剣術の世界の剣一筋の娘
剣術の町。そこで八百刃は、新たな決意を手に入れる
『お前の剣術は、一応、百爪が教えている百流の源流だったな』
白牙の質問にヤオンが頷く。
「正確に言うと、あちきがセーイに教えていたのを真似してただけなんだけどね」
呆れた顔をする白牙。
『困った奴だ。そういえば、おまえ自身は、我流だったのか?』
ヤオンは、今度は、首を横に振る。
「一応、神名者になる修行の時は、無刃刀って過去の戦神の技を習ったよ。因みに今、あちきの代わりに戦神を纏めている蒼貫槍は、紫術剣って過去の戦神の技がメインだった筈だよ」
『その違いは、何なんだ?』
白牙の質問にヤオンが答える。
「無刃刀は、術でなく武器を使った技がメインで、紫術剣は、術を使って強力にした武器を使うって違いがあるの。取り敢えず、あちきの剣は、そんな戦う技術を実践で鍛えた神の技をベースに更に磨いた物で、まあ、技術で人の剣術には、負けないよね」
周りを見ると、最後の一人も道場の畳の上で気絶している。
ヤオン達は、今、剣術が盛んな世界の剣術道場が立ち並ぶ町の有名道場に居た。
『それで、これでどうやって、この町に居るだろうお前の分身を調べるのだ?』
白牙の言葉にヤオンが答える。
「長々と技術的な事を言ってたけど、最終的に物を言うのは、戦いの流れを見て、チャンスを見つけるセンスとそこを突く覚悟。あちきと同じ八百刃の分身だったら、それがあるだろうから見てたんだけど……」
白牙が猫の姿で器用に肩を竦めて言う。
『この道場には、居ないみたいだな』
そんな時、最初に挑んできた少女が立ち上がる。
「まだまだ!」
そういって、木刀で切り込んでくる。
ヤオンは、頬をかきながら半歩だけ下がり、空かすと自分の持つ木刀を首筋に当てる。
「実力の差は、解るよね?」
悔しそうにする少女。
「絶対に、勝つ。今は、無理でも修行して、絶対に勝つ。お前の名は、何だ! 僕の名前は、バイだ!」
「ヤオンだよ。暫くは、ここら辺に居ると思うから、好きにして」
そのままヤオンと白牙は、その道場を後にした。
その後もヤオン達は、幾つかの道場破りをした。
「なかなか、みつからないなー」
名物の蕎麦を食べながら呟くヤオンに蕎麦の付け合せのおしんこを器用に食べながら白牙が言う。
『この町にお前の分身の気配があるのは、確かだ。だが、前から疑問に思って居たのだが、どうして近づくと解りづらくなる。まるで故意的に気配を誤魔化している節すらあるぞ』
ヤオンは、視線をずらすので白牙が睨む。
『心当たりがあるんだな?』
ヤオンは、あさっての方向を見ながら答える。
「ほら、この分身って白牙達に隠れて、卵料理を食べに行く時の技術の応用なの。だから気配をわざと残留させて発見しづらくする様に細工してあるの」
爪を伸ばす白牙。
『お前は、本気で下らない事に労力を使いおって! お前がそんなんだから余計な苦労が増えるんだ!』
ヤオンは、引きながら言う。
「でも、分身作りの基礎が出来てたから、なんとか脱出できたんだよ。そうじゃないと極無神を倒した世界からの脱出が難しかったんだから」
白牙が、舌打ちしながら言う。
『仕方ない。しかし、元に戻ったら、その分身技術は、封印だからな!』
そんな会話をして居た時、数人の男がヤオンを囲んでいた。
「お前が、近頃道場破りをしている奴だな」
「そうだけど、仕返し?」
ヤオンがあっさり言うと、男達の中から一人の少女が現れる。
「いえ、対戦をお願いに来ました。私の名前は、ヤーリア」
「良いよ」
ヤオンは、あっさり受け、外に出ると、構えあってからテレパシーで白牙に言う。
『彼女、良いセンスもってるよ』
『本当か?』
白牙の言葉にヤオンは、頷き続ける。
『こっちの間合いを確り見て、そして戦いの流れを確りと把握している』
そう言いながら小さな隙をいくつか作るとヤーリアは、僅かの動きでその隙の一つを狙った気配を放つ。
ヤオンは、敢えて無視すると、ヤーリアの視線が更に鋭くなる。
重苦しい雰囲気。
先に動いたのは、ヤーリア。
重苦しい緊張に先に折れたのが彼女だったのだ。
隙を敢えて避け、手の先を狙った牽制の動きだ。
ヤオンは、その甘さを突き、一気に相手の木刀を絡めとり、弾くとそのまま喉元に木刀の先を当てる。
「まだ、やる?」
ヤオンの言葉にヤーリアが首を横に振る。
「お見事です。何処でこれ程の技を?」
ヤオンは、苦笑する。
「殆ど仙人の修行の一環みたいなものでね」
この世界には、地球で言う所の仙人が居るのでそう説明すると驚くヤーリア。
「仙人様なのですか?」
ヤオンは、肩を竦めて言う。
「違います。あちきは、俗世を捨てられない未熟者ですから」
周りの人間もそれで勝手に納得する。
『嘘つきめ』
白牙の言葉にヤオンは、少しだけ悲しそうな顔をしてテレパシーで答える。
『本当だよ。俗世への想いがあるから、あちきやオーバやここの分身みたいのが生まれるんだよ』
