1 領地に置き去りにされる子爵令嬢
※筆者の妄想の異世界です。この話単体でも読めますが、「イケメン侯爵の書類上の妻になりました」の妹(5女)の話です。
作者が名前を覚えられないので、人名は最小限になっています。例えば主人公は姉4人をそれぞれ、いちねえさま、にねえさま、さんねえさま、よんねえさま、と呼びます。よろしくお願いします。
「お、お嬢さま!?」
素っ頓狂な声に振り返ると、そこにいたのは家族みんなが「おじい」、と呼んでいる子爵領の屋敷の管理人だった。
「おじい?あっ、あれ?どこ?ダンゴムシ!」
もう!おじいがいきなり話しかけるから、ダンゴムシを落としちゃったじゃない。おじいのせいよ、と言おうとしたら、おじいがこれまで見たことがない焦った顔で近づいてきた。
「お嬢さま、なんでここに!ご家族はもう王都に発たれましたぞ」
「え」
キョロキョロとあたり見回す。
さっきまで屋敷の前にいたはずの馬車がない。屋敷の前の道まで走り、あたりを見渡しても馬車の姿はない。
うそでしょ、と呟いて、走って屋敷にもどる。玄関扉を開けようとしたけれど、鍵がかかっていた。
「いちねえさま、にねえさま……」
顔だけでなく体も使って周囲を見渡す。いつも構ってくれる姉たちに呼びかけても、返事はない。家族がいない、と実感して涙があふれ出てきた。どうしよう、と、ぐるぐるまわる頭と、勝手に出る涙と泣き声。
「すぐに気がついて戻られるでしょう」
と、おじいが慰めてくれる声も聞こえず、私は大きな声を上げて泣き続けたのだった。
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気がつくと朝。鳥の声が窓の外から聞こえる。体を起こしてぼやっとしていると、
「あらま、お嬢さまおはようございます」
声の主はおばあ。子爵家の屋敷の管理人、おじいのつれあいだ。おばあはコップを持ってきた。渡されたそれの中身は水だった。水が冷たいのか、木のコップのひんやりとした感触が手に伝わる。
「昨日泣き疲れてお眠りになったきりですからね。しっかり飲んでください。ご飯もすぐ食べられますよ」
そう言い残しておばあは部屋を出て行った。周囲を見ると見覚えのある部屋。おじいとおばあが暮らす管理小屋の居間だ。時々よんねえさまと遊びに来ていた居間のソファに私は寝ていたらしい。
コップの中身をちびちびと飲んでいたら、ぼやっとしていた頭が少しずつはっきりしてくる。そうだ、昨日気がついたら領地に帰る馬車と家族がいなかったんだった。おばあがトレイに食べ物を載せて運んできてくれた。湯気が出ているのはスープ。硬いパンは薄く切ってある。あとはちっちゃくてツヤツヤの赤い実。
ソファの前の机にトレイを置いて、ゆっくり食べてくださいね、と言ってまたリビングを出て行った。
スープの匂いにお腹がぐう、と鳴る。いただきますをしてスープの入れ物に触ると、あっつあつだった。うん、あとまわし。そうだ、赤い実はデザートに見えるけど、誰も見てないし先に食べちゃお、と赤い実を口に入れると、甘い果肉がじゅわっと口の中に広がった。おいしーい!ほっぺたがおちそうだ。
家族がいないので、ご飯をゆっくり食べていると(普段はゆっくりしていたら自分の取り分が無くなってしまう)、管理人の家のドアがドンドンと大きな音を立ててノックされた。
おばあが出迎えると、そこにはひょろひょろの男。
「子爵家のお嬢さまがどこにいるか知りませんか!」男は息を切らしながらおばあに話しかける。
おばあは私のほうを見た。ひょろひょろの男もつられて顔を私のほうにむける。
「お嬢さま?」
おばあに確認する男。おばあは頷いた。
ひょろひょろの男は玄関から家の中に入り、ソファに座る私に近づいてきた。
「お嬢さま、ご家族が二つ隣の町で待っています。俺と一緒に行きましょう」
男は立ったまま、ソファに座る私を見下ろして言う。
……なんかやだ。
「やだ、ここにいる」
そういうと、男は、「連れて行かないと俺が叱られます」と言う。
……うん。やっぱりなんかやだ。初めて会った男が叱られるのが何だっていうんだ。
「おじいとおばあの子どもになる。いかない」
おばあが驚いた顔になっている。ひょろひょろの男はそんなぁ、と呟いて力が抜けたのか、膝をついた。そしてぐぅぅ、という盛大に腹が鳴る音。
