平和な世界の普通の姉妹
八百刃メインのお話、中身は、見てのお楽しみ
吹雪が吹き荒れる雪山に一匹の子猫の姿をした者が居た。
彼の名は、白牙、嘗ては、最上級神の一人、八百刃に仕えていた、八百刃獣の中でも中心的な存在であった。
しかし、そんな彼は、たかが自然の驚異に、その存在を脅かされていた。
『俺もここまでなのかもしれないな……』
意識が遠のくのを感じる中、小さな明かりが、白牙に近づいていた。
ポニーテールの少女が駆け寄ってきた。
「ヤユン! この子、死に掛けてるよ!」
その少女の顔を見て、白牙は、驚いた。
『ヤオ……』
その言葉を残し、意識を失う白牙だった。
白牙が次に目を覚ましたのは、暖かい暖炉の前だった。
「お目覚め?」
そういって微笑みかけて来たのは、先程の少女であった。
『……違う。ヤオでは、無い。やはり、弱っていたから間違いえたのだろう』
普通の人間には、聞こえない心の声に少女は、反応する。
「何で知ってるの、あちきがヤオンって名前な事?」
首を傾げる少女に白牙が暫く考えてから答える。
『いや、単なる人違いだ。俺は、ずっとヤオって名前のガキを探している』
「飼い主なの?」
ヤオンの素朴の質問に思いっきり嫌そうな顔をする白牙。
『まあ、立場上は、そうだが、周りの人間に言わせれば、俺の方が保護者に見えたそうだ』
「それなのに、どうして別れてしまったの?」
ヤオンの質問に白牙が遠くを見る視線をして答える。
『全ては、ある愚か者の暴挙から始まった……』
それは、人にとっては、遥か過去の話。
当時は、八百刃を含む、六柱の最上級神によって、世界の統制を取れていた。
そんな中、愚かな者達が生み出した全ての世界を食らう、最悪の神、極無神によって、最上級神の一柱、影星命神、月桜玉が滅ぼされた。
極無神を倒すため、八百刃が封鎖世界を生み出し、隔離された。
そして、極無神によって失われた多くの世界を補填する為、最上級神の一柱、大地神、白老杖がその存在の全てを消費した。
こうして、六極神とも呼ばれた安定政権の力が半減した。
八百刃様の代わりに蒼貫槍が戦神の長に就いたが、同時に反勢力も三人の最上級神を生み出す事と成る。
六極神の残り、時空神、新名、大天神、天包布、大海神、金海波、蒼貫槍が構成する聖四角と八百刃に恨みを持つ邪神、紫縛鎖が一角を成す魔三角の七柱による、七極神時代の始まりである。
そんな中、自分達に流れ込む僅かな力から、八百刃の存在を信じ、幾多の八百刃獣が捜索を続けて居たのであった。
『俺もそんな一刃だ』
白牙の説明にヤオンが驚いた顔をする。
「神様の世界も大変なんだね」
そんな所に、ヤオンに良く似たロングヘアーの少女が現れる。
「ヤオン、猫さんの様子は、どう?」
ヤオンは、嬉しそうに答える。
「大分、良いみたい。それより、この猫さんは、白牙って名前らしいよ」
首を傾げる少女。
「どうして解ったの?」
「教えてくれたの」
ヤオンの答えに白牙を見る。
『思念で直接会話しているのだ』
白牙が心の言葉で答えるが、その少女には、通じない。
「とにかくに、もうすぐご飯だから、手伝って」
「はーい」
ヤオンが元気に返事をして手伝いをはじめる。
少女達とその両親の四人は、神に祈りを捧げた後、食事を開始する。
「卵料理が食べたかった」
ヤオンの言葉にその双子の姉でもある、ロングヘアーの少女、ヤユンが呆れた顔をする。
「ヤオン、我侭言わない。この時期は、町まで買い物に行くのは、無理なんだからね」
父親が楽しそうに言う。
「ヤオンは、本当に卵料理が好きなんだな」
ヤオンが強く頷く。
「うん、だってヤユンが作る卵料理って本当に美味しいんだもん!」
「お世辞言っても駄目だからね」
ヤユンが突っ込む。
「ヤオンは、お母さんが作った料理は、要らないの? 要らないんだったら、そこの子猫ちゃんに全部あげるわよ」
お母さんの言葉にヤオンが慌てる。
「駄目! あちきも食べる」
笑顔が絶えない食事風景を白牙が寂しい目で見ていた。
その夜、ヤオンの寝室に連れ込まれた白牙。
「今夜も寒いから一緒に寝ようね」
ベッドの中で抱きつかれて困った表情になる白牙。
しかし、直ぐにヤオンが寝息を立てるのを聞いて呟く。
『ヤオもこんな生活をしたかったのかもしれないな』
自分の主である八百刃の愛称、ヤオ。
その名が、八百刃が人間だった時の一番の親友の名の事も白牙は、知っている。
そんな八百刃が人の時に育った町もここと同じ山里だった事を思い出す。
『ヤオは、本当は、神に成るより普通に幸せな人生を送る事を望んでいた。しかし、神々が八百刃の必要とした。その為に神となり、似合わない最上級神にもなったが、ヤオにとっては、辛いだけの運命だったのかもしれないな』
自分のやっている事に虚しさを感じる白牙であった。
