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二章 第五話

 一団は国境に隣接する街を避け、街の近くで野営する時も一部の者が買い出しをするだけで、本体は近づかないように隠れるように進んでいた。キリクが意外だったのは、おそらく帝国の貴族と思われるイムニと呼ばれる男も、どれだけ街に近くとも兵達と共に野営をしていたことだった。


「気になるか?」


 ダストンが良く焼けた肉をキリクに手渡しながら、イムニを見つめているキリクに話しかける。相変わらずイセリとキリクは離れた位置に置かれていた。


「あの方は悪いお方ではないのだ。ただ若さ故に結果を早急に求めすぎている」


 キリクの横に座りながら、自分の肉をかじる。


「誰なんですか?」


 キリクは全く食欲が無かったが、堅い干し肉をかじり無理矢理咀嚼して飲み込む。太股の傷は矢に返しがなかったこともあり、傷口が広がらなかったのと、適切な処置のおかげか熱は持っているものの、動かずにいればそれほどひどい痛みにはなっていなかった。


「イムニ・ド・ムロギア様。ムロギア帝国の第一王位継承者だ」


 キリクが驚いてダストンの方を振り返る。


「食べたらまた出発する。次は帝都まで休息は無しだ」


 国境から帝都に向かうにつれ、深い森は姿を消し、代わりに灌木や乾いた土が目立つようになっていた。

 帝都ウル・ムイチ。元々は東西の交易路を結ぶ中間に位置したオアシスの街を起源にし、初代皇帝ツルギスの生まれた所でもあった。現在でもその立地の良さや、帝国中央部としては珍しく豊富に湧き出る(帝国にしてはだが)水源のおかげで、多くの人を引きつける魅力的な街となっていた。

 イムニが先頭となり、一団が帝都の中に入っていく。

 水や緑が豊かな教会圏とは異なり、ひとたび強い風が吹けば外から運ばれた砂で街はまみれ、全体的に埃っぽくなってしまっていた。


「イムニ様!おいしい西瓜が取れました!持っていって下さい!」


 街の広場で露天を営んでいるらしい男が、西瓜を抱えて持ってくる。

 イムニが鷹揚にうなずき部下が受け取る。


「イムニ様どこまで行ってたんですか?また怒られますよ!」


 少し苦笑いするように手を振り返すイムニ。


「もっと嫌われている嫌な奴かと思ったのに」


 その様子を、キリクとイセリは複雑な思いで眺めていた。


「そうですね、捕まったときの様子を考えると、粗野で粗暴、とても王子というイメージからは遠い感じでしたね」


 二人は一つ前の街から、馬車の中に入れられていた。


「ムロギア帝も大変人気があると聞いています。だからといって安心はできませんが、もし言われているような人格者なら、イセリ様をダマスクに返すための交渉なども出来るかもしれません」


 一団は街を抜け、馬車が四台は並んで通れそうな宮殿に向かう道へ入る。道はすべて煉瓦で舗装されており、道の脇には花が咲き乱れ、広大な池には珍しい色の水鳥が泳いでいた。


「帝国中央では水は貴重なもので、飲み水として以外でこれだけ持っているのは、力の象徴でもあります」


 イセリとキリクが宮殿の庭に感嘆していると馬車が止まり、御者から「降りろ」と声がかかる。


 イセリたちが覗いていた小窓とは反対側の扉が開かれると、馬車の中にまぶしいほどに強烈な光が入り込んできた。

 その光は太陽の光が直接入ってきたものではなく、宮殿の壁という壁に反射した光だった。

 白亜の宮殿。帝都ウル・イムチの象徴であり、その外壁には白いタイルが隙間無く張られていた。


 キリクが先に馬車から降り、イセリが降りるのに手を貸す。風で埃が舞い上がらないように、地面には水が打たれていた。


 イムニが先頭に立ち、宮殿の中に入っていく。まっすぐ続く広い通路には、東西から集められた調度品がそこかしこに飾られ、床にはとても細かい模様の入った絨毯が敷き詰められていた。


 突き当たりの扉の左右に控えている衛士にイムニが話しかける。


「父に話がある。通るぞ」


 そのまま衞士の横を通り過ぎようとした瞬間、衞士の手に持たれていた槍が交差され、イムニの行く手を阻む。


「ムロギア様はお客様との謁見中です。しばらくお待ち下さい」


「ふざけた事を言うな。通せ


 」交差された槍をつかみ、脇へ押しやる。

「しかし……」


 イムニに対してどこまで強く出てもよいものか迷ったあげく、自分の将来と秤に掛けた結果、衞士は道をあける。

 大きめの両開きの扉を押しあけ、イムニが中へはいる。


「父上!今戻りました」


 その顔に浮かぶ笑みは自分の獲物にたいする自信か。


 イセリとキリクも後ろからせっつかれるように後に続き部屋に入る。そこは小規模ではあるが玉座があり、その背後に大臣や書記官などが控えていた。日々の事務的な謁見に対応するための部屋のようだ。


