運命の子供
ドミヌス。
神のみが操る究極の破壊の力にして、グリモワールの始祖とも呼ぶべき力。
神の眷属が操るグリモワールなど足下にも及ばない、全てを滅ぼしうる危険を孕んだ究極の能力。
セーフェルは、それを与えてくれる存在なのだという。
唐突な話だと、イルは思った。
武術の経験も、素質もない、言ってしまえば単なる子供でしかない存在である自分が、何故彼の眼鏡に叶ったのか。
彼は、この土地の人間を見定めていたと言っていた。
ならば、自分よりも、もっと継承するに相応しい人間がいたはずなのではないか。
例えば──そう。数日前に魔王討伐の使命を背負って此処を旅立っていった、イシスのような──
「……何で、オレなんだ?」
イルは素直に、疑問をセーフェルへとぶつけた。
「お前、此処の人間を見定めてたって言ったよな。それなら、オレよりももっとその力を必要としてる人がいたんじゃないのか? こんな、ただの子供なんかじゃなくて」
自分で言うのも情けない話だが、それが正直な意見だった。
例えばイシスにこの力が継承されたなら、彼はきっと英雄になって此処へ帰ってきただろう。ドミヌスというものがどういう代物なのか正確に理解していなかったとしても、その程度のことは分かる。
口ぶりからして、セーフェルはイシスのことも知っているはずだ。何故、彼はイシスを継承者として選ばなかったのか。
「……選びたくても選べなかった。やむを得ない事情があったんだよ」
セーフェルの表情が僅かに曇る。
「彼が救世主だったら、間違いなく彼は伝説になっていただろうね。生身で『エルシャダイの剣』にも勝る人だから。ドミヌスの能力者になった時の姿が想像付かないよ。
──けど、実際に救世主として選ばれたのは、イル・ソリュード……君なんだ」
ひたとイルの目を見据えて、真面目な面持ちでセーフェルは言った。
「人を見定めていたのはぼくだけど、選んだのはぼくじゃない。そこは勘違いしないでほしい。それを証明できるものがないのは謝るしかないけれど、どうか──この現実は受け入れてほしい。君が救世主になる運命の子供だってことを」
静かにイルとの距離を詰め、右の掌を、イルの胸の中央に当てた。
「──ぼくの所有者になった君には、莫大な魔力を持つドミヌスの能力者として3つの能力が与えられる」
ひとつは、武装を編む能力。何もない場所から武器を、防具を己の魔力を用いて形成し、身に纏うことができる。
ひとつは、身体強化能力。生物としての五感が人間のそれよりも遥かに研ぎ澄まされ、筋力が数倍に強化される。
ひとつは、グリモワールを行使する能力。神の眷属が操る能力を、神に匹敵する威力で操ることができる。
人類が魔王と呼び恐れる存在と同等の能力が、与えられるのだ。
「最初は戸惑うかもしれない。でも、君は1人じゃない。ぼくも一緒なんだ。だから、恐れないで。ぼくを、受け入れて──」
イルの喉が小さく鳴った。
急に話を持ちかけられて、すぐに受け入れられるわけではない。今でも、頭の中は困惑で一杯だった。
しかし。イシスでは継ぐことを許されなかった魔王の力が自分にならば扱うことを許されたという事実が、彼にひとつの考えを思い描かせていた。
この力があれば、イシスの助けになることができる。万が一魔王に敗れて行方不明になってしまっていたとしても、それを探し出し、救うことができるかもしれない。
どのみち、このまま都市で隠れ住む生活を続けていただけでは、いつかは神の眷属に発見されて命を落としてしまうだけなのだ。それならば、希望が見える可能性に賭けた方が良いに決まっている。
不安は、あるけれど──
イルは、頷いた。
「……分かった。覚悟を決める。オレも男だからな。イシス兄みたいな、誰かを守れるような立派な男を目指すよ」
「ありがとう」
セーフェルは微笑んで、双眸を閉ざした。
「ぼくの中にあるドミヌスの欠片よ。此処に、新しい主人が誕生した。今こそ目覚めて、その印呪を彼の魂へ。紋となり、契約の証を、此処に──」




