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瞬きの中の殺人鬼  作者: なは
第二章:手がかり
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壁紙と靴の泥

 スケッチブックのページが増えていく。


 あれから三日が経った。映像は不定期に来る。一日に二回のときもあれば、丸一日来ないときもある。法則がまだ完全にはつかめない。ただ、ひとつだけ確かなのは、映像が来るたびに俺の手元に残る情報が増えていくということだ。


 俺は机の上にスケッチブックを広げて、これまでの記録を整理していた。


 最初の事件。杉並区のアパート。被害者は村上達也(むらかみたつや)。三十四歳、会社員。犯行後に白い花が添えられていた。


 犯人のアジトと思われる場所。コンクリートの打ちっぱなし。金属のテーブル。ナイフ三本。赤い花。新聞紙に「多摩川河川敷」の文字。


 次のターゲットと思われる男。茶色いジャケット。ショルダーバッグ。欅の並木道で尾行されていた。


 それぞれの映像で見えた細部をスケッチに起こし、横に気づいた点をメモしている。


 ここで、壁紙に注目した。


 最初の事件現場の壁紙。黄ばんだベージュ。だが、ただのベージュじゃない。よく見ると細かい模様が入っている。菱形が連なるようなパターン。どこかで見たことがある気がする。


 俺はスマホでインテリア関連のサイトを片っ端から検索した。壁紙のカタログ。品番検索。過去のコレクション。


 三十分ほど探し回って、似たデザインを見つけた。


 国内の壁紙メーカーが十五年前に出していた柄だ。住宅向けではなく、ホテルや旅館向けのラインナップ。菱形のパターンは日本の伝統意匠を現代風にアレンジしたもので、主に中〜高級ランクの宿泊施設に採用されていたらしい。


 だが事件現場は、杉並区の古いアパートだ。ホテル向けの壁紙がアパートに使われているのは不自然だ。


 いや、待て。


 事件現場がアパートだという情報は、ニュースから得たものだ。ニュースが言っているのは、死体が発見されたのがアパートだということ。


 だが俺が見た映像は本当にそのアパートの中なのか。


 壁紙がホテル向け。もし犯行現場がアパートの室内ではなく、別の場所だとしたら。犯人が被害者をどこかで殺して、死体をアパートに運んだとしたら。


 俺の見た映像は、殺害が行われた本当の現場。つまりホテルか、あるいはそれに準じる施設の一室。


 そして死体が発見されたアパートとは、別の場所。


 そう考えると辻褄が合う。報道ではアパートで発見されたとあるが、犯行はもっと設備の整った場所で行われた。犯人はそこで被害者を殺し、花を添え、それからアパートに遺体を運んだ。