 その玉座には、金糸と銀糸で細かく模様が入ったゆったりとしたガウンをまとい、体を預けるように座っている壮年の男がいた。無造作に伸ばされた髪はライオンのたてがみを連想させ、顔に刻まれた傷としわが、その男に威厳のようなものを与えていた。


 ムロギア帝その人だ。


 次の瞬間ムロギアがとった行動は、一瞬だけ視線をイムニに向け、不機嫌そうに部屋に入ってきた一行を制止するために手を伸ばしただけだった。


 先にイムニ帰還の知らせと、手に入れたものの詳細も届けている。それを知った上でのこの対応であった。イムニは悔しそうにうつむき、何かの言葉を絞り出すことも出来ず、その場に立ち尽くす。


 その玉座の前に立ち、少し場違いに見える簡素な服を着込んだ逞しい男が、何か話をしているところだったようだ。話を中断させられた相手を見ようと振り返り、視線がイムニを通り過ぎてキリクで止まった瞬間、日焼けした精悍な顔にわずかな緊張が現れ、眉がぴくりとあがる。


 キリクの方もその顔を見た瞬間驚き、声が漏れそうになったが、逞しい男は何事もなかったように玉座の方を向き、そのまま話の続きをし始めたため、キリクも顔を引き締め、気取られないように表情を押さえる。


 それからムロギアが男との会話を終えるまでに、四半刻は待たなければならなかったが、面倒くさそうにイムニを見たムロギアから出た言葉は、ひどく簡素なものだった。


「--褒美を取らせる。下がってよい」


 その言葉を聞いた瞬間、イムニが激しくあえぐように、怒りを込めてムロギアをにらむ。


「ぐっ……」


言葉を出せず、さりとて行動に移すことも出来ず、両拳を握りしめ全身が小刻みにふるえている。


「ダストン。イムニを連れて退出しろ」


 言われてダストンがイムニを促すように肩に触れた瞬間、その手を強く払いのけて扉音高く足早に退出していく。

 驚いた事に、ムロギアは自分の後ろに控えていた大臣と書記官も下がらせ、部屋にはムロギアとキリクとイセリだけが残った。


 ムロギアがイセリを見つめていた。

 イセリはムロギアを見、少し驚いたようにキリク見た後背後の扉を振り返り、又ムロギアを見てものすごく動揺し怯えたような表情をした後、キリクの後ろに隠れるように抱きつく。


 それを見たムロギアが少しだけにやりと笑う。


「手紙姫、幸運の姫よ。見えぬ者にあうのは初めてか?」


 イセリは体をビクッとさせ、さらに強くキリクに抱きつく。

 キリクは今現在自分が出来る行動がないかを考え続けたが、すべての結果がイセリに不利に動く物しか無く、さりとてこびてへつらう事もよい方向へ転がるようには思えなかった。そのため、とった行動はわずかにイセリを自分の後ろに隠し、背筋を伸ばし毅然とした態度をとることだけだった。


「キリクと言ったか。剣はおもしろい物を飼っているのだな。息子とはまた、影響下に置くには良い方法かもしれん」


「おっしゃられている意味がよく分かりません」


「そのままの意味だ。お前はシリウスの息子などではない。良いように操りやすいように危険がないように、そう吹き込まれているだけだ」


 今度はキリクが動揺する番だった。


「そのような嘘で動揺させるのは、もうあなたの手の内にある者には無意味ではないのですか」


「嘘?自分で答えを出しているではないか。私が嘘を言っても何の得もないと」


 キリクの心臓が一際強く鼓動し、同時に呼吸が少し荒くなる。


(罠だ。ムロギア帝は狐と呼ばれるほどずる賢い。何か裏があるはずだ)そう思ってみても、一度芽生えた疑惑が頭の中を駆け巡って思考がまとまらなかった。


「何よ!シリウスおじさまとキリクに血の繋がりが有ろうと無かろうと、そんな物は無意味だわ。シリウスおじさまがキリクに向ける愛情はとてもすばらしく輝いているわ!」


そう、そして私にもと心の中でイセリは付け加える。


「そう、そうなのだろうな。観察者イセリ」


「何よそれ!私にもキリクと同じように変なこと言って焦らそうとしてるんだわ」


言葉とは裏腹に強く抱きついてキリクの後ろに下がる。

「何も言う必要はないだろう。それともまだ分かっていないのか?」


 イセリがムロギアをにらむが、さらに怯えるように強くキリクに抱きつく。


「見えるのが自分だけだとでも思っていたのか?イセリ姫よ」

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