第7話「蹴りたいものがある」
演技の終わった帰り道。
夜の河川敷で、山浦ななみはひとり、スパイクを脱いで空を見上げた。
「見てくれたっちゃろうか…」
言葉にした瞬間、涙がにじむ。
妹・みく。7つ違いの、いつも笑っていた小さな存在。
豪雨災害の夜、突風と土砂が襲った。家ごと流された。自分だけが助かった。
「なんで…うちだけが…」
それからというもの、ななみの中には穴が空いたままだった。
笑うことも、楽しむことも、どこかで「不謹慎」と思ってしまう。
でも、パフォーマンス中、心のどこかで思っていた。
——みくに見せたかった。あの笑顔に、あの拍手を。
*
翌日。家の物置で母が古い段ボールを片付けていた。
「ななみ、ちょっと来て」
中から出てきたのは、小さなスカートだった。
淡い水色に、小さな花柄が染められた久留米絣。
「みくのやろ…祭りの時に、ばあちゃんが仕立ててくれたやつ」
ななみはその布を手に取った瞬間、崩れるように座り込んだ。
「みく、ごめん…うちだけ、楽しかった。うちだけ、踊って、笑って……」
嗚咽が止まらなかった。
*
その夜、ななみはみのりの家を訪ねた。
居間には、祖母・ツヤがいて、湯呑みに湯気をたてていた。
「……ばあちゃん、うち、妹がおらんくなって、ずっと…」
涙ながらに語るななみの手には、あのスカートが握られていた。
ツヤは静かに、布を撫でた。
「絣はな、手間がかかる。ひと織り、ひと織り、気持ちを込めてな」
「気持ち……?」
「みくちゃんは、きっとあんたが生きとるのが、一番嬉しかとよ。あんたが笑っとる姿が、何よりの供養やろうね」
ななみはしばらく言葉が出なかった。
でも、胸の奥で何かが、確かに変わっていくのを感じた。
「ばあちゃん、この布……衣装にしたい。うち、この布ば着て、あの子に見せたい。もう一回、ちゃんと生きよるとこ」
ツヤは微笑んだ。
「なら、うちが仕立てちゃろう。みくちゃんにも、きっと見えるごたる衣装にね」
*
数日後、部活の練習中。
新しい衣装に身を包んだななみが、いつもの何倍ものスピードでボールを蹴る。
「ななみ、どうしたと!? すごい!」
「蹴りたいもんが、やっと見つかったけんね!」
空に向かって放たれたシュートは、光に弧を描いた。
妹に届くように。
自分のこれからの人生が、真っすぐ進めるように。
風が吹き抜けるグラウンドに、ひときわ高くボールが舞い上がった。