剣と、盾
礼拝堂は、短時間で実に様変わりしていた。
普段は使用人や神官たちがこまめに手入れを行っているお陰で、城内屈指の美観を誇る民のための空間。それが、今は床や壁が砕け、絨毯には黒々とした染みが広がり、辺り一面を砂埃が舞っている。
新鮮な空気は淀み、代わりに充満しているのは鼻をつく異臭だった。
まさに花も枯れそうなその場所に立っている人間の騎士と、彼の足下の血溜まりに力なく沈んでいる白銀の男。王の視線はそれらにただ注がれている。
イシスは疲労困憊ながらも、まだ自分の力で地に足を付けている。目力も死んではいない。今の今まで自分と切り結んでいた相手をじっと見据えている。
一方ヴェゼヴィーユは不規則なリズムで肺を膨らませている。無防備に全身を天に晒し、それ以上のことは何もしていない。
いや、何もできないのだろう。
半ばから刃の折れた彼の得物が傍に転がっており、それから少し離れた位置に肩口からばっさりと落とされた左腕がある。
斬り落とされてまだ間もないのか、断面から真紅の血が熟れた果物の汁のように流れ続けている。
クラウディアの背後から顔だけを覗かせて、左からローシュが、右からアッタが、同時にものを言い出した。
「あわわ、ヴェゼヴィーユが負けちゃったよ。大変だよアッタ」
「『エルシャダイの剣』が負けたよ。ボクらの手には負えないよローシュ」
「どうしようクラウディア?」
「どうしようノヴリージェ様?」
「……貴方たち、父上の教を忘れたのですか」
振り向きもせずに、クラウディアが凛と言い放った。
それを聞いた子供たちの挙動がぴたりと止まる。
「真に恐れるべきは魂を殺す者。肉体しか殺せぬ者を恐れる必要などありません」
「……貴様は来ないのか。そうやって傍観しているだけか」
もはやヴェゼヴィーユに戦う力はないと判断したのだろう。イシスは彼を放置して剣先を向ける相手をクラウディアへと変えた。
慌ててイシスの視界から身を隠す双子の道化師。
クラウディアは相変わらずの様子で、その冷たい眼差しをイシスに向けた。
「私はヴェゼヴィーユとは違い、貴方ほどの騎士を滅ぼせる力は持っておりません」
全身を鮮やかな紅に染めた白銀の男に一瞬だけ目をやり、すぐに戻す。
「滅ぼせる力はありませんが──その代わりに、あらゆる災禍を払う力があります。
万物を滅する『エルシャダイの剣』と対を成す、万物を退ける『エルシャダイの盾』……それが、ヴェゼヴィーユ同様に私が父上より与えられた役割。それはヴェゼヴィーユのドミヌスとて、例外ではありません」
クラウディアは、イシスが手にしている十字剣を指差した。
「その剣が『十字の刃』かと思いましたが、どうやら見当違いだったようですね。貴方には、私の結界を破るほどの力は備わっていない」
見事な金の巻き毛をふわりと靡かせて、右手で獣の鉤爪を象ったような構えを取る。
人差し指に填められた小さな緋色の指輪が、持ち主の真紅の双眸同様に妖しげな青紫の光を発した。
「──宣言しましょう。貴方は今から、此処で、2度と故郷の土を踏むことなく──眠る。永遠に」




