。
ただ、それを見ている。
確かめるように、
見失わないように。
あちらからは見えていないことに、安堵しながら。
こちら側は、あまりにも暗い。
留まった澱が足首に絡みつき、もう久しく、前後左右も分からない。
けれど、ここからは、あの白む光がよく見えた。
水面まで泳いで、傍に寄ろうなどとは思わない。
触れないまま、届かないまま、
ただ光だけを見ていられたら、それでよかった。
降りてくる言葉を飲み干して、水底で静かに沈んでいたいだけだった。
──それだけだった、はずが。
声も、顔も。たった一度しか知らないまま、季節がめぐり、その輪郭すら少しずつ曖昧になっていたのに。
偶然が重なり、気づけば声をかけ──
今ではもう、彼女の名前まで知ってしまった。
度を越してはいけない。
これ以上は許されない。
何度もそう自分に言い聞かせる。
それでも、どうしても。
流れ込んできた油膜から、あの水面を守りたかった。
だから、今だけ。
──今だけだ。
ほんの少しの間だけ、水面の傍に寄ることを自分に許す。
白む光に焼かれた指で、画面をそっと、静かに撫でた。
水越しのそこからは、体温を感じるはずもない。




