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兄と弟

「…………」

 独り取り残されたイルは、戸口に手を添えたまま俯いた。

 何故、いきなりラルヴァンダードが怒ったのかが分からなかったのだ。

 オレ、何かしたっけ……?

 考えるが、思い当たるふしがない。

 室内の様子を覗き込むと、2人は互いに睨み合ってグリモワール攻撃の応酬を繰り広げている。完全にイルのことは蚊帳の外に追い出して、2人だけの世界に没頭している様子だった。

 ラルヴァンダードは、強い。例えエルシャダイの使徒が相手だったとしても、そう簡単に倒されるようなくちでないことは承知の上だ。

 しかし、いくらそれを頭で理解はしていても、実際に彼を此処に残して自分だけ先に進めるかどうかは別の問題だった。

 イルには、彼を置いて先に進むことなど、できるはずがなかった。

 嫌だったのだ。これ以上、仲間を犠牲にして自分だけ先に進むのは。

 ……絶対に、此処から動くもんか。中に入れるようになるまで──あいつが此処から出てくるまで。絶対に。

 イルは壁に背を付けてその場に腰を下ろした。

 本当は、此処で油を売っている場合ではないのだろう。囚われているセーフェルは、イルが来るのを待っているのだろうから。

 ……ごめん。セーフェル。オレは……

 眼前に聳え立つ塔の最上階に目を向けて、イルは小さく謝罪する。

 そんな彼を、月は、まるで孤独を強調するかのように静謐とした白い光で照らしていた。


 グリモワールの一撃を受けて、次々と外装が剥がされて破壊されていく壁や天井。

 このまま衝撃を与え続けていたら、いくら頑丈な建物とて、ただでは済まないだろう。

 そんなことなどお構いなしとでも言わんばかりに、グリモワールの応酬を続けるヴェゼヴィーユとラルヴァンダード。

 一撃を受けて負った傷から血を流し、骨を痛め、それでも両者共に地に落ちることなく立ち続けている。

 それは、各々が抱く矜持が為す所業わざか。

 薄く笑みを零し、ヴェゼヴィーユは剣を構え直した。

「ラルヴァンダード……何故王に逆らう。王の教こそ理、全てだと誰よりも熱心に説いていたのは他ならぬお前だっただろう」

「……ああ……確かにそんな時期もあったっけなぁ……」

 ラルヴァンダードもまた笑った。

「でも違ぇんだよ。今だったらハッキリ言えるぜ」

 手中に生んだ雷の玉を、ヴェゼヴィーユに向けて投げ放つ。

 急激に帯を伸ばして蛇のように飛来する白紫の光を、ヴェゼヴィーユは剣で無造作に斬り捨てた。

「ノヴリージェの教は救いでも何でもねぇ。単に人類を許さねぇ、それだけだ。憎しみじゃ何も救えねぇんだよ……てめぇもいい加減現実から逃げてねぇで前見ろや」

「まだ言うか!」

 ヴェゼヴィーユが突進する。

 細剣を真横に振り抜きながら、右手に生んだ光を放つ。

 光は剣戟を回避したラルヴァンダードの左の頬を掠め、薄く焼き跡を残していった。

「何が悪いんだ。……ふん、本当はてめぇも単なる信仰心だけでノヴリージェにくっついてるわけじゃねぇんだろ? おれには分かる」

 ラルヴァンダードはヴェゼヴィーユの顔をひたと見据えて、言った。

「てめぇは……自分の恨みをノヴリージェの教に重ねて見てるだけなんだ。本当は──教なんざどうでもいいんだろ? 自分をこんな風に追い詰めた人間を皆殺しにできりゃ、復讐できりゃ何だって良かったんだ。違うか?」

「────」

 ヴェゼヴィーユの顔から、火が消えるように一瞬にしてふっと表情が消えた。

 そして、

「──貴様に、私の何が分かる──!」

「分かるさ」

 細剣を払い除け、ラルヴァンダードは浮かべていた微笑をやや淋しげな微笑へと変えた。

「おれは──おめぇの弟だから。いつも一緒にいて、おめぇのことを見てたからな」

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