上陸
弾ける水とエンジン音。鼻にツンとくる潮の薫り。
目が覚めると私は海を行く船の上にいた。東の空が少し明るい。
「おっ。起きたか。よく寝てたから寝かしといたんだが」
「おはゆー」
エリオットとフクイがそばにいた。私は重い体をえいと起こした。
「ここは?」
「キングエリオット号だ。なかなか乗り心地いいだろ?」
「ここは嘘でもいいって言っといたほうがいいよ」
フクイがこっそりアドバイス。
名前などどうでもいいが私は寝ている間に船に運ばれ島を脱出したようだ。
「もうちょいで東京に着く。慌ただしくてマジで申し訳ないけど降りる準備をしてくれ」
「とう、きょう……」
遠くに街の光が見えてきた。人間の欲望を映して輝くそれはあたかも真上の星のようだ。
「見えてきたな。百万ジンバブエドルの夜景ってとこか」
フクイがポカンとしているので私も流すことにする。荷物も何もないので気楽だ。
人気のない夜明けの港。私達は船を降りた。初めて踏む本州のアスファルトだ。
「さて、ここから先は君一人で大移動だ。むこうにタクシーを呼んであるからまずはそれに乗ってくれ」
エリオットとフクイは別の用があって私と一緒に行けないらしいのだ。
「それで? タクシーで目的地まで行けばいいのか?」
「運転手さんには浅草駅に行くように言ってある。紅白の特急がホームに停まってるはずだからそれに乗るんだ。これが特急券。降りる駅も書いてあるから」
「分かった。ここまで世話になった」
エリオットとフクイは埠頭に停めてあるバンに乗って風のよう去っていった。
タクシーも電車も乗るのは初めての私だがここは彼らのプランにのっかるしかない。
タクシーに近づくと突然ドアが開いた。どうなってるんだ?
「さあ。乗った乗った。行き先は浅草だな? かっ飛ばすぜ!」
「え?」
私はその時タクシーというものに初めて乗ったが道交法を嘲るように走る金属の塊に軽い恐怖をおぼえた。
「ヒュー! どうよ? 気持ちいいだろ!」
こいつが運転手でさえなかったら右ストレートが火を噴いていただろう。
爆走運転手は大人しくしている私が恐怖していることを知ってか知らずか道中色々と名物を紹介してくれた。
「あれがレインボーブリッジだ。閉鎖できない大橋な」
「へぇ」
「あれが東京タワー。あそこで繭を作るのがお決まりのパターンだ」
「?」
「国会議事堂。お偉い役人さんたちが色々話し合うとこだ」
「はぁ」
「んで、ヤギシフ本社ビル。アンザイトクナガサイオンジとデッドヒートしてるらしいぞ」
「ここが……」
一際高く豪勢な建物。私達をこんな目に遭わせた元凶がここの頂きにいるのだろう。できることならそいつを引きずり出して怒りをぶつけてやりたい。
私がヤギシフ本社を睨んでいるのをミラーで確認し、運転手は首をすくめた。
乱暴な運転が効を奏したのか事故を起こす前に浅草駅に到着した。
やはり勝手に開くドア。
「ほい。浅草~。お金は先に旦那から貰ってるから大丈夫だ。お嬢ちゃんに何があったかは分からんけどグッドラックな」
「あ……」
礼を言うより間もなくタクシーは走り去った。交通課のみなさんの健闘を切に願いたいところだ。
さて、エリオットの言葉通りホームには紅白の列車が停まっていた。となりのオレンジの列車も気になったが今はそんな暇はない。
「行くか」
ピンポーン!
「なんだ!?」
ピンポーン!
「しつこい!」
ピンポーン!
クッションのついたガードが私を阻む。券を持っているのに何故だ!?
「あの……どうしましたか?」
改札口の抜け方が分からずウロウロしていると駅員が券を確認し、中へと通してくれた。




