outsider
クレープだろうか。
甘ったるい匂いが辺りを漂っている。
ぼくは、石井さんと一緒に原宿の喫茶店で音楽雑誌のインタビューを二本受け、次の取材班が来る駅前のカフェに移動している。
駅前は、平日の昼間だというのに観光客でごった返している。
自撮り棒で動画を撮っている3人組の若い女のグループ、金色の糸で刺繍が施されている白い旗を持ったガイドに連れられてぞろぞろと歩いていく中国人観光客の団体、アニメのキャラクターがプリントされた青いパステルカラーのドレスを着ている女、、松葉杖をついて懸命に人混みを掻き分けていく少年、黒いヘッドドレスを着けているゴスロリの風の女の集団、母親と手を繋いで楽しそうにスキップしている麦わら帽子を被った黒人の幼女。
まるで日本ではない奇天烈な国に迷い込んだようだ。
「なんかちょっと感じ悪かったですよね、さっきの記者。アスカさんの過去のこととかアザのこととかばっかり質問して、音楽の質問一切しないんですもん。」
店を変えて気分転換をしようと言い出したのは石井さんだ。
よっぽどさっきの記者に腹が立っていたのか、インタビューの最中に、ぼくを押しのけて、これはどういった趣旨のインタビューなんですか、仕事を受けた時は音楽に関してのインタビューと聞いていたんですけれども、私の聞き間違いだったんでしょうか?とで記者に逆質問していた。
「なんで女性なのに一人称が『ぼく』なんですか、って質問してきたじゃないですか。デリカシーがないというか。今の時代、普通そんなこと初対面の相手に聞いちゃダメですよ。音楽の話ならってことで受けてんのに。」
いつもの石井さんの口調と変わらないが、声の底から静かな怒りが伝わってくる。
ぼくは、質問してきた記者が音楽と全く関係がないことを次々に質問してきた時に、明確に敵意を持った。
それでも、怒鳴ったりはしなかったが、トイレに行くふりして逃げようと思ったその時に、石井さんがキレた。
笑顔のまま、淡々とその記者をネチネチと質問攻めにし、蛇のように締め上げていった。
「石井さんが早めに切り上げてくれて助かった。」
「当たり前ですよ、インタビュー記事の原稿送られてきたら、変なこと書いてないか厳しくチェックしときますから、アスカさんは心配しないでくださいね。」
「でも別に、いまさら何書かれてもいいけどね。」
「アスカさんはいいかもしれないですけど、私が嫌なんですよ。」
石井さんがスマホを鞄から取り出し、交差点で立ち止まった。
ぼくもその後ろに立ち止まる。
誰かが横断歩道に吐き捨てた薄い緑色のガムの上を、ダイエットサプリの広告が車体にペイントされたトラックが通り過ぎていく。
道路の中央で、コンビニのビニール袋が車が起こす風に乗って舞い上がっている。
交差点の向こうに目をやる。薄桃色のコートを着た青い髪の短髪の女、その女の手を引くサングラスをかけた小太りの中年の男、ギターケースを持って早足で歩く若い男、ぬいぐるみを抱きしめその男を走って追い越していく女の子、キノコみたいな頭をした背の高い男、その男と腕を組んで話している茶髪の女。ぬいぐるみを抱えた女の子がキノコの男にぶつかりそうなって慌てて立ち止まる。
キノコの男がそれに気づいて立ち止まると、女の子は頭を下げてまた走っていった。
空を見上げると、ミルク色に染まった雲から柔らかな光が降り注ぎ、無骨なビルの群を優しく照らしていた。
「ぼくは、男でも女でもいたくないんです。めんどくさいから。」
心の中で呟く。石井さんは、きっと分かっている、と思った。
信号が青に変わり、石井さんが歩き出す。
「今から行く喫茶店、カフェモカが美味しいんですよ。」
「じゃあ、それ飲む。」
石井さんが目を丸くしてこっちを見た。
そして、口元に少し笑みを浮かべて言った。
自然光に照らされたその笑顔がいつもより自然に見えて、この人にも感情あるんだな、と思った。
「珍しいですね、アスカさん天邪鬼だから、私のオススメなんか滅多に聞かないのに。」
「じゃあ、やめとく。」
「いや飲んでくださいよ。」
冷たい風が勢いよく吹いて、ぼくは思わず下を向いた。
前髪が激しくめくれ上がる。
石井さんは、ヒョー、とか言ってマフラーを強く握りしめた。