3-7 怪盗ルーベンスと無限の魔女
揺れる馬車の中で、なおもリオンの話は続く。ミランダのわくわくは止まらない。ぎゅっと握り締められた2つの小さな拳に汗がにじむ。
「まあ、悪党の情報なんて、みんなの噂話からでもピックアップ出来るわ。商業ギルドや冒険者ギルドでも聞き込みをしたわ。そして、次に襲われそうな家を全てピックアップしたの! 後は簡単。賊が侵入したらわかるように、警報の魔法を全ての家に仕掛けておいたのよ」
そんな事あったね、みたいな顔で苦笑いで顔を見合わせる2人。それを横目で見て、この先の展開が思いやられるジョンソン。
「その夜、奴は現れたわ。そこはある貴族の家だった。領地貴族ではなく国の官僚をしている家柄だったの。悪い事はし放題。賄賂も山盛り受け取っていたわ。本来ならば、見のがす物件だけど、私達も懸賞金は喉から手が出るほど欲しかったの。ええ、別に来てくれなかった事を怨んでたわけじゃないの。ホントよ」
商会の会頭は、その話を思い出したのだろう。天を仰いだ。リオンの正体にも気がついたらしい。
この話の結末を知っているのか。思わず小声で呟くジョンソン。あまり聞きたくはなさそうだが、パーティリーダーとして、ここは聞いておかねばなるまい。
リオンの御膝の上でくつろいでいたガルちゃんも、片目を開けて興味深そうに耳を傾けている。
「そして、奴が盗みを働いたところを押さえに行ったわ。私が追い込んで、この2人が私が作った魔道具で取り押さえる段取りで。バネッサは見張りとか色々ね。
そして、奴が現れたの。私は言ってやったわ。
『お待ち、怪盗ルーベンス! 今日こそ、お前の年貢の納め時よ。大人しくお縄を頂戴しなさい』
すると、奴が言ったの。
『これは可愛らしい、お嬢さんだ。生憎、私はまだ捕まるわけにはいかない。あと5年ほど育ったら、私のハートを捕まえにおいで』
むかーっときたわ。まるで、子供扱いよ。奴は金髪の髪を靡かせて、貴公子然として……ときめかなかったといえば嘘になるわ。あ、でもホンのちょっとね」
だって俺達子供だったじゃん……マークの小さな呟きが。だったではない。今でも子供だ。
「私は……私は、軽く奴を牽制するだけの予定だったの。小さなファイヤボールを投げる……はずだった。でも、何故かそれは、巨大な巨大な、なんていうか、とってもでっかい火の玉に勝手に育っていったの!」
会頭は両手で、天に向いた顔を覆ってしまった。なんて奴に護衛を頼んでしまったのか、しかもよりにもよってそいつが俺の馬車にいる。そんな心の悲鳴が聞こえてこんばかりの、仕草である。商人じゃなくて、俳優になったらよかったのに。
ジョンソンは口の中が乾いてくるのを感じていた。無限の魔女。その傍若無人ぶりは噂には聞いていたのだが、まさか、あれをやらかした張本人だったとは!
当時は、詳しい発表はされなかった。「大いなる災厄」は、ミスリル騎士団が解決したと。事情を知る人達は、真実を知っていたが。
それを見て、ガルちゃんはにやにやしている。なかなか面白そうな、お話だなといわんばかりに。
「その炎は大きく、それはもう大きくなっていったわ。正直内心これどうしようとか思ってて! でも、なんとか地面に落とさないように持ち上げる事に成功したわ。怪盗の奴が、かなりビビってたけど、構ってる場合じゃなくて。もう、見のがしてあげるわ! って感じね。
でも、そいつは、酷く大慌てで。
『こ、この魔女め! 子供だと思っていれば、なんてとんでもない魔法を! いいか? それを絶対に落とすんじゃないぞ、わかったな!』
怪盗風情が何をと思ったんだけれど、こっちはもうそれどころじゃなくて。ちょっとでも気を抜いたら、火の玉、いえ……地上の太陽が王都に落っこちて、跡形も残らなくなりそうだったの」
思い出したのか、マークとジョニーが苦虫を噛み潰したような顔になっている。あの時の恐怖を脳内再生したのだろう。何せ、2人共リオンの共犯者だったわけなのだから。
ミランダは、もう宝石のように目をキラキラさせて、聞き入っていた。
「やがて、怪盗の奴は、応援を連れて戻ってきたわ。なんと、よりにもよって、ミスリル騎士団を! 何故、怪盗が騎士団と。ハッ、奴らもグルなのか? 場合によっては、天下に名高いミスリル騎士団を相手にもせにゃあならんのかと。その時は覚悟を決めたの!」
うんうんと頷く2人組。
「騎士団の奴らは言ったわ。