雪も晴れ、日の光の下、ヤオンがはしゃいでいると、遠くから一人の少年がやってくる。
「カルス、どうしたの?」
それに対してカルスは、恥ずかしそうに言う。
「雪もやんだから、ヤユンに会いたくなって」
「春が来たら結婚だって言うのに、それも待てないなんて熱いね!」
ひやかすヤオン。
そこにヤユンが来る。
「カルス、来てくれたのね」
嬉しそうな顔をするヤユンを抱きしめるカルス。
そんな二人を少しだけ寂しそうな顔で見るヤオン。
『お前も、あの男の事が好きなのか?』
白牙の言葉にヤオンは、頭をかきながらこたえる。
「まあね、でも良いの。ヤユンが幸せだったらあちきも嬉しいから」
そんな他人を優先する考え方にヤオの面影を見る白牙であった。
そんな平和な日々が幾日か過ぎ、白牙も多少の力が復活した頃、それが起こった。
山賊の襲来。
山里にある小さな村にとっては、天災と同じで突然発生し、抗えぬ物であった。
その魔の手は、ヤオン達にも伸びてきた。
「娘達には、手を出さないで!」
必死に叫ぶ母親。
父親は、既に意識を失っている。
「お前が満足させれば、乳くせいガキには、手を出さないでやるよ!」
山賊達が母親の服を引き裂く。
それを見ていたヤオンが、箒で殴りかかる。
「やめろ!」
意外と鋭い攻撃で山賊が怯む。
「ガキのくせにやりやがる。だが、これでどうだ!」
そういって取り出した紫色の毛玉は、ヤオンに伸びてその動きを封じる。
「何これ!」
ヤオンが恐怖に顔を歪ませると山賊が楽しそうに言う。
「新たな神の御技だよ。俺達は、神の教え通り、俺達が思うが侭に奪い、犯す。さあ、楽しませてくれ!」
山賊の手がヤオンに伸びる。
「嫌!」
ヤオンが泣き叫んだ時、詠唱が始まった。
『八百刃の名の下に、白牙よ、刀と化せ』
山賊の一人が、切り裂かれた。
残った山賊は、驚き、白牙が変化して刀を持つヤユンを見る。
「お前、何物だ!」
『まさか、ヤオなのか?』
刀に変化した白牙の言葉に、ヤユンが寂しげに答える。
「完全に人と同じになっていたと思ったけど、大切な人間が危害に会うのを見た時には、全てを思い出しちゃうもんだね」
「何を言ってやがる!」
次々と襲い掛かる山賊達を全滅させるヤユンであった。
「ヤユン……」
複雑な顔をするヤオン。
心配してやってきたカルスも、山賊の返り血を浴びたヤユンに声を掛けられずに居た。
ヤユンは、両親だった者の所に行き言う。
「短い間ですけど、幸せでした」
そして、ヤオンの前に行く。
「ヤユン、ずっと一緒だよね?」
ヤユンは、首を横に振ってから答える。
「その名前は、貴女に返すわ。恋人と一緒にね」
ヤユンが指を鳴らすと、それまで泣きそうな顔をしていたヤオンが、戸惑った顔をして言う。
「あれ、貴女、誰ですか?」
そして、カルスがヤオンに駆け寄る。
「ヤユン、大丈夫だったか!」
「カルス、心配してくれたのね!」
抱き合う二人。
そんな二人を尻目にヤユンがその場を離れた。
誰も居なくなった所で子猫の姿に変化した白牙が言う。
『どうなっているんだ?』
ヤユンが苦笑しながら答える。
「元々、ヤユンって、ヤオンの事なの。あちきが、割り込んだ時にちょっとずれが生じたみたい」
白牙が少しの間だけ沈黙していたが意を決して告げる。
『お前が望むのなら、人の一生分くらいこの世界に留まっても良い。お前には、そんな我侭を言うだけの資格がある』
首を横に振るヤユンと名乗っていた少女。
「そうも言っていられないでしょ。あの毛玉には、紫縛鎖の力を感じた。反勢力が力を取り戻してきてる証拠だよ」
『しかし、お前が望んでいた生き方だろう?』
白牙の問い掛けにヤユンと名乗っていた少女が頷く。
「そうだね。きっと結婚して幸せな生活を送りたかったんだと思う。でもね、あちきは、八百刃なの」
『そこだ、お前は、八百刃だが、全てとも思えない。どういうことだ?』
白牙の問い掛けに八百刃が答える。
「極無神を隔離した世界で滅ぼした後、かなり力を失ったけど、あちきも存在していた。でも、隔離した世界を普通に繋げたら、極無神の因子が漏れる恐れがあった。だから、ここみたいな下位世界に以前やっていた分身を利用して脱出したの。まあ、細分化し過ぎて、八百刃としての自覚も失ってたけどね」
白牙が納得する。
『なるほど、それで、僅かな力の流れがあったのか』
八百刃が頷き言う。
「面倒だけど、小さな痕跡から分身を探して合体していかないと。白牙、手伝ってね」
白牙が呆れた顔をする。
『あのな、当然の事を言うな。他の八百刃獣にも声を掛けて、少しでも早く全部回収するぞ』
別の世界に飛び立つ直前、八百刃が寂しげな顔で自分が暮らしていた場所を見たのを白牙は、敢えて気付かない振りをした。
こうしてヤオンと名乗る事に成る八百刃の分身と白牙による、八百刃の分身蒐集の旅は、始まるのであった。