田沼、もと芸術学部学生自治会長に電話する
翌日は田沼は病室にたった一人になってしまった。病室から見える四月の春の海は紺の色を流したようだ。みればまだ夜が明けたばかりではないか。いつもの歴史探索は自分とは余りかかわりないが、今度の探索は自分もターゲットだから、悪夢を掘り返すに似ている。これは大変な事を初めてしまったぞといくらか思っている。忘れられた過去をいじくり回して魔が出てこなければ良いがと思っている一面がある。
でも仕方がない。物を書くという事は、その見返りに自分を高めてくれるのだから。昨晩、祐司が帰ったあと、その不安を紛らわすように、学生時代、放送学科学生自治会(800人)で田沼の配下で副会長だった中島に携帯で電話をいれた。中島は1968年以前、その2年前程から学校主導で作り上げられた学生自治会の協議で田沼会長の下で副会長になったのだ。そうして田沼が委員長を辞めたあと、放送学科自治会の黒幕となって新しく自治会長になった川島をささえ、芸術学部の学生自治会の会長となったのだ。
「元気か?今度は歴史探索シリーズで『全共闘とは何だったのか』というのを書いているんだ。どう考えても僕や君は、その中にで登場人物にならなければいけないから、君の了解を取ろうと電話したんだよ。そしてまた忘れているところがあるから協力して貰おうと思っているんだ」
「わ!よりによって全共闘ですか?」
「そう、全共闘。あの頃のことが今わかりにくいものになりかけているんだ。僕や君ならば、それをわかりやすく説明できると思うのだ。それはね今となっては文化的価値がある歴史そのものなんだ。あの出来事があって、早いものだね半世紀も経つのだからな」
「そうですね。いろいろありましたね。芸術学部学生自治会長として学校から支給される学生自治会費を全共闘に渡さないよう抑えてしまったものだから、ずいぶん芸術学部全共闘の一部の人間に良く思われなかったんですよ。でも川島がバリケードの中で高い位置にいたので襲われずに済んだんですよ。なんといっても川島は今でも良い飲み友達ですからね。」
「ほう、初耳だね。君が学部全体で当時の金で70万、今で言うと500万近い学生自治会費を君が押さえていたのか!すごいね!」
「そうですね、すごかったですね。だから僕はずいぶん恨まれました。しかしご存知のように、全共闘は任意団体ですから学生の正式な活動予算である自治会費を使うわけには立場上できないでいたんですよ」
「ところで、橋本を君は知っているかな?」
「橋本?あの後輩の橋本ですか?」
「いや、昭和20年生まれだから昭和21年生まれの君(一浪)や僕より年上だ。橋本克彦だよ?」
「知りませんね」
「彼が、朝日ジャーナルに書いた記事をもとにして『日大全共闘芸闘委の軌跡・バリケードを吹き抜けた風』という300頁の本を書いているんだけど、その中に芸術学部学生自治会委員長という事で名前がでてくるぞ」
「へーそうですか。どうせ良くなんかは書いていないでしょうね」
「そうだよ。ところで僕は足を骨折して入院中なんだ。遊びに来ないか。定年退職したんだろう。僕は暇を持て余しているんだよ」
「足を骨折?それじゃあ身動きもできませんね!そのうち、お見舞いに行きますよ!」
「」