『なんて物を! 馬鹿な! 考えられない……こんな魔力が存在するわけが無い……』
無いって言われたって、あるものはしょうがないじゃないの。と思ったんだけど、もうそれどころじゃなくて。支えていた火の玉がズルズルと落ちていく感じで。そう、そうしてる間も、火の玉は魔力、いえ。周辺の魔素を吸収しまくって育っていったわ。もう全く制御できなくて。
高空に浮かぶ巨大な火の玉は、およそ、この国の半分から見えたと言われたわ」
そして、リオンは水筒から水を一口飲んで。
ミランダは、息を飲んで、続きに聞き入っている。
「『ねえ! どうしよう。もう、この火の玉、支えきれないよ』
私がそう言ったら、騎士団の連中は、
『馬鹿者~。死んでも落とすなああ』って。
もう無理。カタストロフィは避けられない。覚悟を決めたわ。もう無理だから、落とす覚悟を。そうしたら、マークが言ったの。
『おーい、リオン。その火の玉はどうして、そんなにでっかくなるんだ?』って」
リオンは隣に座っているマークをちょんと指差した。
マークは肩を竦めて、天に向かって掌を掲げた。
「『そんなのわかんないけど、周りの魔素を吸収して、勝手に成長してるの。どうしたらいい?』って言ったら、マークは、
『なんて非常識な。普通は魔素を体内に吸収してから練り上げて魔力に変換するんだぞ。魔素から直接魔法が作れちゃうなら、無限の魔法力を持ってるのと同じじゃないか。最早、無限の魔女と呼んでも差し支えはないな。元の魔素に分解は出来ないのか?』って。
『無理。このままじゃ、なんにも出来ないよ~』って言ったら、マークが、
『じゃあ、アレにしまっちゃえよ。アイテムボックス。お前が作った魔法だかスキルなんだから、きっと無限のアイテムボックスに決まってる。魔法はイメージさ。お前なら、きっとやれる。なあ無限の魔女様よ』
そして、やってみたら……出来ちゃったのよ。びっくりしたわ」
そう言ってリオンはペットボトルの水を飲んだ。
ふう、とミランダは息を吐いて、尋ねた。
「凄く面白かったあ。でも、その火の玉は結局どこへ行ってしまったの?」
「え? ああ。まだ持ってるわよ。あれ以来、それを使う機会が無くて」
リオンは平然と答えた。
思わず、馬車の壁に向かって、横ずさる会頭。
ジョンソンは堪らずに、振り返り、声をかけた。
「パーティ・リーダーとして命令だ。リオン、間違ってもそれを迷宮の中で使うんじゃないぞ」
「はーい」
まるで、ちょっとお買い物を頼まれた、みたいな軽い返事だ。
そして、なおもミランダが、
「ところで、怪盗はどこへ行ってしまったの?」
「ああ、あれ? あれは……。
ミランダちゃん。ルーベンスを逆さまにに言ってごらん」
「えーと、スンベール。ええっ。 スンベールって、まさか!」
ミランダは、小さな両の拳を口の前において、目を見開いた。
「そう。その、まさかよ。トュリオン王国、第2王子スンベール殿下。殿下は、国内で悪さしてる連中に憤っていてね。半ば王国公認で、ああいう真似をしていたんだけれど、あんな事になっちゃったものだから、国王命令で怪盗ルーベンスは禁止になったみたい。
私はその後、騎士団に吊るし上げられて、シスターが迎えに来てくれるまで長い事帰れなかったわ。帰ってからも、お説教とお仕置きが待っていたし」
「僕達も当然のように、道連れでお仕置きコースだった。でも、国の牢屋にぶち込まれなくて本当に良かった。一生出られなかったかもしれない」
少し顔色の悪いジョニーが言った。
「元の原因がスンベール殿下だったからね。王国もぼくらの事を一方的に責められなかったらしくて。スンベール殿下もとりなしてくれたらしいし。
それと、この国は魔法使いをそれなりに尊んでいて、むやみな干渉はしない風習がある。それが無かったら、危なかったかも。
でもそれ以来、ミスリル騎士団は、リオンの事を無限の魔女と呼んで、目の敵にしてるのさ。まあその後、他にも色々やらかしたのも事実なんだけど」
無限の魔女の命名者も、人ごとのように。
ミランダは楽しそうに、リオンちゃんすごーいと。
ジョンソンは割れるように頭が痛いという風情だったが、これは多分薬では治らないだろう。マークやジョニーを足場にしてよじ登ったガルちゃんが、前足でたしたしとジョンソンの肩を叩いている。
まるで、この先これくらいじゃ済まないからとでも言いたそうだ。
そして、一行を乗せた馬車は、迷宮都市グラシアに向けて進むのであった。




