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冬の足音

進級試験を控えた冬の初め。

カイルは「騎士団候補生試験」のために連日鍛錬に明け暮れていた。

騎士団候補生試験の遠征を控えて、放課後も休みの日も鍛錬場に通っている。

私は応援したい気持ちを胸にしまいながらも、すれ違いが続く日々にふとした寂しさを覚えていた。

一緒に昼食をとる時間も、笑い合う時間も少しずつ減っていた。

そんな中すれ違った令嬢たちが、ふわりと笑いながらそんな話をしていた。


「カイル様って、騎士装束が本当によくお似合いですわ」

「ええ、まるで舞台の英雄のよう。無邪気でご誠実で、誰にも隔てなく接してくださるもの」

「剣を振るう腕は随分と鍛えられて」


私は横を向いて、聞こえないふりをする。

カイルが褒められているのが嬉しい反面、胸の内がほんの少しモヤモヤしていた。



吐く息が白くなるほどの放課後。

私は教室の窓から遠くの鍛錬場を見つめていた。

この距離からだとカイルがどこにいるのか分からないなと思いながら。


「寒い中みなさん頑張ってますね」


仲良くしてくれているクラスメイトの一人が声をかけてくれた。


「鍛錬場、今日もにぎわっておりますわ。もしよろしければ、ご一緒に。少し空気を変えてみるのも良いかと」

「カイル様もいらっしゃるそうですし。ちょうど見学の許可も降りているの」


静かな私に気を遣ってくれたのか、他の友達も声を掛けてくれる。

その思いが嬉しくて、笑顔でその誘いに応えた。



鍛錬場に着いた瞬間、思わず目を見張る。

真冬だというのに、そこには蒸気のような熱気が立ちのぼっていた。


「あれ、湯気…?」

「いえ、筋肉です」


筋肉だった。

剣を振るい、跳ね、叫び、腕を回す。

全員が厚着をせず、むしろ薄手のシャツ1枚という者もいる。

真冬の空気を切るような剣の音と、全身から立ち上る汗の湯気。

遠目から眺めていた光景とは全く違う。


ふと、広場の一角にから妙にたくましい男子生徒から、カイルの名前を耳にしてしまいそちらに集中してしまう。


「セリナ様プロデュースのソイ・プロテイン、今朝も飲んだぞ」

「そもそも広まったの、カイルが最初に飲んでたからだからな」


最近「セリナ信者」と呼ばれる彼らは、もともとセリナが大豆の輸入先を確保した際、「お通じによさそう」と軽い気持ちで作った試作品にハマり、今や騎士科の筋肉トレンドの最前線になっている。

因みにまだ商品化はされていないくて、現在「モニター」をカイルを中心にお願いしている段階だ。


「あ、リーネさん?」


鍛え抜かれた肩幅と声量で、近寄る「プロテイン戦士」たちに面食らって、一歩引く。

そんな中、セリナ信者と思しき屈強な男子生徒が、どすどす駆け寄ってくる。


「セリナ様のご妹君、どうされたんですか?」

「えっと、ちょっと見学させてもらってます!みなさん凄いですね、筋肉」


勢いに飲まれて思わず口から出たその一言に、彼らの目が輝いた。


「ありがとうございます!これはすべて、セリナさんの導きのおかげです!」

「これはすべて、セリナさんの導きのおかげです!」

「大豆からすべてが変わりました。触ってみます? 右と左、若干硬さが違うんですよ!!」

「え、えっと……それは……」

「こらこら、囲むなって」


カイルの声が飛ぶ。

薄手の剣術服を羽織り、剣を腰に下げたまま軽く息を切らして近づいてきた。


「汗くさい連中が押しかけたら驚くだろ。……もうちょっと空気読めって」

「す、すまん!」

「つい興奮してしまって!」


プロテインと筋肉と信仰心でできた男たちは、素直に引き下がっていく。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと…。カイルの練習してる姿を見たくて」


クラスメイトの視線に励まされて口に出すと、カイルは少し照れくさそうに笑った。


「そっか、ありがとな」

「あ、あの!」


一緒に来ていたクラスメイトが、目をキラキラさせながらカイルを見ていた。


「もし休憩時間ならリーネを少し連れ出してくれませんか?彼女、あの、筋肉酔いしたみたいで!」

「「筋肉酔い!?」」


思わずカイルと被る。

きっと気を遣ってくれただと思うが筋肉酔いは…と思っていると、カイルが笑いを含みながらこちらを見た。


「こっち、少しだけ休憩できる場所があるんだ。行こう?」

「…うん。みんなありがとう」


一緒に来てくれた彼女たちにお礼を言って、歩き出したカイルの背中を追った。




鍛錬場の裏手、枯れ葉の積もる道を抜けた先。

そこには、透き通った水が静かに湛えられた小さな泉があった。

周囲の木々は葉を落とし、陽は低く傾き始めている。

冬の光に水面がちらちらときらめいて、あたりには人の気配がない。


「最近、なかなか会えなくて、ごめん」

「ううん。その、寒くない?そんな薄着で」

「結構動くからさ、暑いくらいだよ」

「そっか。あのさ、たまに見に来てもいい?邪魔はしないから」

「あ、ああ」

「あ!ごめん、真剣に鍛錬してるのに気が散るよね!」


何故か歯切れの悪いカイルに、迷惑だったかと沈む心を無視して笑顔を作る。


「違うんだ!…ほら、さっきみたいなセリナ信者が多いからさ…」


言葉を続けようとしたカイルが、ふとバツが悪そうに視線を逸らす。


「さっき、囲まれてるの見てちょっと焦った。俺、心狭いよな」


そう言って両手で顔を隠すカイルを見て、私は急に落ち着かなくなってしまう。

なんだろうこの気持ち。


「最近、話せない時間が続いて、勝手に不安になってた。ごめん」

「あ、謝らないで!私もきっと同じ気持ち。なんか勝手に不安になって、もやもやしてて」


そう言いながら、そっとカイルの袖をつまんだ。

無性にカイルに触れたかった。


「…でも、今こうしてるの、嬉しい」


その仕草に、カイルは顔を綻ばせる。


「じゃあ、これからもたまにはこうして会いに来てよ。いや、この頑張って時間を作る。少し遅くなるけど会いに行ってもいい?」

「うん。ちょっとルシ兄がうるさいかもしれないけど」

「あー確かに」


あからさまに眉間に皺を寄せるカイルが、おかしくて可愛くて仕方がない。

思わず声をあげて笑っていると、ふとカイルと目が合う。

誰かに見られていたら、どうしよう。

一瞬だけそんな考えがよぎったけれど、近くなっていくカイルとの距離を拒否することなんてできなかった。

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