7、置いてきぼりにして
「サヨナラ」
そう呟くのと同時に首筋にナイフを刺し込む。
レイヴンは魔物退治なんてまともに出来ない。決闘や乱戦なんて、てんで向かない。非力で、体格のない彼では、分厚い魔物の皮や肉を貫けない。盗賊達と剣で打ち合っても、弾き飛ばされる。
だが、レイヴンには天性の勘の良さと、五感の鋭さがあった。それを活かして、殺し屋稼業が出来ていたわけだ。
レイヴンはナイフの深さから仕留めきったのを把握して、三人組の残りへと姿勢を向ける。さあ、ここからが本番だ。ナイフを握り直して、足場を整えてからゆっくり話始める。
「俺の事を知ったからには、死んでもらう」
ジリジリと足を擦らせて、前に進む。獲物にしっかりと狙いをつける。
「俺は知らねえ! 何も見てねえ! 」
そう言って、槍の男が戸口から出ていく。彼は鎖帷子の男が一瞬で絶命したこと、首から血が吹き出したのが目に焼き付いていたのだ。
「今の槍持った男の名前は何て言うんだ? 」
鉈を持っている男は、逃げた男とレイヴンを交互に見る。レイヴンが今度ははっきりと自分だけに視線を送っているのを確認する。彼の今までの荒れた言い回しは所詮弱い犬が吠えていたのと同じであった。
「た、助けてくれ! 」
レイヴンは表情を作る。そう狂った、血に飢えた狼の目を作る。
「死ね」
鉈の男は馬鹿ではなかった。だから目を閉じて、レイヴンを待ったりせずに、ばっと一瞬で飛び退り、戸口から逃げ出していく。
レイヴンは当然追ったりはしない。その事を不思議がる少女と、そんな事を考えられない程混乱している馬鹿な少年と、そして、血塗れのレイヴンがこの塒に残った。
「追わないの? 」
「ああ」
当然だ。正面からまともに戦って、勝てる気なんて全くしなかった。レイヴンが勝つにはあくまでも油断させての奇襲だけ。奇襲が出来ないから、あいつらの恐怖心を煽ったのだ。何せ、もしかしたら本当に金貨100枚の価値がある殺し屋だと思っているのだから。
「ちょっと、このままだと流石に動けないから、着替える。で、君にお願いがある」
赤い髪の少女と交渉する。そう、レイヴンはお人好しで助けた訳じゃない。彼は自分が冷徹で計算高い人物だと信じている。
「あ、私の名前はイシスっていうの」
イシスと名乗った少女の口調は、惨劇の現場にいる女の子の声としては不自然なくらいに陽気だ。レイヴンは少し不安を感じるが、既に決断した事だと、話を続ける。
「イシス。そこで血を流すから、待っててくれ」
まだ呆然としている少年をここに置いておくのも、逃がすのも得策ではない。レイヴンは血をざっと洗い流しながら考える。彼を始末することで、イシスとの交渉が上手く行かないなら本末転倒だ。動けないなら、動かさないで置くか……。
イシスは塒の奥にある井戸で身体の血を洗い流す、レイヴンを視界の端に入れるような立ち位置で、太ももの上で指先を動かしている。何かリズムを刻んでいるのか、楽器を弾いている動きなのか……どちらにしろ、凄い余裕を感じる。
レイヴンはすぐに服を替えて、イシスを連れて塒を出る。もちろん裏口から、あの少年を置いてきぼりにして。
※ ※ ※
「もう大丈夫なんじゃない? 」
イシスは手を引かれているのが当然とは思ったが、これだけ現場から離れたのだから、そろそろ離してもらわないと恥ずかしいと思った。
「悪いな」
路地の一角で、イシスの言葉にレイヴンが手を離す。彼のその素直なところは逆に彼女を赤くさせる。追われている人間が細かい事は気にしてないだろうし、彼女と逃げ出したのにも理由があるのだろう。だから彼女は自分が意識してしまった事が恥ずかしさを増した。
「突然で悪いが、身を隠したい」
イシスは納得する。そして、短時間で判断できるこの少年の評価を上げる。ただの正義感に燃える少年ではない。
それはそうかとも思う。あの鎖帷子を着た破落戸を一刺しで仕留められる少年が、イシスに石を投げてきたような輩を追い払う事が出来ないとは思えない。
追い払う事ではなく、盾になる事が出来る少年だ。彼を探してみようと思った自分の勘を誉めたいと、イシスは笑う。彼女の表情がくるくる変わるのを見ていたレイヴンが確認してくる。
「短い期間で構わない。あの一座に匿って欲しい」
きちんと改めて頼んでくる。イシスははっきりと笑顔を見せる。悪くない。彼女の黒い従者は彼であっているかもと思った。
「もちろん。助けてくれたお礼に来たんだもの」
イシスは座長の顔を思い浮かべながらも軽く答える。看板娘の頼みくらいは聞いてくれるだろう。イシスの返事に安堵の表情を見せるレイヴンを観察する。彼は元々ポーカーフェイスの人なんだと思う。作った安堵がぎごちない。安堵はしたのだろうが普段はそんな表情を見せてない。でも、今は見せないといけないと考えたと思われる。きっと余裕があまりないのだ。
「本当に賞金首なの? 」
「賞金首に間違えられそうな、街の屑さ」
「街の屑なの? 」
彼は既に無表情だ。感情を見せるのが苦手なのかも知れない。イシスの質問に別の回答をしてくる。
「数日で、なんで俺が疑われたかを調べる。長居はしない。ただ金回りぐらいの話だけなら、本当にすぐ出てくよ」
「いいわよ? 気にしないで。旅の一座なんて、訳アリしかいないのわかるでしょ? 」
彼は言葉を探していたようだが、結局、何も言わず、歩き出す。
昼は凄く暑かったが、日が翳りかなり過ごしやすくなってきていた。彼は沈む太陽の方に歩き出した。