おばあに見つめられた私は首を振る。今のは私のおなかの音ではないよ。
おばあは、「とりあえず食べるものを用意するから、そこのダイニングに座ってなさい」と言って奥へ姿を消した。
入れ替わりのように玄関から飛び込んできたのはおじい。
「おい、大きな音がしたがどうした!……って、お前誰だ」
ダイニングに座るひょろひょろの男を見ておじいが大きな声を出す。
「え、えっと、お嬢さまを迎えに来ました。二つ隣の町から……子爵さまにたのまれて」男がしどろもどろに答える。
「ほぉ。お前が子爵さまに頼まれたという証拠は」おじいは疑っているのか、威圧感がある声で男に近づいた。
「……証拠!って、そんなのないです……急いで迎えに行けっておやじに言われて……あ、俺は宿屋の息子でおやじが宿屋をしていて、毎年子爵さまの家族が王都と行き来するときにうちの宿屋に泊まるんですよ。……お嬢さま、俺に見覚えないですか」
顔を確認してから首を振る。ひょろひょろの男はまだ成人していないくらいの若い男っぽい。見覚えないし。男のほうだって私のことわかってなかったみたいだし。
「そんなぁ」と肩を落とす男。「お前が一番体重が軽いから早く着くだろ、って馬に乗せられたのに」
がっくり肩を落とす男。ため息をつくおじい。そこにおばあが食べ物を乗せたトレイを持って入ってきた。
「二つ隣の町から来たなら疲れただろう。とりあえず食べなさい」
おばあはトレイを男の前の机の上に置いた。
食べ始めた男を確認しておばあが私にのいるソファに近づき話しかけてきた。内緒話なのかおじいも近くに来て3人で顔を寄せる。
「お嬢さま。ここにいるって本気かい」
「うん。おばあとおじいの子どもになる」
おじいとおばあは顔を見合わせる。
「お嬢さまがそれでいいなら俺たちは構わないが……領主さまたちが領地に戻るのは4か月は先になる。寂しくないか?」
「おじいとおばあがいれば寂しくないもん」
おじいとおばあがまた顔を見合わせた。……見つめあった後、二人同時に頷いた。
「わかった。お嬢さま、領主さまたちが帰って来るまでここにいな」おじいが大きな声で言った。
「うん!」私も大きな声で返事をする。
「そんなぁ。俺はどうすれば」パンを食べていたひょろひょろの男が情けない声を出す。
「俺が領主さまに手紙を書く。それを持っていけ」
「ええ……」男はほんとにそれでいいのか、と私の顔を見た。
私はおじいを見て、「おじい。私はここにいるってお父さまの手紙に書いておいて」としっかり言った。
「わかりました。じゃあさっさと手紙書くから、お前も早くご飯食べろ。早く戻らないと領主さまたちがお前の宿から先にすすめないだろうからな」
「ぅっ、はいっ」そう言って男はがつがつと食事を掻き込み始めた。
食事が終わった私はお皿が乗ったトレイを持って、さっきからおばあが行き来している部屋に向かう。こっちがたぶん台所だ。この家の子になるなら、ご飯が終わった後のトレイくらい台所にもっていくのがマナーだろう。
トレイを運ぶ私の後ろをおばあがついてきた。予想していた通り、部屋は台所だった。シンクのわきにトレイを置く。
「おばあ、ごちそうさま」おばあの顔を見ると、ちょっと眉毛が下がっている。
「お粗末さまでした。……お嬢さま、ほんとにいいんですか」おばあが小声で聞いてきた。
「うん。いいの」
私は怒っていた。家族に対して。
二つ隣の町まで行ったということは、そこに行くまで私がいないことに気が付かなかったってことだ。ひどい。
体が軽いほうが早く着く、という理由なら、あんなひょろひょろの男じゃなくて、よんねえさまが迎えに来てもよかったはずだ。よんねえさまは王都の隣のタウンハウスのお兄ちゃんを「腰巾着」にするくらい強い女なのだ。あの男よりよんねえさまのほうが軽いはずだ。
家族からいらない子だと思われてるんだろうと、反抗したくなった。
「おばあ、よろしくね。私のことは子どもだと思ってね」
「あらあらまあまあ。嬉しいことを言ってくれますね。……じゃあ、子どもだとちょっとお嬢さまは小さすぎますからね。孫だと思って」
「はーい。孫だね」
「ビシビシいくからね」
「っへ?」
まずはお皿洗いをしました。自分で食べた分は自分で片づけるのがおばあの台所のルールなんだって。




