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カスミノ国〜カイル視点〜

国境を越え、港町を出て丸一日。

異国の文化が色濃く残るカスミノ国の空気は、どこか湿り気を含んでいて、嗅いだことない不思議な香りがした。

伝統的な織物を使った服に着替えた一行の中で、誰よりも目を惹くのはリーネだった。

慣れない衣装にそわそわしていた。

淡い桃色の袖を指先でつまんでは、あちこちを見渡し目を輝かせている。


「あら。カイル様、襟元が少し……」


名前を呼ばれ振り返ると、黒髪をすっきりまとめた女性が静かに立っていた。

全く気配に気づかなかったことに驚いている間に、すっと指を伸ばし襟元を整えてくれた。


「失礼いたしました。こちらの服は着慣れていらっしゃらないでしょうから」

「ああ、ありがとうございます」


どれだけリーネに見惚れていたのかと恥ずかしい周囲を見回すと、彼女は周囲の景色に夢中なようだ。

着慣れない衣装にそれぞれが楽しんでいる中、そっとリーネの隣に移動する。

突然話しかけたからか目を丸くしている姿が、本当に可愛い。

少し前までは同じくらいの身長だったのに、今では俺の肩くらいしかない小ささが庇護欲をくすぐられてしまう。


「な、なんか暑くなってきたな、うん、ちょっと水飲んでくる!」

「迷子になるなよ」


普段は大人びているが最近は落ち着きのない可愛い面を見せてくれるのは、俺を意識してくれていると感じるのは自意識過剰だろうか。

耳まで赤くなったリーネの背中を見ながら、馬鹿みたいに浮かれてしまっていた。



カスミノ国の街並みは自分たちの暮らしとは全く違っていた。

香ばしい海鮮の匂いは海が近いからだろうか。

街並みから食べ物まで全てが新鮮で、全員がはしゃいでいるので迷子にならないか目を見張らせる。

一応護衛という名目で連れてきてもらっているのだから、仕事はきちんとこなしたい。


「うまい!もう一本買おうぜ!」


サイの手は食べ終わった串が何本もある。


「おい、少し落ち着いて…」


サイに絡まれているときに、リーネがふらふらと店の商品を見始める。

かんざし屋らしく熱心に見ているのを、微笑ましい思いで見ていたとき店主の男がリーネに声を掛けた。

細工の美しいかんざしが、店先の風に揺れて光を反射していた。

差し出されたかんざしを手に取り、珍しそうに見るリーネ。

にこにこしながらリーネの隣に移動してきた店主の正直距離が近いように感じ思わず力が入る。

戸惑っている様子のリーネに体が動いた。


「よかったら、髪にあててみて」

「――それ、またあとでにしようか」


普通に話しかけたつもりが、思った以上に低い声で二人を驚かせてしまう。

肩が触れそうな距離に我慢できずに、リーネの肩を引き寄せる。

リーネの手からすっとかんざしを取って棚に戻しながら、店主に軽く頭を下げた。


「すみません。時間が限られてるので、またあとで寄らせてもらえますか?」

「あ、ああ……もちろん。また来てよ」


店主はそんなつもりはなかったんだろう。

突然割り込んだことに驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔で送り出してくれた。


「……急に、どうしたの?」

「いや、あの距離感はさすがに、俺でもちょっと……」

「ご、ごめん」


自分の嫉妬深さに思わず苦笑してしまう。

リーネは何か言いたげにこちらを見上げていたが、結局何も言わなかった。



商談は無事に終わり、港で出航の準備を待つ。

自分自身護衛としての仕事をできていたかと言えばそうでもなく。

セリナからは「カイルのおかげで知らない土地でも安心に過ごせた」と言われたが、正直なところ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「この数日間、とても楽しかったです。皆様の旅が、穏やかなものでありますように」


そう言って案内人のクシナさんが一人ずつ手を取って、軽く握手を交わしていく。

案内人としては完璧な仕事をしてくれていたクシナさんだが、何か違和感を感じていた。


「……あの、男だったり、します?」


次々と握手を交わしていく彼女の手を見ていて、ふとした違和感が口に出てしまった。

凍った空気とセリナに声をかけられて慌てて謝ろうとしたとき、クシナさんは口元を隠し朗らかに笑った。


「……ばれましたか。はい、実はそうなんです。こちらの姿の方が都合がよくて。それと…趣味でもあります」

「えええええ!?!?!?!?!?」


ああ、やっぱりとしっくりきた。

まさか趣味だとは思わなかったが。




「私警戒されてました?」


船の準備が整い乗る間際になって、クシナさんにこにこと声を掛けてきた。


「…食事のときに触れた手やちょっとした仕草が、何かを隠しているように感じてちょっと警戒してました。すみません」

「いえいえ、私の性別を見破れる人ってなかなかいないんです。ほら私って線も細いし、仕草だってその辺の女性には負けませんし」


さらっと自身誉めるクシナさんに、驚きを通り越し苦笑してしまう。


「まあ、たまたまですよ」

「それでも凄いことです。どうでしょう、学業を終えたらこちらで就職しませんか?」

「…ありがとうございます。ですが俺には騎士になって守りたい人たちがいるので」

「振られてしまいましたか…。でも私は諦めの悪い性格なんです。私のこと忘れないでくださいね?」


そう言って妖艶な笑みを浮かべるクシナさんを見て、荷物を運ぶ男たちが顔を染める。

社交辞令だとしても自分を認めてくれる人がいるのは嬉しかった。

遠くなっていく港を見ながら、次に来るときにがっかりされないよう騎士としての腕を磨いていこうと心に誓った。


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