王の間
王の間。
玉座の間、とでも称するべきか。ひたすらに広いその空間には、王が座るための椅子以外の家具が一切存在していなかった。
左右対称に誂えられた、美麗な彫刻が施された白い壁を、設置された燭台の山吹の炎が照らしている。
中央に敷かれた臙脂色の絨毯は、入口から玉座がある上座までをまっすぐに繋いでいる。
その両脇に等間隔に配置された壁と同じ色の柱は、まるで王への謁見者を見守る衛兵のようだった。
玉座に、求めている王の姿はない。
その代わりに、小さな何者かが、人形のように力なく首を項垂れてそこに座していた。
丸く切り揃えられた金髪に、純白の法衣。
遠目からでも、それが誰なのかはイルにはすぐに分かった。
「セーフェル!」
名を呼んで、駆け出す。
その後を、王が不在なことを訝りながらもゼノヴィアが続く。
セーフェルは、イルの呼びかけに全く反応を示さなかった。肩を揺すってみても同様だ。
生きたまま魂だけが抜き取られてしまったかのように、くたりとしたままだった。
「ゼノヴィア、セーフェルが……」
「マグスの言葉は本当だったか」
「!」
後方からの声に、振り返る2人。
今し方彼らが入ってきた入口に、白い燕尾服を纏った銀髪の執事風の男が佇んでいた。
右手にメイド姿の少女を従え、左手に漆黒のドレスを纏った金髪の女性を連れている。
「……ヴェゼヴィーユ、クラウディア……!」
ゼノヴィアは小さく舌打ちした。
「王はこちらにはおられない。嫌な予感がしたのでな……まさか、本当に此処まで来るとは思わなかった」
ヴェゼヴィーユはゆっくりと2人との距離を詰めながら、左手を横に翳した。
掌中に細身の剣を召喚し、それを構えながら、言う。
「だが──此処までだ。私は2度と愚を冒さん。次なる愚者が現れんように、此処で芽は摘む」
「…………」
俯くゼノヴィア。拳がきゅっと強く握られる。
イルは大剣を喚び出して、構えを取った。
ゼノヴィアが漏らした名前から、あれがエルシャダイの使徒であろうことはすぐに判断ついた。目的の人物でないことは残念だが、いつかは戦わなければならない相手ということに変わりはない。それならば今此処で戦おうが同じことである。
何より此処にはセーフェルがいる。この場で撤退するという選択肢は、イルの中には存在していなかった。
イルは壇上から駆け下りた。
剣を振り上げ、ヴェゼヴィーユとの距離を一気に詰め、
──後少しというところで、何かに足を取られて盛大に転んでしまった。




