力に溺れた者
「……やった、のか?」
「ああ。でもまだだ」
腹を庇って片膝をつくヴェゼヴィーユを見下ろして、ラルヴァンダードは冷静に言い放つ。
「完全にとどめを刺さねぇ限り、こいつはしつこく追って来る。プライドの塊みてぇな奴だからな」
剣を構えようとするイルを片手を挙げて制し、言った。
「此処はおれに任せて、おめぇは先に行け」
「え? でも……」
「こんな死に損ない、おれ1人で十分だ」
おれを信用してくれてるんだろ?と、目を向けられて。
イルは、頷くしかなかった。
中央塔に入っていくイルの背中を見送り、ラルヴァンダードは左手を前方に翳す。
手中に巨大な斧のような得物を喚び出して、彼はヴェゼヴィーユを静かに見つめた。
「今更下手な言葉はいらねぇだろ。大人しく眠ってくれ」
「…………」
ヴェゼヴィーユの肩が小さく震えた。
背中が、不自然に盛り上がり──
燕尾服を突き破り、何かが大きく形を広げる。
それは──巨大な黒い翼だった。
蝙蝠を彷彿とさせる、美しい曲線を描いた形状。しかし何故か左側の翼だけが不自然に小さい。
ラルヴァンダードの目が丸くなる。
「おめぇ……その翼」
「……私は、敗れるわけにはいかない」
ヴェゼヴィーユが立ち上がる。
翼を広げ、剣を構え、今にも倒れそうな佇まいで、それでも懸命にラルヴァンダードを見据えていた。
「アイリスから受け継いだ力を賭けてでも、貴様は、此処で、処断する──ラルヴァンダード!」
「まさか……喰ったのか!? 同族を!」
ヴェゼヴィーユが自身の能力を用いて力を手にしたことを、ラルヴァンダードは悟る。
ヴェゼヴィーユの能力──他者を喰らい、その魂を己の力として取り込む吸血鬼としての能力だ。
同族殺しを御法度とする神の眷属の間では、決して使われることのない禁断の能力。それを、ヴェゼヴィーユは使ったのである。
そこまでするほど力に飢えているのかと、ラルヴァンダードは奥歯を噛み締めた。
同族殺しなど、ラルヴァンダードにしてみればどうでもいいことではある。しかしそれでも、無視できないことはある。
それは。
「てめぇ……教を重んじるエルシャダイの使徒が教を破ってまで力を手に入れて、それで満足なのかよ!」
「殺してやる……必ず! この手で!」
「────!」
完全に狂っている。
ラルヴァンダードは斧を振りかぶり、力任せに相手へと叩き付けた。
胸の中心を割られて、血を吐き出しながら仰向けにヴェゼヴィーユが倒れる。左手から剣がすっぽ抜けて、具現力を失い、霧散していった。
動かなくなったヴェゼヴィーユの修羅のような顔を見下ろして、ラルヴァンダードは呻く。
「プライドに縋るあまり、壊れるか……そうまでして力に拘って、満足なのかよ。てめぇは」
唇を噛み、踵を返して彼は中央塔へと足を踏み入れた。




