落日の使徒
「ヴェゼヴィーユ様」
惨い有様の執事を見下ろして、ホルミスダスは言った。
「貴方は、もう、御公務からは離れて静養されるべきでは」
「ホルミスダス……」
今にも消え入りそうな細い声で、ヴェゼヴィーユは賢者の名を呼んだ。
血塗れの左手を差し伸べて、続ける。
「……私は、立ち止まるわけにはいかんのだ……何としても、奴らに断罪を……」
ヴェゼヴィーユの手を掴もうと伸べられたホルミスダスの手を掴み、彼はホルミスダスを自らのところへ引き寄せた。
咄嗟の出来事で受身を取れずに倒れるホルミスダスの襟首を引っ張ってはだけさせ、露わになった首筋に、喰らいつく。
「!?」
ヴェゼヴィーユが為した予想外の所業に目を見開くホルミスダス。
首に喰い付いたヴェゼヴィーユを引き剥がそうともがくが、予想以上に強い顎の力は肉をしっかりと挟んで離そうとしない。
血が、吸われる。力が、抜けていく。
「……ヴェゼ、……」
──最後の1滴までもを吸い尽くし、動かなくなった賢者の身体を横に押し退けて、ヴェゼヴィーユは起き上がる。
損傷の酷い彼の肉体は、未だに新鮮な血を流し続けている。このままでは、今吸ったばかりの力を垂れ流しにしてしまうのは明らかだ。
胸の傷を掌で塞ぎながら、彼はイルたちが消えていった中央塔の上層に目を向けた。
今から追いかければ、途中で追いつくことはできるだろう。
だがそのためには、力が、足りない。
「……血を……」
半ばうわ言のように呟きながら、ヴェゼヴィーユはふらふらと中央塔に向けて歩いていく。
赤く影の差した彼の視界には、もはやまともにものは映っていない。
獲物か、否か。その程度の認識しか、できなくなっていた。
「……終わりですわね」
賢者の最期を感じ取ったクラウディアは、呟いた。
「同族殺しを行った者を慈悲のみで生かしておく理由など、ありません。彼は私が処断します」
玉座の方にちらと振り返り、問いかける。
「構いませんわね? 父上」
「……それもまた、運命か」
セーフェルが座したままの王の御座。その何処からか、ノヴリージェの低い声が聞こえてきた。
ノヴリージェは溜め息をつく。
「熟れた果実を取り除くのは、運ばれてくる死を若き実へと移さぬため。必要なことであるとはいえ、何と空しきことか」
「一族のためには必要なことですわ」
クラウディアは右手を軽く振る。
その手中に、黒い羽根を束ねて形にした扇のような道具が出現した。
「父上は、どうぞそのままで。悪しき麦は私が全て刈り取って差し上げましょう」




