as usual
楽屋の椅子に座って机の上に置かれたモニターを見た。
舞台横に設置されているカメラから会場内の様子が中継されていて、その映像がモニターに映っている。
当たり前だが、ゲネプロの時は、客は一人もいなかった。
でも、今モニターに映ってる映像では、さっきまでガラガラだった客席に、客がパンパンに入っている。
ゲネプロで、何度も歌詞を飛ばしてしまった。
昨日の夜は、一度も飛ばさなかったのに、どうやら緊張しているらしい。
席を立って楽屋内をウロウロと歩いた。そしてもう一度モニターを見つめた。
この観客の中にはミネもいるはずだ。
大丈夫、ミネが見てくれてるんだから、大丈夫。
スマホを取り出し、LINEを開く。
今日の朝、ミネに「緊張してきた。」とメッセージを送ったのだが、まだ既読がついていない。
いつもならすぐ返信が来るのに。
番前だから邪魔しないように気を使ってくれているのだろうか。
コンコンとドアをノックする音が楽屋内に響いた。
ドアが開き、石井さんが顔を出した。
「アスカさんスタンバイお願いします!」
ぼくは急いでスマホをカバンに入れる。
「わかったー。」
楽屋を出て、埃っぽい廊下を歩く。
電球が切れている箇所があって、少し薄暗い。石井さんがぼくの腰をボンと叩いた。
「いつも通り、いつも通りです。」
ぼくはいつも通りだよ、と言って石井さんの前をスタスタと歩く。
舞台袖にはスタッフの皆さんとバンドメンバーが集合してくれている。
全員としっかり目を合わせて握手をして、今日もいつも通りお願いします!と大きな声で言った。
会場の照明が落ち、緑色に光る非常口のライトが消えたのを確認する。
段差に躓かないように注意して、真っ白に照らされているマイクに向かって歩いていく。
女の発狂するような声が聞こえてきて、いつか聞いた踏み潰された小鳥の断末魔を思い出した。
横目で客席を見るが、暗すぎて何も見えない。
でも、この暗闇のどこかにミネがいる。
女が鼻を啜り上げる音。
肉がぶつかる鈍い音。
ミネは、この音がぼくから産み出されたものだとわかってくれるだろうか。
マイクの前に立ち、息を吸い込む。
ぼくは、ミネを苦しめる全てのものを、この音で殺すことができるだろうか。
ミネだけじゃない。
ここに来てくれている、みんな。
みんな、浄化してあげたい、とにかく救われてほしい。
目の前の暗闇の中を漂う見えない音波に目を凝らす。
シンセサイザーの音がスピーカーから飛び出し、会場内を縦横無尽に動き回っている。
音圧がどんどん上がっていくシンセサイザーの奥で微かに鳴っているグロッケンシュピールの音が聞こえてきた時、ぼくは緊張がスルスルと溶けていくのを感じた。
あと三拍おいて、シンセサイザーの音が止む。