白牙は、何も答えない。
「それでしたら、私の父が師範を勤める道場に食客として来ていただけませんか?」
ヤーリアの言葉にヤオンは、首を横に振る。
「すいません。あちきは、これからも色んな道場を回り、貴女みたいに優れた才能を持った人間を探さないといけないので」
「そうですか……」
残念そうな顔をするヤーリア。
その夜、宿屋で白牙が言う。
『昼間のヤーリアって奴は、中々いい筋をしていたな?』
ヤオンは、頷く。
「もしかしたら、分身かも」
その答えに、白牙が言う。
『だったらどうして、直ぐに確認しなかった?』
ヤオンは、窓から外を見て言う。
「まだ、この町を探し終えてないからね。確実にいかないと」
そして道場巡りを続けるヤオンの前に、バイが現れた。
「ヤオン、勝負だ!」
呆れた顔をする白牙。
『付き合うのか?』
苦笑しながらヤオンがテレパシーで答える。
『約束だからね』
木刀を構え合う二人。
『どうだ、少しは、変わったか?』
白牙の質問にヤオンが難しそうな顔をする。
『うーん、技術や肉体的には、成長は、見られるけど、それだけ』
「チェストー!」
気合を放ち、突っ込んでくるバイ。
ヤオンは、それを僅かにかわし、再び首筋に木刀を当てる。
「解る。貴女の剣は、真直ぐすぎる。それじゃ、戦いを本当に知るものには、勝てないよ」
悔しそうにするバイだったが、真直ぐな目で答える。
「また修行して、絶対に勝ちます!」
そのまま去っていくバイ。
苦笑するヤオンと白牙であった。
道場回りも終盤。
「今の所、ヤーリアが一番可能性あるね」
『これ以上、無駄な時間を使う訳には、いかない。さっさとやったらどうだ』
割り切った態度で言う白牙に少しだけ困った顔をするヤオン。
そんな時、騒ぎが聞こえた。
「何だろう?」
気になってヤオンが騒動の元に向かった。
そこは、ヤオンが最初の方に回ったバイが居た道場だった。
「この道場は、今日から、私の道場の支部になってもらいます」
ヤーリアの言葉にバイが反論する。
「断る、僕達には、僕達の剣術がある!」
その言葉にヤーリアが強い眼差しで告げる。
「剣術は、勝つ事が全て! 弱い剣術に存在価値は、無いわ」
それを聞いてヤオンと白牙が顔を見合わせる。
そして、バイが言う。
「そこまで言うんだったら、勝負だ!」
バイの言葉に余裕の表情でヤーリアが答える。
「望む所です」
勝負は、始まり、直ぐに終った。
バイは、何時もの様に突っ込み、あっさり痛打を食らった。
「これで解ったでしょ?」
ヤーリアの言葉に、バイは、首を振る。
「まだまだ!」
バイは、立ち上がり木刀を構える。
舌打ちをするヤーリア。
「実力差も解らないなんて、何て低能なの!」
その後、何度も何度も痛打を食らうバイ。
それでも、バイは、諦めない。
「いい加減に解りなさい! 幾らやっても貴女の剣は、私には、通用しないって事を!」
バイが立ち上がり答える。
「まだだ! 僕は、諦めない! 諦めない限り、可能性があるんだ!」
そして放ったバイの一撃は、スタミナをなくしていたヤーリアの木刀を弾き、そしてその急所に木刀の先を当てた。
「僕の勝ち……」
そのまま気絶するバイ。
「なんなのよ、最後に一度勝ったからって、どうだというのよ!」
「たった一度でも負けた。それが真実。彼女の剣術には、意味があるって事だよ」
ヤオンの言葉にヤーリアが悔しそうに言う。
「しかし……」
ヤオンは、バイを抱え上げて言う。
「弱い剣術には、意味が無い。それは、弱者を否定する事。それは、より強者による否定をも認める事。ここであちきが、貴女を破ったら、貴女の剣術の意味が無くなるわよ」
怯むヤーリア。
近づこうとしたバイの道場の面子に白牙が力を放つ。
彼等を中心に回りに居た人々の意識に空白が生まれ、その間にヤオンと白牙がバイを連れて、その場を離れた。
「剣術って凄いですよね。頑張れば頑張る程、その成果が出てくるんですから」
バイの言葉にヤオンが頷く。
「何か積み上げていくって良い事ですよね?」
続くバイの言葉にもヤオンは、頷く。
そして、バイが言う。
「そんな積み上げが出来る世界を護らないといけないんですよね?」
白牙は、答えられない。
苦笑し、バイがヤオンに手を差し出す。
「貴女と会った時から少しずつ思い出して居たんですよ。でも、僕は、僕でありたかった。だけど、今日、はっきりしました。努力する弱者が報われないといけない」
ヤオンは、その手を掴み、八百刃の力を流し込み、そして一つになる。
「ずっと忘れて居たのかもしれない。成長する悦び。それは、弱者だけの物かもしれない。でも、それがあるから弱者は、強者になれる。全てが強者で居られないからそれを護る為にあちきが居る。それが実感できて凄く幸せでした」
それは、ヤオンでもバイでも無い、八百刃の言葉。
そして、次の八百刃の分身を求めてこの世界をあとにするヤオンと白牙であった。