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織るように蹴る  作者: やしゅまる
7/10

第7話「蹴りたいものがある」

演技の終わった帰り道。

夜の河川敷で、山浦ななみはひとり、スパイクを脱いで空を見上げた。


「見てくれたっちゃろうか…」


言葉にした瞬間、涙がにじむ。


妹・みく。7つ違いの、いつも笑っていた小さな存在。

豪雨災害の夜、突風と土砂が襲った。家ごと流された。自分だけが助かった。


「なんで…うちだけが…」


それからというもの、ななみの中には穴が空いたままだった。

笑うことも、楽しむことも、どこかで「不謹慎」と思ってしまう。


でも、パフォーマンス中、心のどこかで思っていた。

——みくに見せたかった。あの笑顔に、あの拍手を。



翌日。家の物置で母が古い段ボールを片付けていた。


「ななみ、ちょっと来て」


中から出てきたのは、小さなスカートだった。

淡い水色に、小さな花柄が染められた久留米絣。


「みくのやろ…祭りの時に、ばあちゃんが仕立ててくれたやつ」


ななみはその布を手に取った瞬間、崩れるように座り込んだ。


「みく、ごめん…うちだけ、楽しかった。うちだけ、踊って、笑って……」


嗚咽が止まらなかった。



その夜、ななみはみのりの家を訪ねた。

居間には、祖母・ツヤがいて、湯呑みに湯気をたてていた。


「……ばあちゃん、うち、妹がおらんくなって、ずっと…」


涙ながらに語るななみの手には、あのスカートが握られていた。


ツヤは静かに、布を撫でた。


「絣はな、手間がかかる。ひと織り、ひと織り、気持ちを込めてな」


「気持ち……?」


「みくちゃんは、きっとあんたが生きとるのが、一番嬉しかとよ。あんたが笑っとる姿が、何よりの供養やろうね」


ななみはしばらく言葉が出なかった。

でも、胸の奥で何かが、確かに変わっていくのを感じた。


「ばあちゃん、この布……衣装にしたい。うち、この布ば着て、あの子に見せたい。もう一回、ちゃんと生きよるとこ」


ツヤは微笑んだ。

「なら、うちが仕立てちゃろう。みくちゃんにも、きっと見えるごたる衣装にね」



数日後、部活の練習中。

新しい衣装に身を包んだななみが、いつもの何倍ものスピードでボールを蹴る。


「ななみ、どうしたと!? すごい!」


「蹴りたいもんが、やっと見つかったけんね!」


空に向かって放たれたシュートは、光に弧を描いた。


妹に届くように。

自分のこれからの人生が、真っすぐ進めるように。


風が吹き抜けるグラウンドに、ひときわ高くボールが舞い上がった。

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