2人の終着点
ある理由から周囲の人々に迫害されていたヴェゼヴィーユと、ラルヴァンダードがまだゼノヴィアという本来の名で呼ばれる人間だった頃。
2人は、理想郷を築かんと世界を闊歩していたノヴリージェと出会った。
ノヴリージェは2人に己の血を与え、神の眷属として迎え入れた。
その後、2人は成長し──
ヴェゼヴィーユはエルシャダイの剣としての地位を、ゼノヴィアは3賢者の1人としてラルヴァンダードという名を与えられた。
2人は、ノヴリージェの教を信奉し、他の一族の者に教を重んじるよう説いて回っていた。
それが、今よりおおよそ200年ほど前のこと。
後にラルヴァンダードは離反し、王都から遠く離れた土地で独自の工房を持ち、人間としての生活を歩むようになる。
表向きは素行の悪い賢者として振る舞いながら。
彼の離反を知る者は、これまでにはいなかった。此処まで顕著化したのは、運命の子供が現れたからだ。
ヴェゼヴィーユには、ラルヴァンダードは乱心したかのように目に映ったことだろう。
そうではないのだ。それよりもずっと昔から、ラルヴァンダードの心は別の領域にあったのだ。
同じ道を歩んできた兄弟として。ヴェゼヴィーユは。ラルヴァンダードは。互いのことを、どのように捉えていたのだろうか──
「おれが此処に残った理由を教えてやるよ。おれは……おめぇに理解してもらいたかったんだ」
ラルヴァンダードは掌中に斧を作り出し、それを構えながら言う。
「ノヴリージェの教を妄信してるだけじゃ本当の意味での未来はねぇってよ。本当の意味での未来を求めるなら、てめぇの意思で歩く道を決めて、歩いてかなきゃ意味がねぇって教えたかったんだ」
「……これ以上の話なぞ無意味。今すぐ黙らせてやろう」
ヴェゼヴィーユは細剣を頭上に放り投げた。
それが回転しながら天井に飛んでいき、ぶつかって床に叩きつけられた時には、ヴェゼヴィーユの姿はその場から消えていた。
──ラルヴァンダードの背後に、移動していた。
「──永遠に!」
背後からラルヴァンダードを羽交い絞めにする。
ラルヴァンダードよりも細身の腕が有する力は、ラルヴァンダードが身じろぎした程度では外れないほどに強いものだった。
そして。
ヴェゼヴィーユは、剥き出した牙をラルヴァンダードの首筋に深々と突き立てる。
肉を食いちぎらん強さで顎を吸い付かせ、流れ出る血を、啜り取っていった。
「…………!」
ぐらり、と視界が回転し、ラルヴァンダードはよろけて片膝をつく。
何とかヴェゼヴィーユの顎を外そうともがくが、体勢的に無理があるせいか、上手く相手の顔を掴むことができない。
力が抜ける。指先の力が緩んで落ちた斧が、実体を失って無に還っていく。
……イル。
霞掛かった意識の中に、少年の顔が浮かぶ。
すまねぇな。
消えていくその顔に向けて小さく謝罪の言葉を述べて、ラルヴァンダードは両手の先に意識を集中させた。
現れたのは、一振りの両刃剣。騎士が好んで使いそうな、立派な作りをした業物。
彼は、それを逆手に構えて。
「………… おれは、違うから分かり合えないなんて思いたくはねぇ」
震えて狙いもろくに定まらない剣先を、自らの胸に打ち込んだ。
背後にいるヴェゼヴィーユもろとも。
「分かり合おうとする奴だって、いるんだ。おれらが分かり合えねぇなんて、そんな馬鹿な話……あるわけねぇだろ」
心臓を貫かれ、繋がり合ったまま、2人は背後の壁にもたれかかるようにひっくり返る。
ヴェゼヴィーユの顎の力が弱まり、首から外れる。
胸から。首から。
傷口から血が流れ出ていくにつれ、生命そのものがこそぎ取られていくような脱力感に蝕まれていく。力と共に意識も失われていくのを感じながら、ラルヴァンダードは呟いた。
「……なあ……おれら……いつから、こんなになっちまったんだろうなぁ……」
ヴェゼヴィーユの反応はない。
心臓を潰されたのだ。もはやそうできるだけの余力は残っていないのだろう。
そもそも、この台詞自体がラルヴァンダードの独り言なのか。彼は相手の反応を待つこともなく、言葉を続けた。
「おめぇも……無理矢理背筋伸ばして頑張り続けて、疲れたろ? ……もうやめようぜ。虚勢張ったところで……意味なんてねぇんだ。我慢する必要もねえ……泣きたきゃ、思いっきり泣きゃいいさ。遠慮はいらねぇよ」
「…………」
辛うじて動く左腕でヴェゼヴィーユを肩越しに優しく抱き寄せると、右手でその後頭部を何度も撫でた。
「これからは……おれが聞いててやるからよ。おめぇが言いてぇこと全部、隣にいて受け止めてやるから。ずっと……な。だから安心しろよ……兄貴──」
「…… …………」
ヴェゼヴィーユの唇が僅かに動く。
彼の言葉は、ラルヴァンダードには届いたのだろうか。
ラルヴァンダードは、深く深く息を吐いて、全身を背後に預けて、ゆっくりと目を閉じた。




