高校生ユーリ~3年生~終
退院したユーリは、友人のメイとともに公立看護専門学校の、最後の日程の入試を受けました。
奨学金を借りて、提携先の病院で3年間勤務すれば返さなくてもいい制度のある学校です。
ユーリは、メイと一緒に専門学校に通えるんだなぁと、思っていました。
しかし今度は、メイが落ちてしまいました。
ユーリは一人で、公立看護専門学校に進むことになりました。
合格が決まったのは、卒業式の前日でした。
入学した時に買ってもらった白い携帯電話は、傷がついて塗装もところどころ剥がれ
バッグも使い古され
毎日着てきた制服とも、今日でお別れです。
「ふぅー・・・」
卒業式の朝、ユーリはクラスで一番に登校しました。
みんなが来る前に、教室を、大好きだったこの学校を、目に焼き付けておきたかったのです。
ユーリは教室の後ろに並んでいる、生徒用のロッカーの上に座りました。脚をぶらぶらさせます。
黒板に書かれた『卒業おめでとう』の文字が、ぼやけてよく見えません。
(いろんなことがあったなぁ・・・いろんな友達、できたな)
(この学校に来て、自分のこと、ちょっとだけ好きになれた気がする)
(この高校を選んでよかったなぁ・・・)
「あれ?咲野来るの早くね?」
急に声をかけられ、ビクッとして振り向くと、開いたドアから水野君が入ってきていました。
「み、みっみみずのくん、こそ・・・は、は・・・やい、よ」
「んー。なんか早く起きちゃって」
水野君は自分の席に鞄を放り投げると、よいしょとユーリの横に座りました。
(・・・水野君。文化祭で気にかけてもらったし、おごってもらったし。お礼、ちゃんと言ったかな)
「あ、あああああ、の」
「あのさ」
ユーリが必死で言葉を紡ごうとしていると、黒板を見たままで水野君が口を開きました。
「・・・・な、に?」
(まあ、またあとでお礼言おう・・・)
とりあえず、聞く姿勢に入ります。
「・・・咲野ってさ。偉いよな」
「え?」
思ってもいなかった言葉が、飛び出してきました。
「いろいろあるんだろうけどさ、ちゃんと周り見て話も聞いて、気遣いできて、何事にも一生懸命で。なんか、そんなにあれこれ頑張らなくていいんじゃねーの?って俺いっつも思ってた」
(違うよ・・・頑張らなきゃ、生きていけないんだよ。みんなが普通にできること、できないから・・・)
「はっきり言って咲野って器用じゃないよな。でも丁寧だよな。社交的じゃないけど愛想はいいし。無口だけど根暗じゃねえし」
(・・・何が言いたいんだろう?間違ってないから心が痛いや・・・頑張っても私はそうなんだもん・・・)
黒板を見たままの水野君からは、ぐさぐさ刺さる言葉と包帯のように優しい言葉が次々出てきます。
「俺さ。そんな咲野が・・・好きだよ」
(・・・・・・うん?)
今聞こえた言葉に、ユーリは瞬時に固まりました。
「え?み、みずのく、え?」
「あーもう!やめたやめた!」
水野君はロッカーから降りると、座ったままのユーリに向き合いました。
教室には、人が来る気配はありません。
「え、だだだだだだだってはっはっはははははは早くおおおおおおおおおきおき起きたからって、え」
「そんなの嘘。咲野がいっつも早めに来てるの知ってたから、待ってようと思っただけだよ!」
(え?え?え?)
ユーリは大混乱です。
「俺は、優しくて不器用な咲野ユーリが好きだよ。でも俺、明日にはこの町出て大学の近くに越さなきゃいけないし。凄い遠いし。だから遊んだり飯行ったりはできない。3ヶ月後には留学決まってるから、そのうち連絡も取りづらくなる。だから・・・付き合ってくれって言えない」
「う、ん・・・」
「付き合ってくれって言ってokもらえても辛いし、断られるのも辛い。すっごいワガママかもしれねえ。でも俺が、水野大雅が、お前のこと好きだったって。それだけ知っといてくれ」
『そのままのあなたを見て大事にしてくれる人が、世界には絶対に存在するから』
鵜森さんの葬儀の日、おばさんに言われた言葉が、脳裏に浮かびました。
「お前、自分に自信ないだろ。自分のこと嫌いだろ。咲野、俺のこと凄いってよく言ってくれたよな、羨ましいって言ってくれたよな。なんか何言いたいのかよくわかんなくなってきたけど、俺の好きな子のこと、嫌いとか言うなよ」
ユーリは、黙って、頷きながら聞いています。心なしか、顔は赤く。
水野君は、顔真っ赤です。
がやがやと、人が来そうな気配がしてきました。
水野君はパッとユーリの手を掴むと、折りたたんだ紙をユーリの手に押しこみました。
「でも、どうしても、お前が辛くて自分のこと嫌になっちゃったら・・・俺でよければ、聞きたいから。咲野の助けになりたいから。知りたいから、咲野のこと。・・・気が向いたらでいい。連絡、欲しい」
ここまで言うと、水野君はぽけっとしたユーリを残し猛ダッシュで教室を出て行きました。
「あ、ユーリおはよー」
「なんでそんなとこ座ってんの?」
「顔赤いよ?体調悪い?最後の日なのにー」
数分後、E組の仲良し組が教室に入ってきました。
「う、ん。ううん!だ、だだだだいじょうぶ、なんでも、ない!!」
ユーリはポケットに紙を押しこむと、みんなの話の中に入っていきました。
涙、涙で卒業式を終え。
最後のホームルームを終えて、みんなで写真を撮りました。
水野君は、遅刻ギリギリでもいつもと同じくらいに教室に戻って来て、普通にはしゃいで過ごしていました。
そしていよいよ最後の下校。
後輩から抱えきれないくらい大きな花束やプレゼントをもらい、ユーリ達は学校の外に出ました。
「短かったね、3年間」
「ほんと。昨日入学した感じがするのに」
「ごめん楓、それはないわ」
「えー?ユーリは早いと思うよねー?」
「いいい、いい一瞬だった・・・」
美紀、香澄、とっこ、楓、紅葉、ユーリ。
6人で門の前で輪になり、手がふさがっているので、頭をこつんっとみんなでぶつけあいます。
「なんか、明日も普通に会えるみたい・・・ダメだ私泣きそう」
「わ・・・たしも・・・」
「やめてやめて我慢してるんだから!」
「じゃあ、みんなでせーので言おうよ。いい?せーのっ!」
「「「「「「バイバイ、元気でね」」」」」」
昨日までは、「バイバイ、また明日ね」だったのです。
当たり前のように会えていた毎日は、今日でおしまいなのです。
涙をこらえて、ユーリは帰りの電車に乗りました。この駅とも今日でお別れ。
一人になったので、ユーリは水野君に押しつけられた紙を取り出し、開きました。
渡された時はわかりませんでしたが、水色の、水野君らしいさわやかな色合いのメモ。
『番号とメールアドレス。いらなかったら捨ててくれ
お前のこと好きなの本当だから
どこ行っても俺はお前の味方だから
だから 自分のこと嫌いになるなよ』
(私のこと不器用不器用って・・・どっちがよ・・・)
ふふっと笑うと、ユーリはメモを手帳に大事に挟みました。
家族親類以外で、初めて、自分のことを好きだと言ってくれる人に出会いました。
水野君のことを、ユーリは特に意識したことはありませんでしたが、それでも、
また少し、自分に自信を持てるようになろうと思った、気がしました。