 ホテル向けの壁紙。高い天井ではなかった。蛍光灯。フローリング。ビジネスホテルのような小さな部屋ではなく、もう少し広さがあった。


 ここで思い出した。犯人のアジトと思われるコンクリートの部屋。あれはまた別の場所だ。ナイフを保管し、準備をする拠点。


 つまり犯人は少なくとも三つの場所を使い分けている。


 アジト。ナイフや道具を保管する場所。コンクリート打ちっぱなしの、倉庫のような空間。


 犯行現場。ホテル向けの壁紙がある部屋。被害者を連れ込んで殺害する場所。


 遺棄場所。被害者のアパートなど。死体を運んで発見させる場所。


 計画的だ。衝動的な犯行じゃない。


 靴の泥のことも思い出した。


 二回目の映像で、犯人の足元が一瞬見えた。暗い色のブーツ。その靴底に赤茶色の泥がついていた。


 赤茶色の土。関東平野で赤土が特徴的な場所といえば、関東ローム層が露出しているエリアだ。武蔵野台地の崖線沿い。多摩地区。


 新聞の見出しにも「多摩川河川敷」とあった。犯人は多摩川の近く、武蔵野台地エリアに行動圏がある可能性が高い。


 国分寺。府中。調布。三鷹。あのあたりか。


 杉並区との距離感を考える。杉並から府中や国分寺までは、電車で三十分圏内。車ならもっと近い。


 犯人の行動圏が多摩地区から杉並にまたがっているとすると、かなり広い範囲を移動していることになる。車を持っている可能性が高い。


 ここまで推理したところで、ペンを置いた。


 何をやっているんだ、俺は。


 探偵ごっこか。カメラマンが一人で殺人事件の推理をして、どうしようというんだ。


 だが、手元にはこれだけの情報がある。壁紙から現場の特定。泥から行動圏の推定。新聞の見出しから地理的な手がかり。どれも瞬きの映像から読み取ったものだ。


 警察はこの情報を持っていない。


 俺だけが持っている。


 夕方になって、新しい映像が来た。


 風呂に入ろうとして、シャツのボタンを外しているときだった。不意の瞬き。


 見えた。


 犯人の視界。今度は近い。何かの表面をじっと見つめている。


 スマホの画面だ。


 犯人がスマホを見ている。画面には地図アプリが表示されている。ピンが一つ立っている。ピンの場所は――


 映像が途切れた。


 俺はすぐにスケッチブックを取った。


 地図アプリの画面。ピンの位置。周囲の道路の形。交差点のパターン。表示されていた縮尺。


 七、八割の精度でしか再現できないが、描いた。道路の形と川らしき青い線、その間の位置関係。


 描き終えて、自分のスマホで地図アプリを開いた。


 スケッチと照らし合わせる。道路の形状が一致する場所を探す。


 三十分ほどかかった。


 府中市だ。


 多摩川の近く。住宅街の一角に、スケッチの道路パターンと似た地点がある。大きな公園の東側。駅からは少し離れた、静かなエリア。


 赤土の泥。多摩川河川敷の新聞。そして地図アプリの位置。すべてが多摩地区を指している。


 犯人のアジトは、府中市の周辺にある。


 俺はスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。


 場所がわかったら、どうする。行くのか。一人で。


 馬鹿げている。殺人犯のアジトに素人が乗り込んでどうなる。殺されるのがオチだ。


 だが警察に通報するにしても、根拠が「瞬きの映像」では話にならない。具体的な住所もわからない。府中市のどこかとしか特定できていない。


 もっと情報が必要だ。もっと細かい場所の特定ができるまで、記録を続ける。


 そう自分に言い聞かせて、スケッチブックを閉じた。


 翌朝。


 目が覚めてすぐ、スマホでニュースを確認した。


 新しい記事があった。


『杉並区殺人事件 被害者のアパートとは別の場所で殺害か 鑑識が新たな証拠を発見』


 記事を読む。鑑識の調査により、被害者の遺体に付着していた繊維や土壌のサンプルが、アパートの室内のものと一致しないことが判明したという。つまり被害者は別の場所で殺害され、アパートに運び込まれた可能性が高い。


 俺の推理が当たった。


 壁紙から導き出した結論が、警察の鑑識結果と一致した。


 手が震えた。嬉しさではない。恐怖だ。


 これは本物だ。瞬きの映像は、本物の犯行現場を映している。俺の推理は正しい方向を向いている。


 そして、犯人は今も野放しだ。


 三日前に見た、茶色いジャケットの男。尾行されていた男。あの男はまだ生きているだろうか。


 ニュースを検索する。新しい殺人事件の報道は出ていない。まだ大丈夫だ。たぶん。


 だが時間がない。犯人は次の犯行を準備している。ナイフを並べ、ターゲットを物色し、地図アプリで場所を確認している。


 すべてが、次の殺人に向けて動いている。


 俺は机の前に座って、これまでの情報をすべてまとめ直した。


 一枚の紙に、わかっていることを箇条書きにする。


 犯行パターン。事前にターゲットを尾行する。犯行は計画的。ホテルのような施設で実行し、遺体は別の場所に遺棄する。現場に花を残す。


 犯人の特徴。長身。百八十センチ前後。右利き。暗い色のブーツを履いている。車を所有している可能性が高い。多摩地区に拠点がある。


 次のターゲット。茶色いジャケットの男。まだ殺されていない。犯人は準備段階にある。


 紙を見つめる。これだけの情報があれば、警察に伝える価値はある。


 だが、どうやって。


 俺は覚悟を決めなければならなかった。


 信じてもらえなくても、馬鹿にされても、不審者扱いされても。


 誰かに話さなければ。


 スマホの連絡先を開いた。一人だけ、心当たりがある。


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