異変
その日の夜。訓練と講義を全て終えた私といっちゃんは風呂敷を担いで行水の順番を待っていた。
「今日も頑張ったねえ」
「そうだな」
アイの組との対抗試合は接戦ではあったが私たちが勝利した。いっちゃんは本来D組で別なのだが、死線越えで人数が激減してしまったため私のH組に入ることになったのだ。
最近ではいっちゃんもキレがよくなってきて今回の試合でも大活躍だった。私もうかうかしていられないな。
「あっ……」
いっちゃんが何かに気づいた。風呂敷の中を探る。
「タオル部屋に忘れてきちゃった。とってくるね」
「ちょい待ち。私も行く」
女子はしょっちゅうグループを作る。男はそういうがこれはなんというか、一種の本能行動なのだ。
みな行水に出かけてしまって誰もいない部屋に戻ってきた私達。いっちゃんはガサゴソとタオルを探し回る。
私はドアに寄りかかって待っているのだが、心なしか外が騒がしい気がする。
「あったあった。ハカナちゃん、付き合わせちゃってごめんね」
「かまわんよ」
「よし、じゃあ行こうか」
ところが、部屋のドアを開けた途端に誰かが部屋に飛び込んできた。
「だ、誰かいる!? あっ、ハカナちゃんにいっちゃんか」
同じ部屋の一人が戻ってきた。私達とはそこそこ会話する程度の仲。既に行水を終えているにも関わらず汗だくだ。
私は再びドアに寄りかかるポジションをキープ。
「どうしたの? なんか外が騒がしいけど」
「ク、クーデターだよ! 所長とその一派が反旗を翻したって! 行水してるみんなを片っ端から捕まえてるみたい」
「なんだって!?」
先程まではかすかに騒がしかったくらいだったが今となってははっきり分かる。叫び声と怒号、時おり銃声が響いている。
単語してしか知らなかったクーデターが現実に起きるとは。死線越え開始の時に見た所長の生気のない目は今日のことを見据えていたのだろうか。
「とりあえず外へ逃げるか?」
「今外に出たら危ないよ。しばらくここに隠れていよう」
状況を見ていた本人が言うのならその通りだ。
しかしいっちゃんは彼女に疑問を投げかける。
「ねえ。なんで所長のクーデターって分かるの? 所長に直接追いかけられてたの?」
「だって……そう聞いたんだもん」
「誰から?」
さらに追及するいっちゃん。いつにない鋭い目で睨み付けている。
「ほ、他の子から……」
「そうなの? じゃあその懐に隠してるのは何?」
言われるまで気がつかなかったが、よく見ると腰のあたりに不自然な膨らみがある。形状からいって――――
「入って来たときからずっと気になってたんだよ。それ、銃でしょ? ここに来たのも私とハカナちゃんを探すためなんだよね?」
いっちゃんの洞察力には恐れ入った。
当の彼女はうつむいている。が、くつくつと笑いだした。
「バレちゃしょうがないね。二人とも、そのまま。動かないで!」
顔面蒼白なまま目が血走る彼女。言動や振る舞いがおかしいのはマインドコントロール、あるいはそれと同等の何かをされているからだろう。
「わっ」
銃を向けられ途端に慌て出すいっちゃん。パニックを起こし無事気絶。こうなることを考えていなかったのか。
「おい! やめろ! お前らの目的はなんだ!?」
彼女を操っている主の思念なら話が通じるはずだ。
「まだ分からないの? この収容所は身寄りのない子どもを引き取って訓練をつけてくれるボランティア施設なんかじゃない。将来のヤギシフカンパニーの戦力を育成するための場所なんだよ」
フクイとエリオットが脳裏をよぎる。
「御庭番衆のことか」
「よく知ってるね。私は会長からその任を受けてここを運営してるってわけ」
やっと分かった。彼女に憑依している主……それは所長だ。
「ハカナちゃん。キミにはずっと期待してたんだよ。なんせ両親は御庭番衆のエリート。穏健派だったのが残念だったけどその実力はピカイチだ」