第8話「最後のシュート」
夕暮れの部室。
岡部さやはひとり、ロッカーの扉に手を添えて立っていた。
中には、部活の記念写真。ボールを囲んで笑うみのりたち。
——けれど、自分の心は、すでに別の場所に向いていた。
福岡市内の美容専門学校から合格通知が届いたのは、ついこの前。
春からの住まいも決まり、アルバイトも始まる。
練習には、もう週に1回しか出られない。
「最後の大会も終わったし、もう…」と、どこかで自分に言い訳していた。
だけど。
みのりたちの「新しい挑戦」は、まだ終わっていなかった。
「さや先輩の卒業記念に、町の広場でフリースタイルのイベントやろうよ!」
「さやの晴れ舞台、最後に一緒に立ちたいっちゃん!」
突然の提案に、さやは苦笑いするしかなかった。
「うち、もうみんなと同じ場所に立てんよ。練習も、衣装も……」
言葉の途中で、何かが詰まった。
*
帰り道、髪を切っていた地元の美容室の前を通ると、ドアが開いた。
「あら、さやちゃんやん。聞いたよ、福岡の専門学校受かったって」
「はい……ありがとうございます」
「寂しくなるねぇ。あんたが切ってくれる日、楽しみにしとるとよ」
その言葉に、思わず足が止まる。
「……え?」
「うちのこの前髪、いつも変になるっちゃけん、将来お願いね」
後ろからは、近所のおばちゃんも声をかけてくる。
「成人式んとき、うちの孫の髪、お願いね」
まるで、さやの“未来”が、町じゅうに広がっていくようだった。
——夢って、ひとりで叶えるもんやと思っとった。
だけど今、自分の夢が、誰かの笑顔につながってると初めて気づいた。
*
イベント当日。町の広場に、仮設ステージが組まれた。
さやは久留米絣の衣装を着ながら、鏡の前で髪を整えていた。
「さや先輩、緊張しとる?」
ななみが笑う。
「まーね。でも今日は、みんなで蹴るけん。最後まで、ちゃんとおるよ」
舞台に立つ直前、みのりがそっと背中を押した。
「さやが進む道、うちらが守るけん」
音楽が流れ、拍手の中で、ボールが宙を舞う。
ステップとリフティングが重なり、しずくがが上げたボールに、さやが頭で止めた後に即興フリースタイルがはじまる
「いけっ——!」
広場中が歓声に包まれる。
そのとき、さやは確かに感じていた。
夢は、遠くにあるものじゃない。
仲間と、町と、繋がっているものだと。
「ありがとね。……うち、背中押されとるけん、もう大丈夫」
笑顔で涙をこらえながら、彼女は最後のパフォーマンスを蹴り切った。




