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黒き獣と黒の誓約  作者: 夢未多
第1章 殺し屋
8/33

8、既に大きな噂になっていた

「ゲールズをった奴がわかった。賞金稼ぎ(ハンター)の落ちこぼれらしい」


「落ちこぼれってか見習いみたいなもんなんだろ? 」


「捕まえに来た賞金稼ぎ(ハンター)三人をあっさりらしいぞ」


「三人どころじゃない、五人以上はいたらしい」


「剣の達人ってのは本当だったのか……」


「いいから、名前は? 」


「レイヴンっていう小僧らしい」


「知ってるか? 」


「聞いた事もねえ」


「もしかしたら仕事した事あるかも……」


「どんな奴だよ」


「……小柄で……愛想のねえ……奴だ……ったかな? 」


「それじゃ、なんの手掛かりにもならねえっ! 」


 ……おおよそこんな噂話が街では出回っていたらしい。酒場で聞き耳を立てていればすぐに拾えたそうだ。


「だから、イシス。その少年を匿うのはやはり危険だと思う」


 中央に二本の柱を持ち、外から見た壁は木材がはめられていたが、内側は天井から壁までフェルトだろうか、布が張られている。外から見た時の素朴さと一番違うのは、絨毯の美しさだろうか、丸や四角の図形が複雑に織り込まれていた。レイヴンは過去に見たことがない、そんな簡易住居に通されていた。


 目の前に座り、イシスに話しているのが座長らしい。一座を守るものとして当然の判断をし、彼女に説明している。


「でも、みんな、レイヴンが小柄な少年としか知らない。どんな顔をしてるのかもわからないんでしょ? 」


 座長に対してイシスが反論する。まあ、そうだ。レイヴンの事を詳しく知っている者など、この街に何人いるだろうか?


 白い髭を蓄えた、どこかお人好しに見える老人だが、様々な国々を股にかけ、生き延びてきた座長が甘いわけがない。


「今までここに存在しない人間が、噂が広まったのと時を同じくして登場する。しかも、噂とかなり近い人物像。彼の事がバレてこの一座を守れるものがいるのかな? 」


「だからバレないって! 」


 まあ、どうもこうもない話だ。お子ちゃまの話をまともな大人が聞くわけがない。だからこそレイヴンは考える。今、街に戻れば何だかんだですぐ捕まるに違いない。多分、小柄な少年であれば貴族のお坊ちゃんでもない限り全員捕まえて、レイヴンかどうかを調べる事だろう。


 数は多くはないと言え、レイヴンの顔を知る者がいないわけではないのだ。


 少なくとも時間は稼がないといけない。もしかしたら、明日、真犯人が捕まるかも知れない。だから、座長と交渉する。


「3日だけ欲しい」


「3日って……」


 イシスが口を挟むのを手で制す。3日というのもかなり無茶な要求に思えたが、これくらいは欲しい。少なくとも一日二日は、しっかり休んで考える時間が欲しいわけだ。減らされるのを考えての3日。イシスの我が儘の後なら、結構話が通るかも知れない。


「ここにはどうやって来た? 」


「わかんない」


 イシスにはわからないだろう。


「俺のねぐらから、かなり遠回りして、裏道を使ってここまで来た」


 これは事実だ。嘘はついていない。


「誰にも見られていないと? 」


 これにも正直に答えよう。


「裏道とはいえ、行き交う人がいないわけじゃない。だが俺とイシスを見て、逃亡者だとは思わないさ」


 はっきりと嘘とわかるような事を言ってはいけない。自分の不利になるような事も話さなければいけない。だが、全部を話す必要はない。


 とりあえず時間が欲しいのだ。だからどうか座長さん、騙されてくれ。3日の内には次の手を考える。


「いいだろう、3日だ。イシス、いいな? 」


「なんでよ? 別に何日でもいいじゃない? 」


 座長は疲れ果てた様子で、イシスに最後の言葉を投げた。


「3日あれば、アールマティも帰ってくる。例え、この少年がイシスの命の恩人であったとしてもな。投石から救ってくれただけで、簡単に匿うわけにはいかん。彼女を自分で説得しなさい」


 イシスが舌打ちをして、用事は終わったと座長の家を出る。移動式と聞いたがかなり立派な住居だった。家を眺めているレイヴンに彼女が頬を膨らませている。気付かずにいる彼になじるように問いかける。


「なんで3日なんて言うのよ」


 レイヴンは素直に答える。


「座長は一日でも嫌だったんじゃないのか? 3日くらいが妥当」


「私が言えばなんとかなったよ」


「とりあえず、ぐっすり休んで体調を整えたい」


 イシスの話を聞くのは後廻しでいいだろう。とりあえず現状把握が必要だ。


 何故、こんなにも早く噂が広まっているのか……だな。あの三人組……レイヴンが殺した鎖帷子くさりかたびらの男と、鉈の男と、槍の男の三人がどんな奴らなのかわからない。逃げた二人が他の者に話すとして、そんなに早く広まるものか?


「食事は? いらないの? 」


「貰う」


 金貨100枚の男の噂を無料(ただ)()()()()のはおかしい。自分達で無理だと思ったとしても、腕の立つものに情報を売ればいい。で、情報を売ったとするなら広がるのが早すぎる。情報をわざわざ金出してまでして買った奴が他に教えるわけがない。


「私の部屋はこっち」


 イシスが案内したのは狭いテントみたいな所だ。そこにいていって、寝床があったので横になる。


 ならレイヴンの名前を出した奴が元々別にいると考えるのが自然だろう。例えば、三人組に売ったと思われる同じねぐらで生活している。ガキ達とか……。


「おい、勝手に私の寝る場所取るな! 」


「悪い。考え事してたんだ」


 レイヴンはすぐ起き上がる。彼は疲労が溜まっているのを自覚する。不用意すぎる。


「いいよ、座っといて。食事取ってくるけど、……寝るなよ! 」


「ああ」


 イシスが何を考えているのかわからないが、街でただただ逃げ回っているより何倍ましか……。


 どうすれば逃げ切れる?


 どうすれば生き残れる?


「はい、食事」


 見るからに堅そうなパンをありがたく頂く。これなら満腹感は得られるかも知れない。パンは堅くないとすぐ無くなると聞いた事がある。


「ねえ、何で3日なの? 」


「3日も持たないさ。今は俺の名前だけ。だが明日か明後日には赤い髪の少女も噂になるだろ? 」


 これが座長に話さなかった事実だ。

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