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副会長ユリス

机の上には今話題沸騰中の、限定ハンドクリームが置かれている。

優雅な所作で蓋を開けながら、書記のフィオナが感嘆の声を漏らす。


「やっぱり、セリナさんって凄いですわ」


放課後の生徒会室に、フィオナのうっとりとした声が響く。

指先にほんの少しハンドクリームを乗せて、そっと手の甲にのばしていた。

淡い香りがふわりと広がる。

甘すぎずそれでいて印象的で、手肌にすっとなじむ滑らかさ。


「香りも質感も絶妙。まるで魔法ですのね」


横目で見るセリナは、恐縮したように微笑んだ。


「…現場の人たちの努力の賜物だから」

「そんな風に控えめにおっしゃるところも、また魅力的ですわ」


フィオナは恍惚とした表情で、頬に手を添えた。


「まさかこの香りが、王宮にまで届いてしまうなんて…!」


その言葉にセリナは鉛を飲み込んだような表情を見せる。


「香りも品があって、使い心地も軽やか……王妃様が気に入られるのも納得ですわ」

「なんか、すごーく売れてるらしいですよ」


私は控えめに頷きながら、椅子に腰かけた。

生徒の間でも、手に入ったら英雄なんて噂されるほどの人気だ。


「あのハンドクリームが宮廷でも話題になっているらしいんだ。母の急な思いつきで、申し訳ない」


書類の片付けをしながら申し訳なさそうに言うレオニスに、慌てて「いいえ!」と返すセリナ。

あのハンドクリームは王都でも瞬く間に評判となり、ついには王妃の耳にも届いたのだという。

そして急な申し出が入り、今夜の晩餐会にセリナが招かれることになった。


「でも、あの商品はサイやケイト、現場のみんなが頑張ったから形になっただけで …」


セリナは申し訳なさそうに視線を落とす。


「リーネもすまない。急に呼び出すことになって」

「いえ。父にはきちんと伝えておきます」


今日私が生徒会室に呼ばれたのは急な招待だったため、父への伝言を届ける役を任されたのだ。

ふと隣に座るセリナが何かを言いかけて、けれど唇を閉じる。


(……たぶん、一緒に来てほしいって言いたかったんだろうな)


けれど、王妃が招いたのはセリナ一人だ。

さすがに口には出せなかったみたいだ。


「そういえば、今日はカイルの姿が見えませんわね」


レオニスが書類の束を片付けならがら、フィオナの言葉に頷く。


「ああ、カイルなら今日は騎士科の選抜試験があるらしい。午後からずっと訓練場じゃないかな」

「まぁ……また強くなられてしまいますわね」


フィオナは微笑み、私はそっと頷く。


「お待たせ。それじゃあ行こうか、セリナ」


そう言ってセリナをエスコートするように手を差し出すと、少し恥ずかしそうにその手をとった。


「行ってきます」


レオニスとともに生徒会室を後にするセリナに、いってらっしゃいと声をかけ見送った。

さて、用事も済んだし私も帰ろうかと立ち上がったとき、ふとユリスと目が合う。


「…リーネ」


短く名前を呼ばれて顔を傾げると、いつもの無表情なユリスの視線が揺れた。


「…あのハンドクリーム、まだ手に入るだろうか」


突然の問いに、一瞬戸惑った。


「多分、セリナが持っていれば…。どうしたんですか?」

「…姉が欲しがってる。どこを探しても売り切れだ」


それだけ言うと、ユリスは黙り込んだ。

まるで、それ以上の言葉を飲み込んでいるように。

私は少しだけ笑って、軽く首をかしげた。


「セリナに頼まなかったんですか?」

「…タイミングを逃した」


そして、ほんの一瞬の間のあと、低い声で付け加える。


「…すまない。頼めるのは、今だけだと思った」


その言葉には、普段の冷静沈着なユリスからは想像できない、切実さが滲んでいた。


「いいですよ、私から聞いておきます」

「…助かる」


短く、けれどはっきりとした声だった。

するとフィオナが、ほほえましそうに小さく息をついた。


「まぁ、あのお姉様が相手では、ユリス副会長といえど逆らえませんわね」

「……知ってるのか?」

「一度だけお会いしましたけれど、ものすごい迫力でしたもの。あなた、弟なんでしょ?お願い聞いて当然よねって目に浮かぶようですわ」


フィオナはくすっと笑い、ユリスは眉を寄せながらも否定しなかった。


「ユリス様からの頼みごとなんて、ちょっとレアですね」


私がそう言うと、彼は肩をわずかにすくめた。


「……二度は言わない。頼んだ」


それだけ言って、再び書類へと目を落とす。


「はい、それでは失礼します」


生徒会室を出ると外の空気は少しひんやりしていて、夕陽はすでに朱を深めていた。

肩の力を抜いて、階段を下りようとしたそのときだった。

ふと、訓練場のほうから笑い声が聞こえてくる。

目を向けると、少し離れた場所でカイルが仲間たちと話していた。

木剣を軽く肩に担いで、真剣な顔つきのまま何かを話しているかと思えば、仲間のひとりの言葉に表情を崩して笑った。


(あ……)


その笑顔は、いつものまっすぐなカイルそのものだった。

騎士としての凛々しさと、まだどこか少年らしさの残る無邪気な笑顔。

私は声に出さずに笑って、その場をそっと後にした。

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